第9話

 しおちゃんの旦那さんが肺の具合をこわしたとき、あたしは隣でみていてもつらかった。それをつきッきりで看病していたしおちゃんは、くたくたぼろぼろに疲れはててそれこそしおちゃんまでブッ倒れてしまうんじゃァないかというほどだった。


 カズオちゃんはあのときたしかもう外国で暮らしていた。だからしおちゃんはほんとうにひとりで三年も旦那さんの面倒をみたのだ。だがあたしはそんなしおちゃんの疲れきった様子を、どこか、誇らしい気持ちでながめていた。


 ジイちゃんが血を吐いて倒れたとき近所のひとたちは「長びくだろう」と言っていた。だが死んだのはずっとずっとすぐだった。


「おまえたちに辛い思いメーワクは、かけないから」


 倒れてからジイちゃんはまいにちそうくり返した。長わずらいして寝たきりになってあたしたちの負担になるまえに、ジイちゃんは自分でカタをつけようとしたのだ。あたしにはジイちゃんの考えていることが手にとるようによくわかった。


 あの日、チーコが短大へでかけていって、 家にいたのはジイちゃんとあたしだけだった。ジイちゃんは庭につづく縁側に座って自慢のぶどう棚を、細目で睨みつけるようにながめていた。あたしはジイちゃんを支えたのだ。

 

 あたしはしおちゃんが旦那さんを看病するその様子をみて誇らしかった。心の底であたたかい火が、ポッとちいさく灯ったような、そんな気持ちになったのだ。ジイちゃんは長びかせなかった。あたしのために、チーコのために。


 長びかせなかったのだ。


 そうしてあたしはジイちゃんの決心を支えたのだ。そのことはあたしとジイちゃんだけの秘密なのだ。チーコも知らない秘密なのだ。ジイちゃんは病院を毛嫌いしていた。病気になったら、なおらない病気だったら、じたばたせず自然に弱るにまかせて死にたい、潔く死にたいといつも言っていた。じぶんの家、じぶんの好きな場所で死にたいと、そう言っていた。


 あたしもおなじように思っていた。だからあの日ジイちゃんは自家で死んだがそれは、まったくよいことだった。ジイちゃんがそれを望んだのだ。ジイちゃんの望んだおわり方、おわらせ方だったのだ。


 あたしはジイちゃんを支えた。あたしとジイちゃんのふたりだけの秘密。


 それなのに、あたしはチーコの入院をとめられなかった。ものわすれがひどいせいか、ひとり娘の病気にあわてたのか、うッかりあの子にばかなまねをさせてしまった。


 チーコは病院で薬づけにされぐるぐるにきつく縛りつけられて、こぎたない婆さんのようにやつれはてて死んだのだ。


 殺してほしかったのに、だれからも放っておかれて、終わりかたもじぶんで決められないままに死んでいったのだ。


 あたしはあんなふうには死にたくない。ジイちゃんの死はあたしの誇りだ。あたしもあんなふうに死にたい。じぶんの意志で、じぶんの家で、潔くさっぱりと死んでいきたい。

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