第7話:その勇者、震える
それは、草原の真ん中にポツンと岩が盛り上がり、その岩に穴が開いていた。洞窟への入り口だ。
ついこの前まで、こんなものはなかった。やはり突然ダンジョンが現れたって話は本当のようだ。
「さあ、入るかアッシュ」
「ああ、わかった」
S難度のボス敵が居るダンジョンなんて、生まれて初めて入る。緊張で喉がカラカラだ。
「ところでアッシュ。君は支援魔法士だと言ったな」
「ああ、そうだよ。ただしBランクのな」
「君の使える魔法を教えておいてくれ」
「ああ。基本的な治癒魔法、魔力回復と解毒は問題ない。それと明かりを灯したり、シールド魔法……そんな感じかな。弱いけど」
──自分で言ってて、嫌になる。
ホントに基本的な魔法ばかりしかできない。
「アッシュの治癒魔法のレベルは?」
「基本的なケアより一段効力が高いケアルンまでだ。その上となると……」
「なんだ? どうした?」
「ちょっと、俺の治癒魔法は変なんだよね」
「どう変なんだ?」
「さらに効力を上げると、範囲がグンと
「どういう意味だ?」
ネーチャーは首を傾げた。
「例えば全身に掛けているはずの治癒魔法の範囲が狭くなって、腕だけとかにしか掛からなくなる」
「ほぉ、それは珍しいな。つまり?」
「つまり……腕だけとか足だけとか、狭い範囲なら一瞬で全回復できる」
「なるほど。でもそれを何度か繰り返したら、全身を全回復できるんじゃないのか?」
「そうなんだけど……その手間と時間を考えたら、結局ケアルンを複数回掛けるのと変わらない」
「なるほどな……ははは」
──あ、ネーチャーのヤツ、乾いた笑いで誤魔化しやがった。
でも……そうなんだよな。せっかくレベルアップしたのに、そんな使えない魔法を修得してしまうほど、俺は才能がない。
「まあいい。私と一緒にいたら無傷だ。なんてったって、私は世界最強の勇者だからな」
そう言ってネーチャーはニヤっと笑い、兜を被った。いよいよ出陣だ。
「ああ、頼むよネーチャー。お前だけが頼りだ。勇者様よ」
──これでコイツが偽物だったら、俺の命はないな。まあ信じるしかないか。
「おやおや、アッシュ。結局お前らも来たのか?」
後ろから声がして振り向くと、ブルたち三人が立っている。
「なんだ? 先にダンジョンに入ってるかと思ったのに。ブルたちも今来たのか?」
「うるさいわねっ! 女子は準備に時間がかかるのよっ!」
ジョアンヌが睨んでる。なんかさっきよりも化粧が濃くなってるぞっ?
「化粧直しでもしてたのか?」
「そうよ。せっかくのS難度ミッションなんだから、最大限の美しさで挑むのは、女性としてのたしなみよ」
──なんだそりゃ?
「戦いに行くのに、美しさなんて関係あるのか?」
「大ありよ! アッシュはガキだからわからないだけ。あんたなんか、そのダサダサアーマーの女勇者がお似合いだわ! オホホー」
──あ。もしかしてジョアンヌのヤツ。
さっきブルがネーチャーに鼻の下を伸ばしてたから、対抗心を燃やしてるのか?
「さあ、行きましょう、ブルにスネア!」
ジョアンヌは黒ローブをふわっと翻して、スタスタと歩き出した。
今……黒ローブの間から見えたジョアンヌの服装は……
黒革のショートパンツに、上も黒革のビキニブラ。お腹丸出しのセクシースタイル。
ジョアンヌの胸は形が良くて……そして大きい! 足も色白で細くて綺麗だっ!
思わず見とれて、はぁーっとため息が出た。
こんなので防御力は大丈夫なのかと、心配になるが……あの黒ローブの防御力は凄まじいと聞いたから、問題ないのだろう。
ジョアンヌは性格が悪くて俺は大嫌いだ。だけど美人だ。例え嫌いでも、美人のセクシーな姿を見ると、思わず見とれてしまう。
これは──悲しい男の
──あ、いや。こんなことをしてる場合じゃない。
早くダンジョンに入らないと、ブルたちに報酬を独り占めされてしまう。
「俺たちも行こうか、ネーチャー」
俺が声をかけたのに、ネーチャーはなぜか固まったように動かない。
「ん? どうしたんだ?」
ネーチャーの鉄製アーマーが、カタカタと音を立てている。震えているのか? やっぱりネーチャーは、ホントは怯えてるのか?
いや、マズいぞこれ。ネーチャーが怯えているなら、やっぱりコイツが勇者だなんて、嘘だってことだ。
ここまで来て、俺は……どうしたらいいんだ?
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