第5話:その勇者、良いヤツにつき

「とにかくブル! 私はこんなブサイク女は認めない!」

「あ……ジョアンヌ。待てよ。コイツは勇者だって言うから、ちょっとは俺たちの役に立つかと……」


 ブルのヤツ、バカだ。彼女の前で見境の無い行動をするから、怒られてやんの。


「なによブル! あたしはコイツが勇者なんて、信じてないから! あんただって、さっきまで疑ってたくせに!」

「あ、いや……」

「ねぇ、美人の黒魔導士さん。大丈夫だよ」

「はぁっ? なにが……大丈夫?」


 突然ネーチャーがそう言ったから、ジョアンヌは動きが固まってしまった。呆然とネーチャーの顔を眺めている。


 ネーチャーはブルの顔を指さした。


「私は……こんなゴツイ顔の男は趣味じゃない」

「「はぁっ!?」」


 ブルとジョアンヌが、怪訝な声を合唱した。

 ネーチャーのヤツ、喧嘩を売ってるのか?


「私はどっちかというと、アッシュのような可愛い顔の方が好きだ」

「はぁっ!?」


 俺の顔を指差して言うネーチャーに、今度は俺が思わず怪訝な声を上げてしまった。


 そりゃ、こんな美人にそう言われて、悪い気はしない。

 悪い気はしないが……


 このシチュエーションでそんな言葉の爆弾を投げ込んだら、俺は完全にブルとジョアンヌに恨まれるだろがぁぁっ! 空気を読めよ、ネーチャー!


 ブルは顔を真っ赤にして、体中をブルブルと震わせている。そして大きな声を上げた。


「ああ、そうかよっ! わかったよ! あんたみたいなにせ勇者は、やっぱり弱虫男がお好みだってことだな! よく言ったよ、あんた! 絶対に後悔させてやる!」

「後悔? どうやって?」

「絶対に俺のパーティーには加えてやらん。そしたらお前は、S難度の依頼には行けないだろ。そして俺たちが帰ってくるまで、ここで待ってろ! 後で弱虫アッシュと一緒に、偽勇者のお前も、ぼこぼこにしてやる!」


 おいおいおーい。

 くそっ、この偽勇者のせいで、なんで俺がそこまで言われないといけないんだよ?


「おい、お前ら! 早速ダンジョンに行くぞ!」


 ブルはスネアとジョアンヌを従えて、どすどすと足を踏み鳴らしながら、ギルドから出て行った。



 ──あーあ。とんでもないことになっちまった。

 ブルのヤツ、蛇のように執念深いから、マジで俺、ぼこぼこにされるぞ……


「おい、ネーチャー! なんであんなことを言うんだよ?」

「あんなことって……?」

「ブルの顔が好きじゃないとか、アイツをバカにするようなことだよ! おかげで俺まで、恨みを買っちまったじゃないか!」

「それは……アイツら全員が、特にブルってやつが、アッシュのことを弱虫とか……バカにするのが許せなかったからだ」

「へっ? なんだって?」

「アッシュみたいな良いヤツがバカにされて、むかっ腹が立ってしまった」


 ネーチャーはその美しい顔を歪めて、悲しそうな表情で俺を見ている。


 ──俺が……いいヤツ?


「でも悪かったな、アッシュ。結局君に迷惑をかけたみたいだ。すまん」

「あ……いや……」


 なんだよ、ネーチャーのヤツ。自分のためじゃなくて、俺のためにあんなことを言ってくれたのかよ。くそっ。俺は自分勝手に、ネーチャーに腹を立ててたじゃないか。


「ねぇ、アッシュ」

「ん? なんだよ?」

「さっき私は、一人でダンジョンに行くっていったけど、方針変更だ」

「どういうこと?」


「君と二人でS難度の魔物討伐をすることにした」

「はぁっ? なんで? することにしたって……勝手に決めんなよ」

「君が私と一緒にS難度の魔物を倒せば、アイツらを見返すことができる。それとアッシュの経験値が格段に増える。早く君もSランクになって、更にアイツらを見返してやろう!」


 ──なんだよ、コイツ。

 実はめっちゃ良いヤツじゃん。

 なんか、俺……涙が出そうだよ。


「ネーチャー……あ、ありがとう……」


「なあ、お前ら。盛り上がってるとこ、悪いんだけど……」


 今まで事の成り行きを黙って見守っていたギルドマスターのタウロスが、突然近寄ってきた。


「この勇者さんが、Sランク以上だと証明できないと、お前らにS難度の依頼はできないぞ」


 ──あっ……


「あーーーっ、そうだったーーー! それをすっかり忘れてたーっ!!」


 ネーチャーは頭を抱えて叫んでいる。

 本気で忘れてたのかよっ?

 頭を抱えたいのは、俺の方だよぉぉぉーっ!!!!

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