第7話

 孫たちはふたりとも東京のどこだかにそれぞれ家を借りている。だがときどき、別々にではあるが逢いにきてくれたし、電話などはしょっちゅうよこしてくれた。何度か住所もきいたのだがあたしはいつもすぐわすれてしまう。

 

 孫たちがわざわざ訪ねてきてくれるのを隣のしおちゃんは、


「ウラヤマシイ、ウラヤマシイ」


 と言ってくれる。が、あたしはここのところ不安でしょうがないのだ。孫たちはわざわざ逢いにきてくれて、仕事でまいにち忙しいのに電話もくれるしときどきは、正月と夏に数日だけだが自家に泊まってもくれるのだが、


「バアちゃん、いっしょに暮らそうヨ」


 とはけっして言ってくれわない。大阪あたしはもしかしたらなにかのときに、


「いっしょに住まないかい?」


 この子たちのどちらかにそうきかれて、


「いやいいよ、あたしは、ひとりが」


 などとうっかり言ってしまったのかもしれないと、ここのところ不安でしょうがないのだ。住もうなんぞと言ってくれるのは性根のやさしい上の孫にちがいないのだが、あたしがうっかり「ひとりがいい」などとこたえたのだとしたら、


「バアちゃんは、ひとりが気楽でいいみたいだゾ」


 とわざわざ下の孫にも知らせているだろう。そうだとしたら下の子も、


「いっしょに住むかい?」


 などときいてきてくれるわけがないのだ。あたしはいまさら、


「あんたたちと、いっしょに暮らしたいヨ」


 なんぞとは言えない。


 あたしはせっかく決心したのに、からだが弱るとつい不安になってしまう、心ぼそくてしかたなくなってしまうのだ。ひとりぼッちでこの家にじっとしているのがたまらなく怖いのだ。「なにかあったらどうしよう」などとばかなことを考えてしまう。


 決心したはずなのにあたしは、怖くて怖くてたまらないのだ。


 だが孫たちには孫たちの暮らしがある。上の子はもうすぐ結婚するのだし、下の子だって「じぶんで稼ぐってのもいいもんだネ」などと言うのだから自立を楽しんでいるのだ。


 東京まで電車で一時間もかかるこんな場所で、あたしみたいなかわいげのない年寄りといっしょに暮らすなんて嫌にきまっている。あたしなんぞ足手まといになるだけだと、じぶんでもよくわかっているのだ。娘が死んだから孫といっしょに暮らしたいなんて、それこそ年寄りのあさましいわがままな考えなのだと、あたしはちゃんとわかっているのだ。


 いまだって、からだはずいぶん弱ってきたし足も腰もすっかりだめで二階にもあがれないような老いぼれだが、それでも調子のいい日は縁側から庭へおりて、あのぶどう棚の下まで歩くことだってできるのだ。そういう日はなんの心配もないのだからひとりでいいと思ってしまうのだ。


 だからもしそんな日に、


「バアちゃん、おれと住むかい」


 孫たちにきかれたって、あたしはうっかり、


「いやいいヨあたしは、ひとりが」


 そうこたえてしまったにちがいないのだ。

 

 今年は天気がおかしいのか四月なのに何度か雪がふって、もう五月になるというころにとくにひどい大雪になった。


 あたしはその日、さむさのせいで関節がもう痛くてだめで、朝目がさめても雨戸もあけず一日じゅう布団のなかで横になっていた。そうしたら昼すぎだったか、雨戸のむこうの庭のほうからミシミシいやな音がして、しまいにはボキンとそれこそ骨でも折れたような音がきこえて、あたしはじぶんのどこかの骨が折れたのではと本気で思ったほどだった。


 つぎの朝、関節もだいぶラクになったので腰をやらないよう用心しながら雨戸をあけてみた。雪はやんでいた。庭を見わたすとぶどう棚の梁のひとつが、雪の重みで折れてしまっていた。


 折れた梁の断面がスカスカに腐っているのがみえて、ほかの梁もあぶないのでは? とあたしは心配になった。あの、まん中を渡っている、麻縄のぶらさがった梁まで折れたりしたらどうしよう。


 さいわい雪がふったのはそれが最後で、ほかの梁たちは皆ぶじだった。

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