03 我らがリーダーはおモテになる

 そんなこんなで翌日、


「モノグ。おーい、モノグー」


 そんな呼び声と、頬を突いてくる感触。

 ゆっくり目を覚ますと、目の前にはやはり我らがリーダー様の笑顔があった。それこそ視界全体がレインの顔で埋まる程度に近い。なんだ、この距離感


「あ、起きた。おはようモノグ。ぐっすり寝てたね」

「……おはよう、レイン。何がぐっすりだよ、お前にベッドを取られたせいでこっちはソファで寝る羽目になったんだぞ」

「だからそういう時はボクのベッドを使えばいいって言ってるのに」

「そもそも人のベッドで寝るなよ……」


 昨晩は程よく酔っていたくせにすっかり酒の抜けた健康的でつやつやとした肌色を浮かべつつ、レインが俺の身体を揺さぶってくる。


「ほら、起きた起きた。今日も絶好のダンジョン攻略日和だよっ!」


 既にダンジョン攻略用の軽装に着替えたレインが俺の身体をガシガシと揺さぶってくる。

 このスキンシップの多さ――こういうところも女子人気を助長させるのだろうか。巷じゃ俺とレインのそういう特殊なカップリングとやらで揶揄してくる声もあるらしく、その点もパーティー追放願望を以下略。




 レインに起こされ、ぼけぼけした頭のまま着替えた後、レインと連れ立ってロビーに降りる。

 既に他の3人は揃っていた。もちろん、ダンジョン攻略の準備は万端そうだ。


「遅いわよ」

「ごめんごめん、モノグが中々起きないから」


 パーティーの面々の中でも世間的にツンデレと称される、最も喧嘩っ早いスノウが相変わらずのツンケンした口調で声を掛けてきて、レインが若干俺を下げつつ謝る。結構恒例化している景色だ。

 ちなみにツンデレなんて言ったって、スノウのデレ要素は当然レインにのみ向けられる。今の遅い発言もレインでなく完全に俺一人に向いてたし。

 まぁ、スノウのこの感じにはすっかり慣れたし、メンタルが抉られることもないのだけれど。調教されてるってことなんですかね?


「おはよう、モノグ君。昨晩も遅くまで準備してくれていたんでしょう? ご苦労様」

「おつかれ」

「いや、それが俺の仕事だから」


 一報、サニィとサンドラは優しい言葉を掛けてきてくれる。優しい。幸せになって欲しい。頑張れよ、レイン!


 そして俺はそんな二人に、全く気にする必要無いと笑顔で返す。

 追放されたいと思いつつも、パーティーの一員である以上自分の役目はしっかり果たす。それがプロってものだ。


 そういう仕事っぷりは、なんやかんやで彼・彼女らもそれなりに理解してくれていて――


「ほら、雑談しない。揃ったんだからさっさと出発するわよっ!」


 きっとこのスノウの言葉も、俺であればしっかりと自分の仕事は果たしていて、そのままダンジョンに行っても問題無いという信頼の現れだろう――と、ポジティブに考えることにしている。

 追放されるかもしれないという現実味のある予感はさておき、「こう思ってるんだろうなぁ」と妄想するのは個人の自由だ。

 やっぱり俺も、朝からツンを受け止めるのはメンタル的にしんどかったりするかもしれない。




 ダンジョンは古代文明の遺物だと言われている。あくまでそういうのに詳しい学者さんが言うには、という補足が付くけれど。

 古代文明というのは現代よりも遥かに技術的に進んでいた(ものもある)と言われていて、ダンジョンには一部そういった人知を超えたシステムのようなものが広がっている。


 その一つが、ワープポイント機能。

 ダンジョンは複数の階層に分かれていて、下層に降りれば降りる程、出てくる魔物も強く、狂暴になっていく。

 そして各階層の始めと終わり、そして偶に中間の魔物が出ないエリアにはワープポイントという巨大な魔石が設置されていて、そこに自身の魔力を通すことで、瞬時にワープポイント間を行き来できるようなるのだ。メチャクチャ便利。


 ワープポイントはダンジョンの入り口にも設置されているので、前回の探索で最後に辿り着いたワープポイントから探索を再開することも簡単だし、敵が強いと思ったら前の階層に戻って鍛え直してもいい。そういうカジュアルさも冒険者の間口を広げる理由の一つだ。


「よし、それじゃあストームブレイカー! 今日も誰一人掛けることなく頑張ろう!」


 そんなリーダー、レインの掛け声を受け、俺達は今日も今日とて再びダンジョンへと一歩踏み出すのだった。



◆◆◆



 ダンジョンに潜る際、主に目的は2種類に分けられる。


 1つは当然、最下層を目指す探索だ。一つ一つ下のエリアへと向かうため、未踏のダンジョンを探索していく。

 もちろん、先駆者がいるフロアはその先駆者から情報を買い、楽なルートで進むこともできるが、俺達ストームブレイカーはそれを奨励してはいない。

 何故なら情報には何かとガセが付き物だし、仮に楽なルートで進めたとしてもそれは自分たちの力にはならない。


 階層による魔物の強さと自分たちの強さにギャップが生じると、結果死につながる。自分たちの生存率を上げるという大前提を重視するのであれば、情報の仕入れは程々にして、最後は自分たちの目で確かめるように進んだ方が理にかなっているのだ。


 そして2つ目は、踏破済みの階層に戻り、魔物を倒したり、生えている薬草などを採取したり、鉱物を手に入れたりと、冒険者稼業に必要な素材を手に入れること。

 素材は加工すれば武器や防具に変えられるし、金にもなる。基本ダンジョン攻略には報酬が付いてこないので、ダンジョン産の素材を売って金にするというのはそのまま生活に直結する。こういう地道な作業がそのまま今日、明日と食う飯、着る服、泊る宿に繋がるのである。

 

 今回の俺達の目的は、その2つの内、前者に当たる。

 より先へ、まだ見ぬ地へ。冒険者の本懐にピッタリ会った目的を持った今日は、ストームブレイカーの面々もモチベ―ションが高いように思える。


 現在俺達がワープポイントを利用して行ける最下層、第18層に辿り着いた後も、レインを先頭に魔物をガンガン倒しながら進んでいく。

 俺は支援術師ではあるが、それこそ俺の支援なんか必要なさそうなので、俺は魔物の死骸からせっせと素材をリュックに詰め、道端に生えた薬草の類を拾い集める雑用業に専念していた。

 うーん、安心安全だけれど、この虚無感。安心安全は良い言葉の筈なのに、じわじわと首を絞められている感じがするぞ。


 ちなみに、サポーターや雑用をやる後衛職は大体、【ポケット】という異空間にアイテムを収納する魔術を覚えている。

 どれくらい収納できるかは術者の魔力総量というのに比例するが、俺の場合は平均より高い程度なので、収納できる量もそれなりだ。そういう意味では荷物運びとしての需要はあるかな?

 ただ見た感じだと、スノウ、サニィあたりは適正がありそうなので【ポケット】くらいは簡単に覚えてしまうだろうけど。


「モノグ、ちゃんと付いてきてる!?」

「あ、はい」

「アンタ、サポーターなんだからしっかりアタシの後ろに隠れてなさいよ!」


 攻撃魔術師であり、隊列の中ではサニィと並んで前衛の少し後方に位置するスノウが声を飛ばしてくる。優しい。

 ツンケンしてるけれど、俺みたいな後衛職にも気遣えるいい子なんです。本当に。


「モノグ君、お姉さんの後ろに隠れてくれてもいいのよ。お姉さん、弓使いだからモノグ君とも一番距離が近いし」

「モノグ、サンドラの後ろでもいい」

「ちょ、サニィ!? サンドラまで……アンタは一番前出てるんだから戦いながらじゃ守れないでしょうが!?」


 次いでサニィ、サンドラが声を掛けてくる。

 ははぁん、分かったぞ。これはレインに対するアピールだな?


 か弱い後衛である俺を守り、アタッカーとしての素質、そして懐の広さをアピールする――後衛の弱さがそういう形で活用されてしまう悲しき時代のワンシーンである。


「いいや、モノグ! それならボクが守るよ!」


 しかし鈍感の星の王子様は彼女らの意図など察することも無く、あろうことか自分自身も名乗りを上げてしまう。


「いやいやレイン! アンタは守るとかそういうのに向かないタイプでしょうが!?」

「そんなことないよ、スノウ。攻撃は最大の防御っていうし!」


 確かにそういう言葉もあるが、双剣を振り回し、絶え間ない攻撃で敵を圧倒するレインの後ろに隠れていたら、多分俺にも血の雨が降り注ぐことになる。これに関してはスノウに完全同意だ。

 とはいえ、俺を利用したアピールも彼の参戦で有耶無耶になってしまったことは事実、ここは場を治める為――


「い、いや、大丈夫だ。自分の身くらい自分で守るから」


 俺は全員の厚意を無碍にする選択を取った。明らかに残念そうな空気が流れたが仕方がない。

 そもそも俺は誰か一人を応援できる立場に無いのだ。こういうのは俺、レイン、そして彼女らの内1人みたいなタイミングでやってくれないと困っちゃうよ。


 まぁ、こういうやり取りができるくらいなら彼女達も余裕があるのだろう。最深層でこれなのだ、いよいよお役御免となる日も近いな。今日帰ったら少しずつ荷造り進めとこう。


「守るとか守らないとか、そういうごちゃごちゃした話はそもそも必要無い……来る敵は全てボクが斬り払ってやるっ!」


 しかし、我らがリーダーはやはりカッコいいなぁ……こりゃあ女なら惚れるのも無理ないことだぜ。

 同性である俺からしたら、ただただ眩しすぎる。


 これが、ストームブレイカーに美女が揃っているのに男が寄ってこない理由なのかもしれない。

 男――特にアタッカーからすればレインは完璧すぎて、一緒にいても劣等感に苛まれるだけというのは明らかだからな。


 そういう意味ではアタッカーでなくて良かったと思う。

 けれど、レインだけがモテてる状況とか、サポーターを取り巻く冒険者界隈の現状を思うと、自分の需要の無さみたいなものを感じずにはいられない俺であった。

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