02 サポーターは追放されたい
夜風が気持ちいい。外に出て最初に感じたのはそれだ。
きっと酒場の熱気に当てられていた以外にも、俺がストームブレイカーに僅かばかりの息苦しさを感じていることが原因だろう。
俺は、冒険者稼業――特にダンジョン攻略においては前衛も後衛も対等だと思っている。いや、思いたいと言うべきか。
前衛がいるから後衛は前に進めるというのは当然として、しかし後衛のバックアップが無ければ前衛だって立ちいかないのだと。
しかし、それはあくまで俺の意見でしかない。
今の世間の風潮、アタッカー至上主義はあまりに居心地が悪い。ストームブレイカーの足を引っ張っていると陰口を叩かれるのもまぁまぁなストレスだ。
このストレスっていうのに俺はあまり強くない。なんたってものぐさ野郎だからな。ものぐさってのは怠け者、いい加減ってことだ。
いい加減な俺に風評被害に当てられてまで図太くパーティーにしがみつく――そんな胆力が備わっていると思うか?
ストームブレイカーは“いい奴ら”だと思う。
レインは美少女に囲まれたハーレム野郎ではあるが、だからといってフェミニストというわけでもなく、むしろ同性である俺のことをそれなりに気にかけてくれている。いい奴だ。
スノウは少しツンツンしていて、キツい時もあるが、それは言葉を選ばずに接せれる気の置けない関係であるという表れでもあるし、なんやかんやで世話焼きなところもある。中々に好感が持てる。彼女もやはりいい奴だ。
サニィは優しい。それだけで感謝状を贈りたいくらいだ。比較的若いパーティー構成ではあるが、その中でも最年長でしっかりしているし、気配りもできる。弓使いということもあり実質中衛に位置する彼女は、何かと俺と話す機会も多くて、その技量も相まって非常に信頼できる。当然、いい奴だ。
サンドラは子供だが、それ故にパーティーの愛玩動物……なんていうのはちょっと失礼かもしれないが、まぁ、マスコット的に機能しているということは否定できない。小さい体から発揮される強大なパワーは今までストームブレイカーに不足していた一点突破力を十分に補ってくれているし、レインと対を成すに相応しいアタッカーであるのは間違いないだろう。これまた例に漏れることなく、いい奴である。
それでは、俺は?
魔物と相対すればアタッカーに守ってもらわなければいけないお荷物であり、活力もイマイチ足りないものぐさ野郎。自分で自分のことを評するのは苦手だけれど、あまり“いい奴”とは言えないだろう。
そんな俺にこのパーティーでの居場所なんて本当にあるのか?
そりゃあ、後衛職を追放するパーティーの中には殆ど八つ当たりというか、理にかなっていないと思えるものも多い。
実際、後衛職をクビにしたことで行き詰まるパーティーも少なくないと聞くしな。
けれど、ことストームブレイカーに関してはそんな心配はないだろう。
実際に後衛職で彼らを支援している俺がそう思うのだから、外から見るより余程確実だと思う。
――俺はストームブレイカーに必要な存在ではない。
結果、そんな言葉が頭に浮かんでしまう。
必要では無いということは、いなくても問題無いということだ。
そして、パーティーの中で不要な存在というのはただの無駄コストでしかなく、前衛・後衛限らず切られても仕方がないものだ。
冒険者稼業は実力主義。強いやつは先へ進む。弱いやつは置いていかれる。それが原則であり、慈悲なんてもんじゃ腹は膨れない。
つまり、ストームブレイカーにとって不要な存在である俺はいつクビを切られても仕方が無いのだ。それこそ、周囲の冒険者たちがレインらに囁いているように。
「……でも、それはそれでいいのか?」
そこまで考えて、俺はそんな独り言を呟いた。
パーティーをクビになったところで人生が終わる訳じゃない。
元々冒険者稼業はギャンブルだ。当たりが出るか外れるか……その博打の中で俺は外れを引いたに過ぎない。
まぁ、本当の外れってのはダンジョンで魔物にぶっ殺されることだろうし、命がある分いくらかマシだ。
生憎、俺は元々身寄りが無く、家族はいない。ずっと独り身だ。
俺がパーティーを追放されても、冒険者として立ち行かなくなっても、誰かが傷つくわけじゃない。
同じギャンブルなら……そうだな、サイコロでも振って自分の命運を委ねた方が楽だ。ものぐさモノグには合っている。
実際、追放された後衛連中の中には当然冒険者として生きようと頑張る者もいるが、冒険者から足を洗って別の分野でその才能を遺憾なく発揮している奴もいる。
適材適所。冒険者がこの世の全てではないのだ。
……なんて考えだすと、だ。
途端に、無性に、パーティー追放されたくなってくる。
いや、なんていうか憧れ――とは少し違うが、興味が湧かないか?
パーティーを追放されるなんてイベント、滅多に出くわせるもんじゃないぞ?
そりゃあショックだろうけれど、レインたち相手なら俺も納得が出来る。きっと彼らも色々と思い悩んでその結論に至ったのだろう、と。
というのは……殆ど建て前だ。
本音は……仕事がつらい! 激務つらい!!
今だってほぼ毎日行われるストームブレイカー恒例の宴会を抜け出したのは何も口からの出任せではなく、ほぼではない毎日発生する仕事によるものだ。
俺は雑用係兼支援術師。
ダンジョン攻略のための下準備、調査、物資の調達も仕事だし、見落としがちなアレコレのフォローだってその範疇になる。
もっと分かりやすく言おう。レイン達の仕事はダンジョン内に巣くう魔物達を倒し、前へ進むための道を切り開くこと。
そして、それ以外の殆ど全ては俺の仕事だ。
はっきり言って事前準備、いざという時を想定しての備えというのは膨大で、キリがない。
そりゃあ俺は命を張っている前線のみんなに比べれば肝心のダンジョン攻略で楽をしているし、存在感を出すにはそういった雑用も積極的にやっていく――最初にそう言ったのは確かに俺だが、実際やっていると自分の時間なんか一切作れないし、折角金を分けて貰っても使う時間がない。
とはいえ、その一部を他のメンバーに肩代わりしてもらうというのも今更言い出しづらく、それこそ俺が今まで頑張ってきたことが無に帰してしまう気がして、それはそれで悲しいというか、虚しいというか。
そんなこんなで現状をツラいと感じつつも変えられない、小市民気質な俺にとってこの追放ブームはそういう意味でも魅力的に思えてしまう。
世間が俺に無職になれと背中を押している。
決してストームブレイカーの連中が嫌いってわけじゃないし、当然好きだけれど、変に男の俺がいることでレインのハーレムを邪魔してしまうのもあまり心地が良いわけじゃない。
それに後衛だって言われているほど命の危険が無いわけじゃない。
元々上昇志向の薄い俺だ。地上で細々と商売でもするか、田舎で畑でも耕すか、どこかのカジノに入り浸るギャンブラーになる方が性に合っているかもしれない。実際、冒険者だけが社会を支えてるわけじゃないからさぁ。
「隣の芝生は青く見える」じゃないが、一度考え始めるとどんどんとそんな方向へと気持ちを流され、どんどんとパーティー追放への憧れを強くしていく俺。
そんな中でも俺は宣言通り、ダンジョン攻略に必要な消耗品や情報をしっかりと集め、時計の針も天辺を越す頃にようやく、俺達ストームブレイカーが泊っている宿へと帰還した。
俺達がとっている部屋は2部屋。俺・レインの男性組と、他3人の女性組というオーソドックスな割り振りだ。
レイン達はなんやかんやで真面目なのでこの時間には既に寝入っている事が多い。
ただ、レインがハーレムメンバーの誰かと夜戦を繰り広げている可能性が無くはないので、念のため注意してゆっくりと部屋の扉を開く。
「……やっぱり杞憂か」
部屋は真っ暗で、しかし規則正しい寝息が聞こえてくる。
毎晩同じ部屋で寝ているのだから聞き間違える筈もなく、我らがリーダー、レイン様のものだとはっきり分かる。イケメンは当然無様にいびきを掻いたりもしない。
「って、レインのやつ、またベッド間違えてら……」
俺達男性組が借りているのはベッドが2つ並んだツインルーム。当然、普段から使うベッドも固定化されているのだけれど、レインが今寝ているのは普段俺が使っている方のベッドだ。
冒険者らしい軽装から、無防備な寝間着姿になったレインは、実に気持ちよさそうに、これまた無防備な寝顔を浮かべながら寝ている。
今回のようにレインが俺のベッドで寝てしまうのは初めてのことではなく、結構な頻度で発生している。
というか酒の席の後、俺が彼に遅れて部屋に帰ってくるという今回のパターンの場合、ほぼ発生すると言っていいかもしれない。
「外じゃしっかり者って評判なのに、どうしてこの癖は抜けてくれないのかねぇ……」
何度か注意をしたこともある。その度、リーダー様は落ち込んで反省する素振りを見せるのだが、それでも何度も繰り返すので俺は正直諦めてしまっている。
これに関しては悩んでいたとしても誰かに相談できるわけでもないしな……レインに好意を寄せるパーティーメンバーの耳に入りでもすれば、藪蛇になること間違いなしだし。
にしても、レインのやつ。美男子故というか、寝ていると美人の女性に見えてしまうこともあるというか……そういう意味でもあまり俺の心身によろしくないんだよなぁ。
俺の恋愛対象は普通に女性だし、仮にレインに対しそんな新しい扉を開いたところで損をするだけだ。色々な意味で。
だから、彼にベッドを取られたとて、これまた女性っぽい甘い香りの漂う彼のベッドで寝ることは極力避けていて、固いソファで寝る羽目になる。これもパーティー追放願望を増長させる要因の一つかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます