05 夜明けと旅立ち

 次の日の朝、俺は随分と早くに目を覚ました。

 それこそ窓の外が薄っすらと明るくなってきている程度の夜明け間際に。


 今日のストームブレイカーの予定はオフになっている。

 ダンジョンには行かず、それぞれが思い思いの時間を過ごす。買い物に行ったり、美味しいものを食べたり、だらだら寝たり――ダンジョンでは命を張っている分そういう休息もしっかり挟んでいかないとどうしても精神的に疲弊してしまうからな。


 俺も休日ではダンジョンの準備の為に早起きをする必要もないので、大体昼くらいに起きてはレインに誘われて飯屋巡りや買い物したりというのが多い。

 途中で他の面々が合流することもしばしばだけれど、本当なら俺抜きで楽しみたいと思っていることだろう。その点、この鈍感バカは気が付かないものなのだろうか。


 今日はちゃんと自分のベッドで気持ち良さげに寝ているレインを余所に、俺は着々と外に出る準備を進める。

 なるべくレインを起こさないように、そーっと、そーっと……


「よし」


 “念には念を”の精神で、二度三度と不備がないかを確かめた俺は、ふとレインの毛布がはだけていたことに気が付いた。


「ったく、だらしがないな。うちのリーダー様は」


 もう明け方だし、余計かもしれないが、万一にも風邪を引かないよう毛布を掛けなおしてやる。


――彼はスノウのことに気が付いているのだろうか。気が付いた上で、同じ魔術師である俺にしか解決できないと泳がしてくれているのだろうか。


 ふとそんな思考が脳裏に浮かぶ。

 リーダーとして、いや、幼馴染としてスノウと過ごした時間は彼の方が圧倒的に長い。僅かな感情の機微にも聡いだろう。


 けれど、そんなの今考えても意味のないことだ。

 この邪推は全てが解決した後で――そうだな、酒の席のつまみにでも取っておこう


「行ってくる」


 部屋から出る前に、思わずそんなことを呟く。ほんの僅かに空気を揺らした程度の声量ではあったが、それは違和感として伝わったのか、レインはその呟きに寝返りで答えるのだった。



◆◆◆



 初めてスノウに出会った時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 それこそ、彼女と同時に出会ったレイン、サニィよりもはっきりとだ。


 レイン、サニィも、当然スノウも、容姿的に目立つ存在で、まぁそんな連中が固まってれば嫌でも目を引くわけだが、俺が強く興味を抱いたのはスノウのその性格だった。


 世間じゃ俗に“ツンデレ”なんて称される、我儘で、強気で、たまにちょっと優しい。

 そんな衝動のままに生きる彼女の姿は、あまりに魔術師らしくなかった。


――魔術師は常に冷静であれ。


 魔術師であれば必ず一度は耳にするであろう言葉。

 精神状態を強く反映する魔術の行使において、感情の揺らぎはそのまま魔術の揺らぎとなる。

 安定した魔術の発動をするには、常に冷静でなければならない……と、この言葉はすっかり魔術師の常識として定着している。


 しかし、スノウは冷静とはまるで真逆の人間だ。そうだな、良い言い方をするのであれば、“情熱的”だろうか。

 特別感情表現が豊かな人間らしい魅力を持った女性――しかし、魔術師として見れば正道から外れてしまっている存在。


 そんな彼女がどんな魔術を使うのか、俺は同じ魔術師だからこそ無性に興味を持った。

 先の常識を重んじる魔術師であれば、見る前から魔術師としてそぐわない駄目な奴とレッテルを貼っただろう。

 けれど、俺は彼女のように、性格こそ全然違えど実に感情的に、楽しそうに魔術を行使する人を知っていた。


 だから、気になった。

 スノウも、あの人と同じ人種なのではないだろうか。およそ常人の尺度では測れない、天才と呼ばれる存在なのではないか、と。


『アンタ、変なやつね。普通の魔術師なら、もっと冷静になれって文句を言ってくるのに』


 俺がスノウの性格を指摘しないことが気になったのか、先に話を振ってきたのはスノウの方だった。


『俺は普通の魔術師じゃないからな』


 ああ、そうだ……俺はそんな彼女に、興味があるなんて、期待しているなんて伝えるのが妙に気恥ずかしくて、そんな変にカッコつけた台詞を吐いたんだった。思い出すだけで顔が熱くなる。


『……アンタ、変なヤツね』


 自分だって変な魔術師のくせに、そんなことは棚に上げてそんな悪口とも取れることを言ってくるスノウ。

 ほぼ初対面のタイミングだったし、いきなりそんな言葉を向けられた俺も流石にムッとしてしまったのだが、その毒気も直後、彼女から向けられた実に自信満々な笑顔によって抜かれてしまう。


『でもいいわ。見せてあげるっ。この天才攻撃術師、スノウ様の華麗な氷の魔術をねっ』


 アメとムチというか、正しくツンからのデレ。落差のありすぎる感情の変化に、俺は呆気にとられた。いや、見惚れたと言ってもいいだろう。

 女性的な魅力というのもそうだが、何よりも一般的に抱かれる魔術師らしさとどんどんかけ離れていくのに、彼女の自信はあまりに大きくて――少し懐かしい気分になっていた。


 彼女は、俺が手に入れられなかったものを持っている。それを持ち続けたまま、ここまで来たのだと。

 それが無性に眩しくて……羨ましくて……。


 憧れを抱いた。同じ魔術師として。そして――かつて“攻撃術師になることを目指していた者”として……。


「……モノグ?」


 ふと呆けたような声が俺の耳を撫でる。追想によるものではない、本物だ。


「よう、スノウ」


 地平線の向こうから顔を出し始めた朝日がその端正な顔立ちを照らす。

 俺がここにいるなどとは夢にも思わなかったのだろう、真ん丸に目を見開いて俺を見つめたまま固まっていた。


「……どうして、ここにいるの」


 長い硬直の後、ようやく口を開いたスノウはそんなストレートな質問をぶつけてくる。

 そりゃあ驚くだろう。同室のサニィ、サンドラにも気付かれないよう、こんな朝早くから誰にも告げずにやってきたというのに。


 この、“ダンジョンの入り口”まで。


「どこかにバカな自殺志願者がいるって聞いてね」

「あ、アタシは自殺志願者なんかじゃないっ!」

「分かってるよ。でもやってることは同じだ。たった一人でダンジョンに入ろうなんてな」


 うぐっ、と言葉を詰まらすスノウ。

 ダンジョンは眠気覚ましの散歩に使えるほど穏やかな場所じゃない。たとえ数字の若い階層であっても、そこに出てくる魔物達は全力で冒険者を殺しに来るのだから。


「……うるさい」


 ばつが悪そうにスノウは目を逸らす。彼女だって分かっているのだ、自分の行動が危険だということくらい。

 それでも止まれない。だからここまで来てしまった。彼女は溢れ出す感情を押さえるように、ベルトに差したワンドを強く握る。


「アンタにはアタシの気持ちなんて分からない……! アタシが……アタシがどれだけ……!!」

「分かるさ。じゃなかったら、ここにはいない」

「っ……!」


 つい微笑む俺に、スノウは息を呑み、呆気にとられたような表情を浮かべる。

 目に薄っすらと涙を浮かべながら。


「本当は止めるべきなんだろうけど……それであっさり納得するような奴じゃないからな、お前は」

「モノグ、アンタ……」

「けれど、このことを黙っておいてやる代わりに条件がある」

「……条件?」

「俺も連れてけ」


 最初から彼女を止めるつもりはない。そもそも止めようと思って止まるほど簡単な性格をしていれば1人でダンジョンに行くなんて行動には出はしないだろう。

 止められないのなら、付き合うしかない。1人よりも2人の方が生存率は遥かに増すしな。


「……分かった」


 渋々、といった感じを隠しもしないが、スノウは確かに首を縦に振った。

 当然セットで大きな溜め息も付いてくる。


「ん」


 そして、スノウはやけくそとばかりに背負っていたリュックを押し付けてきた。中にはダンジョン攻略の際にあると便利なアイテムや食料品などが入っていた。

 同行するのなら【ポケット】で預かれということだろう。別に文句は無いがちゃっかりしている。


「はぁ……なんでよりにもよってアンタに……」

「ん?」

「何でもないっ! さっさと行くわよ!」


 スノウは相変わらずツンツンしつつ先導する。

 彼女の“らしい”態度に内心ほっとする俺。


 しかし、ここから先はダンジョン。それも昨日とは違い、俺とスノウの2人だけしかいない。

 そのことを再認識し、気を引き締め……俺は彼女の後を追った。

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