第10話:その勇者、吹っ飛ばされる
そのままネーチャーは前に歩み進んだ。ドラゴンの前に仁王立ちになる。
ドラゴンは太い腕を振り上げて、ネーチャーに殴りかかる。
ネーチャーは腰を落として構え、左手を前に挙げて防御体勢を取った。
そしてすごい勢いで向かってきたドラゴンの拳を、左手で受け止める。
凄いぞネーチャー! がっしりとドラゴンの拳を受け止めた!
──と思ったら、ネーチャーは仰向けに吹っ飛んでいた。
ズザザザと音を立てて、背中で後方に滑ってる。
おーいっっっ!!
マジで大丈夫かよぉぉぉぉーっ!?
コイツはやっぱり、大ぼら吹きだったぁー!
「ネーチャーっ!! 大丈夫かーっ!?」
「大丈夫だ。気にするな」
ネーチャーは何ごともなかったように立ち上がった。身に着けているのは安っぽい鉄製アーマーなのに、怪我はないようだ。確かに本人自身の防御力は凄いのかもしれない。
「おーい、君たち。私も合わせて、4人で一緒に攻撃するか?」
ネーチャーがブルたちに声を掛けたが、彼らは無言のままだ。そして3人は近寄って、何やらぶつぶつと話し合ってる。
その時ドラゴンが「ギャァァァァン!」と雄叫びをあげた。ネーチャーを睨んで、彼女の方にドスドスと歩み寄る。こりゃ、ヤバそうだ。
「これはチャンスだな」
「ええ、そうね」
ブルとジョアンヌの声が聞こえた。何がチャンスなんだ?
「じゃあ後は勇者様に任せた。俺たちは先に行かせてもらう」
──はぁっ? なんだって?
アンデッドドラゴンがネーチャーに向かって行ったことで、後方にある下層への階段ががら空きだ。ヤツらは三人揃って、そちらに向かって走り出した。
あいつら……俺たちを囮にして、そのまま先に進むつもりかっ!?
「ちょっと待て、ブル! あんな強敵、ネーチャーだけでは倒せないだろっ!」
「あはは、アッシュよ。せいぜいその偽勇者様にがんばってもらってくれ!」
「そうね。そのブサイク女なら、なんとかしてくれるでしょうよ。おほほーっ」
──いや、ネーチャーはブサイクじゃないし。
あ、そんなことは今はどうでもいいんだった。
「何を考えてるんだよブル! このままじゃネーチャーも俺も、死んじまう!」
「いいんじゃないか、アッシュ。名誉の戦死ということにしといてやるよ」
「そうよアッシュ。死ねば?」
そう言って、彼らは階段を駆け下りて行った。
なんてヤツらだ。そこまで腐ってたとは。
アイツらはもう、ここに戻ってくることはないだろう。
ボス敵の正体さえつかめば、今回のミッションはとりあえずは達成できる。ジョアンヌは洞窟内部からの帰還魔法が使えるから、ミッションさえ達成したら、町まで一気に帰ればいい。
ということは……
とにかくネーチャーと俺だけで、なんとかこのドラゴンを倒すしかない……ということか。
ネーチャーに目を向けると、ジャンプして、ドラゴンの顔に向けて剣で切りかかっていた。しかしジャンプの高度が足りずに、ドラゴンの顔の寸前で剣は空を切った。
ガシャンと鎧の音を立てて着地した彼女は、「くそっ」と吐き捨てた。
「なにやってるんだよ、ネーチャー!」
「すまん。届くと思った」
──はぁっ?
自分の攻撃の間合いがわかってないなんて、ホントにコイツ大丈夫か?
ネーチャーが着地したところに向けて、アンデッドドラゴンが突風の息を吐き出した!
ネーチャーはそれをよけることもできずに、まともに受けて、後方に吹っ飛ばされた。
──ダメだ……ぜんぜん歯が立たない。
手助けをしたいが、俺は攻撃系の魔法はまったく使えない。
いや……例え使えたとしても、Bランクの俺の魔法じゃ、まったく意味はないだろう。
S級のジョアンヌの攻撃魔法ですら、まったく通じなかったんだ。
これはもう……俺の人生、ここで終わりが確定だ。
短かったよなぁ、俺の人生……
「おい、アッシュ。青い顔をしてるが、大丈夫か?」
立ち上がったネーチャーが聞いてきた。大丈夫なわけはない。
「どうした? お腹でも痛いのか? 何か悪いものでも食ったか?」
──はぁぁぁぁぁっ?
二人とも殺されそうなこんな場面で、何を言ってるんだ、コイツはっ!?
のんびり屋さんかよーっ!?
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