第4話:その勇者、兜を脱ぐ

「カッカッカッ……面白れぇ! 面白れぇよ、あんた。世界最強の勇者……って芸名のコメディアンっだっけ?」


 ネーチャーが身分証を失くしたと言うと、ブルは馬鹿にしたように大笑いしだした。

 スネアとジョアンヌも、ブルに合わせて横で大笑いしている。


「あはは、バカだこいつ!」

「クックックッ……弱虫のアッシュと嘘つき勇者様のパーティーだって? 面白いじゃん」


 ハッキリ言って、確かにこのネーチャーってヤツは、バカ過ぎる。おかげで俺まで一緒にバカにされてしまったじゃないか。


「さあ、どうするよ、世界最強の勇者さんよ。あんたがSランク以上だって証明しないと、S難度の依頼は受けられないぜ? カッカッカッ……面白すぎて笑いが止まらないぜ。カッカッカッ……」


 ブルのヤツ、腹を抱えて笑っている。ムカつく笑い方だ。


「そうだな。どうしたもんかな……」


 ネーチャーは呟きながら、両手で兜を脱いだ。金髪の絶世の美女が顔を見せる。


「カッカッカッ……か?」


 ブルの笑いが突然止まった。ネーチャーの顔を凝視している。


「お……お……お……女か? お前、すっげぇ美人だな……」

「ああ、そうか? ありがと」

「な……なあ、姉ちゃんよ!」

「姉ちゃんと呼ぶな! 私はその呼ばれ方が一番嫌いなんだ! 私にはネーチャーと言う、ちゃんとした名前があるのだからっ!」


 ──あ、いや……姉ちゃんとネーチャー。ハッキリ言ってあんまり変わりませんけどっ!! そんなに怒るほどのもんかよっ?


「お、おう。ネーチャーさんよ。なんなら俺のパーティーに加えてやるぜ。そしたらS難度の依頼に一緒に行けるだろ」

「ふーむ……なるほど」


 ネーチャーは腕を組んで、首を傾げて考え込んでいる。

 ブルのヤツ、さっきまでとは手のひらを返したような態度。ネーチャーがあまりに美人だから、仲良くなろうとしてやがるな。このスケベ野郎め。


「いや、ダメだ。ネーチャー。こんなヤツの仲間になんかなるな」


 ネーチャーは俺んちの宿代を稼ぎに来てるんだ。ブルなんかの仲間にさせてたまるか。依頼が上手くいったとしても、どうせブルは、報奨金を独り占めにするに決まってる。


「はぁっ? アッシュ、てめえ! 何を偉そうに言ってるんだ? Bランクの弱虫魔法士のくせに!」

「ちょっと待ってよブル! あたしはこんなブサイク女を仲間にするのは反対だよ!」


 ネーチャーは絶世の美女なのに、ジョアンヌのやつ、あんなこと言ってる。明らかに嫉妬に狂ってるよ。


 ジョアンヌは突然、何か小石のようなものをネーチャーに向かって投げた。

 ネーチャーの顔面に当たる! と思った瞬間、それは斜めにそれて、そのまま床に落ちた。

 その向こうを見ると、扉が突風でばたんばたんと開いたり閉まったりしている。


「チッ、風のおかげで運のいいヤツめ……」


 ジョアンヌは吐き捨てるように言った。ネーチャーは文句を言うでもなく、何食わぬ顔をしている。


 ──いや、待てよ。

 たぶん突風が吹いたのは、小石がネーチャーの後ろに転がった後だ。石の方向が変わったのは、たぶん風のせいじゃない。だけどネーチャーは、ピクリとも動かなかった。


 じゃあどうして、小石の軌道が変わったのか……?

 魔法か?

 いや、今の瞬間、魔法を発動する魔力は感じられなかったから、多分違う。


 これは想像だが、俺たちの目に留まらぬ速さでネーチャーが手を動かしたか、もしくは口から小石に向けて息を吐いて軌道を変えたか。


 いずれにしても石が勝手に軌道を変えることはないから、ネーチャーの仕業に違いない。


 そう思ってネーチャーの横顔を眺めていたら、ふと彼女は俺の視線に気づいたようで、ニヤッと笑って、軽くウィンクをしてきた。


 何をどうしたかはわからないが、やはりコイツの仕業か。

 誰も気づいていないが、もしかしたらやっぱりコイツ……ホントに凄いヤツなのかもしれない。

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