第11話:その勇者、鎧を脱ぐ

「何も悪いものなんて、食ってねぇよ! このまま死んじゃうのかと思って、ビビッてるんだよ! 弱虫で悪かったな!」

「いや、アッシュ。お前は弱虫なんかじゃない。ホントの弱虫なら、こんなとこまで一緒に来ないさ」


 ネーチャーはなぜか兜を脱いだ。金髪の美しい顔が現われる。

 こんなピンチの場面なのに、優しい笑顔を浮かべている。そして穏やかで優しい声だ。


 今、ドラゴンの攻撃を受けて苦しんでるのはネーチャーなのに、俺を気遣う言葉をかけてくれている。俺なんて、横で突っ立って見てるだけなのに。


「偉そうに言ってごめん、ネーチャー」

「気にするなアッシュ。どうやら君に、不安な思いをさせてしまったようだな。私こそ謝る」

「あ、いや……」

「そう心配するな。ちゃんとやるから」


 そう言いながら、ネーチャーはドラゴンに向かって走り、顔に向かって剣を切りつけた。しかしドラゴンは腕で顔を防御する。

 ネーチャーの剣はドラゴンの手に当たり、ヤツの小指がスパッと吹っ飛んだ。


「おおっ、すごい! スネアですら、切り裂くことなんてできなかったのに!」


 しかしドラゴンがそのまま腕を振り回し、ネーチャーの胴体を直撃した。彼女はまた吹っ飛ばされて、背中から地面に倒れた。


 確かにネーチャーの剣技は、凄いものはある。

 だけど──そうは言っても、ようやく敵の小指を切り落としただけだ。

 しかもその小指からは黒い霧のようなものが立ち昇り、あっという間に再生した。


 結局与えたダメージはほぼゼロか……

 そしてこちらは一方的に攻撃をくらってしまっている。


 やっぱりアンデッドドラゴンを倒せる可能性なんて、1パーセントもない。


「うーん……このままだと無理だな」


 ネーチャーは呟いている。

 ──そうだ。無理だ。

 もう俺たちは、死ぬという運命しか残されていないんだ。


「やっぱりこの鉄製アーマーは、思った以上にきつい。もう脱ぐよ」

「はっ? 何を考えているんだ? この状態で鎧を脱ぐなんて、自殺行為だ!」


 ネーチャーは俺には答えないで、全身を覆っていた鎧を脱ぎ出した。


「おおっ、軽い!」


 ネーチャーは鎧をすべて脱いで、上下とも身体にぴたっとフィットした、黒いタイツスーツ姿になった。


 上下セパレートで、下はスパッツ、上は長袖で、ほんの少しお腹が見えてる。

 手足ともすらりとしていて、とても美しいスタイル。お腹の筋肉も締まっている。

 バストは……やや小さめではあるが、そんなことは気にしないでおこう。


 金髪で絶世の美女が、身体のラインが丸見えのそんな格好で目の前に立って、準備運動をするように両手両足をぶるぶると振っている。


「あ……いや……うぅっ……ええっ!? おおっ!」


 俺はネーチャーの美しさに目を奪われ、思わず唸ってしまっていた。

 こんな死にそうな場面なのに……男の悲しいさがだ。


「さぁ、いくよっ!」


 右手に剣を構えたネーチャーは、急にダンっと地面を蹴って、飛び上がった。

 いや、飛び上がる瞬間は動きが速すぎて見えなかった。

 気がつくと、ドラゴンの顔にめがけて既に宙を飛んでいるネーチャーの姿が見えた。


 そしてネーチャーは宙に浮いたまま、手にした剣を横に一閃!

 ザシュっと音が鳴ったかと思うと、次の瞬間にはドラゴンの頭が首からごろりと取れて、地面に落下する。


 続いてドラゴンの大きな身体は、大きな音を響かせて、崩れ落ちるように地面に倒れた。

 そのドラゴンの身体の向こう側に、ネーチャーが軽やかに着地するのが目に入った。


 ──なにが……? なにが起きた?


 とにかく一瞬のできごとだった。

 なにが何やらわからない。


「アッシュ、お待たせ。下層階に行こうか」


 ネーチャーは何ごともなかったように、下層階への階段を指差している。


 今のは、ネーチャーがアンデッドドラゴンを、一撃で倒したん……だよな?

 コイツは……まじですげえ!

 世界最強の勇者。ホントかもしれない。


 ──どこか抜けてて、バカだけど。

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