04 アタッカーとサポーター

 順調に、本当に順調に俺達は第18層最深部直前に辿り着いた。

 ダンジョンの各層は大規模な迷宮部分と、その最深部にある強力な魔物が構える、通称“ボス部屋”でできている。

 迷宮部分は階層によって特徴も異なってくるが、ボス部屋に関しては大体が円形の広い部屋にボスと呼ばれる魔物と、その取り巻きのみというシンプルな構成になっていて、そのボス部屋前には大抵ワープポイントの無い魔物が現れないエリア、“休息ポイント”が設置されている。


 ワープポイントが無いので、大抵ボス戦前の休憩と最終確認に使う程度のもので、滞在しても10分かそこらなのだが――今回は少しばかり勝手が違った。


「あれ……なんだか人が多いね」


 休憩ポイントに、やけに冒険者が集まっている。

 十数人……それで1パーティーという規模のものもあるらしいが、見た感じ複数のパーティーが一堂に会しているようだ。

 そして、その全員が随分ボロボロになっている。


「ん……? おい、あれ、ストームブレイカーじゃないか?」


 冒険者の内の1人が此方を見て声を上げる。そして視線が集中し――その数名が安堵の息を漏らした。


「彼らならイケるかもしれないぞ……!」

「……? 何かあったんですか?」


 明らかに不審な空気に率先してレインが声を掛ける。


「実は、この先にいるボスが滅茶苦茶強いんだ」


 ……正直想像していた中でも一番微妙な理由だった。

 ボスが強いから先に進めない。つまり、この層を超える実力が備わっていないということだ。だったら自分たちを鍛えるなり、戦い方を考えるなりするのが普通。

 休憩ポイントに留まって他のパーティーが倒してくれるのを期待するような彼らのような行動は、あまり冒険者として健全とは言えない。


「なんか嫌な空気ね。鬱屈としていて」

「これじゃあゆっくり休めそうにもないわね……」


 スノウとサニィの言葉には疲れも滲んでいて正直全く同意見だ。

 サンドラなんて既に俺を木の代わりにするように寄り掛かってきている。彼女の大剣が重いので、正直しんどい。


「モノグ、スノウ、サニィ、サンドラ」


 話を聞き終わったレインが集まるようジェスチャーを送ってくる。彼に従い、他の冒険者に聞かれないよう、少し離れた場所に移動する。

 俺達のあからさまな行動に、流石についてくる奴はいなかったが、聞き耳を立てているのは明らかだ。こればかりは気にしても仕方がないかもしれないけど。


「なんでも、この先にいるボスがかなり強いらしい」

「特に驚くことじゃないわね。ボスってのはそういうもんよ」

「でも、想像より遥かに強いみたい。それこそ、今までの感覚だと数層先のレベルとか」


 正直、口伝えの内容ではどこまで信じていいかって感じだ。彼らが舐めていて、痛い目に会っただけってだけかもしれないし。


「用心するに越したことはないよ。ね、モノグ」

「ああ、そうだな。装備の点検が必要なら言ってくれ、ちゃんとボス部屋攻略も見越して道具は持ってきてあるから」

「うん、少し休憩しよう」


 とにかく、敵が強いという情報に怯えて引き返す選択肢は俺はともかく、他の奴らには無い。

 俺達は少しだけ休息を挟んで、ボス部屋へと向かうことになった。


「モノグ君、ちょっと弓の点検したいの。弦の感じが微妙というか……ちょっと来てくれる?」

「ああ」


 休憩なんていっても、みんなでだらだら寝っ転がるわけじゃない。

 戦いに備え武器のメンテナンスを欠かすことは無い。

 俺はサニィと共に彼女の弓をチェックする。見たところ、僅かに弦が緩んでいるようだった。


「これ、弦が伸びちまってるみたいだな。そうだ、この間市場に出ていて買っておいたんだ」


 俺は【ポケット】から弓の弦に使える繊維を取り出す。


「なんでも、世界樹から削って加工した弦らしい。値は張ったが、見た感じ掘り出し物だと思う」

「へぇ……確かに良い肌触りね。伸縮性も……うん、良い感じ。流石モノグ君、良い買い物するわね」

「ありがとう。でも、ぶっつけ本番で使うのはちょっと怖いかな。今のもこのまま使えるとは思うけれど……」

「ううん、付け替えたい。折角モノグ君が用意してくれたんだもの」


 にこっと笑顔を浮かべるサニィに面映ゆさを感じつつ、俺は頷く。

 弦の付け替えは何度かやっていて、工程も問題無い。欲を言うのであれば、フレームも付け替えた方がいいけれど……随分痛んでいるし。


「なぁ、サニィ。このフレームだけど」

「ダメ」

「え?」

「これ、凄く大事にしているものなの」


 サニィは愛おしそうにフレームを撫でる。もしかしたらレインに関係するものだったりするのだろうか。

 だとしたら俺なんかにどうこう言うことはできないな。


「それとも、モノグ君が新しいの買ってくれる?」

「いや、俺にはちと荷が重いな」


 からかうようなサニィに対し、俺は苦笑しつつ弦の付け替えを終える。明らかな負け試合に身を投じるほど無謀じゃない。それこそ、サニィを手に入れる為ならそれくらい果敢に挑戦するなんて男腐るほどいるかもしれないが。


 ちらっと横目でレイン達の方を見ると、残りの3人で仲良く、武器を磨きながら雑談をしている。サニィもそちらに加わりたいだろうと、急いだ甲斐があった。

 誰か一人に肩入れするのは良くないが、しかし機会を平等にしてやるくらいはいいだろう。


「ほら、お前もあっちで話して来いよ」

「え……ああ、そうね」


 サニィは一瞬、虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに微笑むと弓を担いでレイン達の方へと向かった。

 そして1人になった俺は――


「いい気なもんだよな、アイツ」

「ああ、ストームブレイカーっていやぁ、ルーキーながらどんどん名を上げているからな。もしかしたらあのボスだって……ったく、それなのにサポーター風情も名誉をかっさらっていくなんて納得いかねぇぜ」


 酒場の時と同様に、サポーターに向けた誹りが聞こえてくる。

 いや、サポーターに対してじゃない。ストームブレイカーに所属する、俺に対してのやっかみだ。


 ストームブレイカーは認めている。しかし、俺の存在は認められない。

 そんなことをあからさまに、挑発するように言ってくる。ボスを前に尻尾を撒いて逃げ出したことへの八つ当たりも含まれているとは思うけれど。


「んだよ?」


 そんな彼らを見返すと、それだけで喧嘩を売られたと思ったのか、こちらにメンチを切りながら歩いてくる。


「別に。俺の話をしているみたいだったから」

「ああ、テメェの話だよ」


 腕っぷしに自信がありそうな筋肉隆々とした男が俺の方に歩み寄ってきて、そしてその勢いのまま胸ぐらを掴み上げてくる。

 対格差があり、俺はされるがまま、なんとか爪先だけ地面につけられる状態になってしまう。


「ムカつくんだよ、俺達よりも弱いテメェが、俺達より先に行こうってのがさぁ」

「見た感じ、アンタらのパーティーにはサポーターはいないみたいだな」

「ああ、切ってやったよあんな連中。俺達の後ろに隠れて、それでいて冒険者面してんのがウザったくてよお」


 ニヤニヤと見下すように男が口角を上げる。

 そして彼に付いてきた取り巻き達も同意らしい。


 ああ、なんて性格の悪い奴らだ――なんて、片付けられたら楽なんだろうけれど。実際彼らのような冒険者が多数派になりつつあるのだ。

 今俺を掴み上げているのはアタッカーである彼らの奢り、だけじゃない。

 彼らに切られ、冒険者生命を絶つことを余儀なくされたサポーターたちの亡霊も擦りついてきているように思えた。


 お前も、早くこちら側に堕ちてこいと。


――言われなくても、時間の問題さ。今日を見て分かった。彼らに、俺の力なんて。


「やぁ、楽しいことをしているね」


 不意に、空間を鋭い声が遮った。

 そして、


「う、ぐぅ……!?」


 俺を掴み上げていた男が唸る。見ると、彼の腕に細くしなやかな指がメリメリと食い込んでいた。

 その痛みから男の手が緩み、俺も開放される。


「大丈夫、モノグ?」

「あ、ああ……」


 ニッコリと笑顔を浮かべるレイン。

 しかし、その目は笑っていない。今も男の腕を握り潰している。


「ボクの仲間に随分と失礼じゃないですか。一応、会話は聞こえましたけど」

「は、離せ……!」

「ええ、本当は斬り離してやろうとも思ったんですけど……そうするとモノグが気にしそうなんで。彼、優しいんで」


 男が呻いても、レインは一切力を緩めない。

 むしろ、どんどんと怒りは高まっているみたいで――


「でも、ボクは優しくなんかないですよ。何が大事で、何が大事じゃないか……そういうのを割り切るのがアタッカーの役目ですから」


 ギシギシと骨が軋む音が俺にまで聞こえてくる。まるで魔物に立ち向かうような――いや、それ以上の殺気を放っている。


「ボクが割り切って、取り零したものをサポーターが、モノグが拾ってくれる。だから、ボクらは、ストームブレイカーは前に進める」

「レイン……!」

「だから、ボクらを貴方達と一緒にしないでくれ」


 レインはそう強く吐き捨て、男を突き飛ばした。

 そして、俺の手を掴み、仲間たちの方へと歩き出す。


「……っ!」


 思わず息を呑んだ。

 スノウ、サニィ、サンドラ――3人がそれぞれ怒りを露わに冒険者たちを睨みつけていた。


「穏便に済ませたわね、レイン? アタシだったら一生冒険者なんて名乗れないようにしてやったのに」

「そうね、もう少し痛めつけてあげた方が彼らの為でもあると思うけれど」

「サンドラなら脳天ぶち割ってやった」


 何とも物々しい感じで、3人はそれぞれ口にする。

 臨戦態勢――その言葉が相応しい。


「3人とも、構っている時間が勿体ないよ」


 そんな彼女達にレインが笑う。

 そして――


「サポーターを切り捨てる彼らが強者なら、ボクらは弱者かもしれない」

「そうね、このサポーターがいなくちゃ冒険者なんてとても名乗れないもの」

「力不足は重々承知……私達は私達全員で一つだもの」

「みんないれば無敵」

「その通りだ。だから、目の前にそびえる壁があれば、容赦なくぶっ壊す」


 彼らはそれぞれそんな気恥ずかしくなるような言葉を次々と並べていく。

 それに困惑するのは当然俺で、


「え、なに今の。練習してたの?」

「いいや、それぞれ思ったことを言っただけだよ」

「にしちゃあ、出来過ぎなんじゃ……」

「モノグ、やっぱりアンタバカね」


 スノウに肩を小突かれる。

 先ほどまでと違い、弛緩した笑顔を浮かべている。


「アタシたちだってカカシじゃないのよ。冒険者界隈がどういう空気になってるか、ちゃんと感じてる」

「だからずっと考えてたんだから。モノグ君が悩んじゃってるんじゃないかなって」


 悩んでいるといえば悩んでいたかもしれないが――多分、彼女らが思っているのとは違う形だ。

 早く追放されないかなーなんて、冒険者稼業をクビになった後のセカンドライフはどうしようかなーなんて……。


「モノグがいればサンドラ達は無敵」

「そうだね、サンドラ。スノウにサニィも。……だから、証明しよう。この先にいるボスをぶっ倒して」


 それぞれの想いをレインが纏めるように引き取る。


「他の奴らとは違うってこと、見せてやらなきゃね。頼んだよ、モノグ」


 妙に期待に満ちた彼らに、俺はただ苦笑するしかなかった。

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