第8話:その勇者、取り乱す

 ネーチャーは震えて、鉄製アーマーがカタカタと震えている。まさかダンジョンの敵に、怯えているのか?


「あ、あ、あのさ……アッシュ」

「な、なんだ?」


 ネーチャーのヤツ、やっぱり声まで震えている。怖がってるんだ。


「やっぱりアッシュは、ああいうセクシーな女性が好きなのか?」

「へっ?」

「やっぱりダサダサな鉄製アーマーなんかより、ああいうセクシースタイルがお好みか?」


 あ、ネーチャーのヤツ。声が震えてるのは怖がってるんじゃなくて、怒りに震えてるみたいだ。も……もしかして嫉妬!? いやいや、さすがにそれはないな。


「いや、そんなことはないよネーチャー。俺は例えダサダサであっても、ネーチャーのような性格がいい人の方が好きだなぁ……あはは」

「やっぱり……アッシュもこの鎧を、ダサダサだと思ってるんだな?」

「あ、いや……そんなことないって! それに戦いに行くのに、お洒落は関係ないだろ!」

「あ……ああ。そうだな」


 ネーチャーは一度、大きく深呼吸をした。


「私としたことが……ちょっと取り乱してしまった。すまん」


 そうなのか?

 抜けてはいるものの、今まで冷静沈着だったネーチャーが取り乱すなんて……いったいどうしたんだ?


「だ……大丈夫か、ネーチャー?」


 ──不安……しかない。


「あ……ああ。ちょっと落ち着いた。大丈夫だ。All is pinすべてがパインe』だ」


 いつものセリフ、言い間違ってますけどっ!

 すべてがパイナップルってなんですかぁーっ!?


 全然大丈夫じゃなさそうだ……

 やっぱり不安しかない。とほほ。



 ◆◇◆◇◆


「おわっ!」


 不安がよぎって、ダンジョンに入るのを躊躇している俺の手を、ネーチャーが突然握って引っ張った。そして無理矢理ダンジョンの中に、引っ張り込まれた。


 ──大丈夫かなぁ……



 ダンジョンの中は岩場で、ありふれた光景の洞窟だ。少し奥に進むと、洞窟の天井に大きなコウモリが何匹もぶら下がってるのが目に入る。


 足元にはそのコウモリの死骸がいくつも落ちている。きっとブルたちが倒したヤツらだろう。


 よく見ると、それはただのコウモリじゃなくてボーンバットだ。骨コウモリ、つまりアンデッド。ただのコウモリよりかなり強い。


 入り口近くにこんな魔物がいるなんて……やはりこのダンジョンは異常だ。ボス敵はかなりの強敵に違いない。


 ネーチャーは背中から剣を抜き、右手に構えた。


「さあ、進むぞ」


 時々天井からバットが襲い掛かってくる。彼女は剣を振り上げ、横に一閃。ボーンバットは真っ二つになって墜落する。


 やはりネーチャーは強い。だが、しかし──これってホントに勇者のレベルなのか?


 少し動きが重いし、ぎごちない感じもする。もしかしたら、ブルやスネアの方が強いのではないか?


 ──とすると、ネーチャーの実力はせいぜいAランクか?

 やっぱり勇者だなんて話は嘘っぽい。これでS難度の敵と出会ったら、ホントに大丈夫なんだろうか?


 そんな俺の不安をよそに、ネーチャーはスタスタと歩を進める。俺は仕方なく付いて行った。


 ダンジョンの一層目は、先にブル達がある程度魔物を倒していたこともあって、難なく進める。


 楽勝とも言えるが……逆に言えば、このままだとブルたちがボス敵を倒してしまう。少し焦りが出た。


 そんなことを考えてたら、細い洞窟から、突然広い場所に出た。


 ──なんだここは?

 まだ洞窟の中ではあるのだが、天井も高く、広場のようになってる。


 その広いスペースの先に、戦いの構えをした三人の背中が見える。あれはブルたちだ。

 そしてその向こうにいるのは……


「なんだあれ? ドラゴンか?」


 ぱっと見はドラゴンだが、全身が骨剥き出しで、目が赤く光っている。


「あれはアンデッドドラゴンだな。あんなヤツが一層目にいるとは……どうなっているのだ、このダンジョンは?」


 アンデッドドラゴンはSSダブルエス難度の魔物だ。ネーチャーの呟きに、俺は耳を疑った。

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