05 規格外の強壁
血が凍るような緊張感。
俺はレイン達の後に続いてボス部屋へと入る。
「いた……でも、あれは……!?」
広場の中心に、それはいた。そして、思わずといった様子でレインは声を震わせた。
全長5メートルはある巨体をしたこの広場の主。
その姿を例えるのであれば、一つしかない。
ドラゴン。
固い鱗に覆われたしなやかな身体。丸太のような隆々とした尾。鉄さえも切り裂くと言われている鋭い爪、生物を本能的に恐怖させるオーラ……ドラゴンというのは魔物の頂点に君臨する種族だ。
そして、確かにその存在はダンジョンでも確認されているというが――最初に発見されたのは確か第34層。ここから殆ど倍ほど降りた先にいる化け物だ。
あの休息エリアにいた冒険者たちの言う通り、こんな場所にいる筈の存在じゃない。
「レイン、落ち着け」
「モノグ……」
「まだアレは俺達に気が付いていない。明らかにヤバい相手だ……先手を取られればさっきの連中の二の舞だぞ」
レインは緊張を顔に浮かべつつも頷き、何度か深呼吸をする。それに習って他のみんなも。
俺も色々と整理がつかないことは多い。
けれど、敵を前に心を乱せば、命取りになる。ましてや格上が相手なら。
切り替えろ。誰よりも冷静に頭を回せ。生き残るために。彼らを前に進めるために。
サポーターは、後衛は、パーティーの後ろから冷静に戦況を俯瞰できる存在だ。
今は、俺もストームブレイカーの一員として、その役目を全うするんだ。
――グオオオオオオオッ!!!
「ッ……!」
「う……」
突然ドラゴンが咆哮を上げる。爆発のような轟音にスノウ、サニィが怯む。
そんな2人の肩を咄嗟に掴んだ。
「2人とも、落ち着け」
「わ、分かってる。ちょっと驚いただけ……!」
「う、うん。ごめんね……」
落ち着いた態度を見せれば、2人もまた落ち着いてくる。
感情は伝播する。頭に上った血を冷ますのも俺の仕事だ。
とはいえ、俺も内心ビビっている。咆哮に腰を抜かさずに済んだのは、ドラゴンの動きから予兆を掴んでいたからだ。
これはただのやせ我慢にすぎない。
「アレはさっきの冒険者連中が言っていた通り、本来のこの階層のボスじゃないかもしれない」
「え……?」
「足元を見ろ。大きな穴が空いている」
「本当だ……モノグ、あれはいったい……」
「下層から穴をぶち空けてこの階層まで上がってきたんだろう。全身ボロボロだ。ダンジョンの岩盤を突き破ったことで負ったものだと思う」
俺は遠くからドラゴンを観察して立てた、その仮説をレイン達に伝える。
全ては正しく現状を理解し、その上でここを生きて乗り切るために。
「あの冒険者たちが負わせた傷じゃないってこと?」
「あいつらはまともに戦っていないだろうさ。ドラゴンと戦ったなら、あの程度じゃ済まないだろうし、ドラゴンがこちら側を警戒している様子もない」
ドラゴンはずっと忌々し気に天井を眺めている。
下の階層から上がってきた時と同じようにあそこもぶち破るつもりだろう。
もしもあの冒険者たちがドラゴンと相対していれば、多少なりともこちら側、冒険者たちの広場への入口を警戒する筈だ。
そしてドラゴンの脅威に晒されたのなら、あの冒険者たちがあそこまで弛緩している筈もないだろう。命からがら逃げて来た――そういう緊張感が無い。
「レイン、休憩エリアにいた冒険者たちからアイツの情報はあまり得られなかっただろ」
「う、うん。要領を得なかった」
「あれとぶつかれば、タダじゃ済まない。それこそ仲間も失うかもしれない。自分の命だって……そういう恐怖を味わった筈だ。そして命からがら逃げて来た。その割に俺達を止めることもしなかった。恐怖に心神喪失なんてこともな」
つまり、あのドラゴンは俺達、冒険者の存在には気が付いていない。虚を突くチャンスがある。
しかし逆に俺達の力が通用するか――それを測る術がない。アイツを傷つけたのはダンジョンの岩盤だ。当然俺達はダンジョンの壁を削り壊した経験はない。
良い状況と悪い状況が混在している。もちろん、まだ俺達の存在に気付かれていないというこの状況はありがたいものに違いは無いけれど。
「それで、どうするのよ。あんなのと戦うの?」
「戦うしかない……いいや、倒すしかない」
スノウの言葉を引き取ったのはレインだった。
その目には確かに強い意志が宿っている。
「もしもモノグの考えが正しいなら、あのドラゴンは更に上を、ダンジョンの外を目指していることになる。あんなのが外に出たら地上は大混乱だよ。いいや、その道中で他の冒険者と出くわして襲うかも――そうなると狙われるのはこの階層にも辿り着いていない冒険者だ。アレを止めるなら……今しかない。今、この場にいるボクらが、一番あのドラゴンと実力が近しい存在なんだ」
「レイン……あんた……」
「ボクらが止めるんだ。それに、サンドラが言ってただろう?」
「サンドラ達は無敵」
こんな状況でも、サンドラは変わらずマイペースに言ってのけた。その小さな胸を張りながら。
先ほどまでの冒険者たちを意識したものとはまるで重みが違う。けれど、その言葉に一切の揺らぎはない。
確信しているんだ。俺達ストームブレイカーはあのドラゴンと相対したとしても必ず討ち果たせると。
その根拠のない自信は、今の俺達にとっては最良の薬だったかもしれない。
みんなの目に自信が生まれる。俺がどんなに考えても、現実を分析しても、決して得られなかったものだ。
(敵わないな)
それがおかしくて、俺はつい笑ってしまった。もちろん、悪感情は全く無い。むしろ頼もしさを覚えている。
「ここに来た時とやることは変わらない。ボク達はこの第18層のボスを倒し、更に先へと進む。ストームブレイカーの力を証明する!」
「そうね」
「ええ」
「うん」
「ああ……!」
そう、変わらない。
どんな言葉を並べても、どんな理由を抱えても。
俺達にここから逃げる未来なんかない。
「レイン、作戦がある」
「そうこなくっちゃ!」
「みんなも聞いてくれ」
それから、即興ではあるが俺はみんなにあのドラゴンを倒すための策を伝える。
僅かのミスでも綻んでしまう綱渡りのような作戦だけれど、みんなは決して首を横には振らなかった。
作戦を呑み込み、それぞれが役目を果たすために散っていく。
そして、全員が配置についたのを見届け、叫ぶ。
「【エンゲージ】!!」
地面を緑色の光が走り、円形のボス部屋を包み込む。
これは俺の支援魔術をより効果的に供給するための支援フィールドだ。
これを展開すると、解除するまで逃げ出すことはできないが、俺が支援の対象としている4人の身体能力を向上させることができる。
そして、この魔術の展開によってドラゴンが俺達――いや、“俺”の存在に気が付いた。
奴の首が動き、入り口に立つ俺を視認する。
「さぁ、守ってくれよ……!!」
俺は全身から嫌な汗が滲み出るのを感じながら、それでも笑みを浮かべた。
ドラゴンが再び咆哮する。先程とは違う、獲物に対する明確な殺意を孕ませて。
けれど、俺の目に映るみんなは、そして俺は――決して怯んだりなんかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます