翔編 5日目
ゴールデンウィーク5日目。
「美笑は自殺でも、事故でもない。待ってたんだ、きっと……」
昨夜はお通夜をし、今日は告別式だ。俺は告別式の途中で退室し、控室にいた。なぜかというと、一番最後に美笑と一緒にいた俺に色々と聞きたかいからと先生から呼ばれていたからだ。
俺も親類と晩餐をするより、先生と話していたほうがいいと判断し、お招き預かった。
「そう……。詩織さんとの約束があったのね……」
「自殺にしたい連中もいるようだけど、先生には誤解して欲しくないんです」
「ええ、分かってる。美笑ちゃんは強い子だもの。だって、詩織さんの妹なんだから」
それを、追い詰めたのは俺だ……。
「ねぇ、翔くんは自分が死ねば良かった、……なんて思ってる?」
「……」
「駄目だよ。そんなことしたって、誰も嬉しくない。生きてるんだから、生きなきゃ。人が生まれてきたことには、みんな意味がある。でも、それを見つけるのは自分の仕事」
「……じゃあ、死ぬことにも意味があるってことでしょうか」
「うん。自殺であれ事故であれ、ね。ある人は、人の人生の長さは生まれ時から決まっている、なんていう人もいる。ある人は、死は受け止めるもの。そこから立ち直るために人は生きるんだって言った人もいた」
「どちらも、生きてる側からの気持ちですね。死んだ人側がどう思ってるか、考えないんだろうか」
「翔くんは、どう思う? そこを明確にしようと思って呼んだの。美笑ちゃんは屋上で、どんな様子だった?」
「……俺が着いた時は、まだ普通に屋上に座ってました。それで、何かを俺に向かって言いました。それは聞き取れなかったけど、急に発作が起こって、俺が屋上に駆けつけた時には発作は止まっていました。それが、喘息死だったのか、単に気を失ってしまったからなのか分からないですけど、居た場所が悪かったのでそのまま落ちてしまったんです」
「……うん、そこだね。美笑ちゃんは翔くんに何かを伝えようとしていた。でも翔くんには届かなかった。つまり、生きてる人からそれを想像することしか出来ないの」
「それじゃあ、死んだ人が浮かばれないじゃないですか……!」
「本当にそう思う? 今、翔くんの後ろに居るの、分からない?」
「……え?」
心当たりは……ある。それが怖いことだなんて、思わない。
「ずっと……傍に居てくれたんだね。ありがとう」
「……」
「守護霊ってね、その人に一番近しい人。もしくは一番気に掛けてくれてる人が憑いてくれることが多いんだって。そんな素敵な人が、美笑ちゃんを見捨てるはず、ないでしょう? だって、彼女は……」
「ごめん! 本当にごめん! 俺は詩織との約束を守れなかった……!」
俺は頭を下げた。謝ったって取り返せない十字架を俺は生涯背負っていかなきゃいけないのだから。
「……翔くん。彼女は謝って欲しいんじゃないと思うよ? 詩織さんも美笑ちゃんも、翔くんを恨んでなんかいないんだから」
「けど……!」
「じゃあ考えなさい! 詩織さんは君に、何を伝えたかったの? 美笑ちゃんは、翔くんに本当はどうして欲しかったの? それが分からなかったら、今度は幻滅どころじゃ済まさないよ!」
「……はい」
――それから俺は1年間。卒業までの日々を、贖罪にあてた。
詩織が伝えたかったこと。美笑が望んでいたこと。俺は精一杯それを考えた。
もちろん、私生活から変えた。母親とのわだかまりも少しずつ解消し、美笑の死を通してお互いによく話すようにした。もっと早くこうしなければならなかった。
俺たちは、美笑を迎えてから本当に、家族にならなきゃいけなかったんだ。誰かが命を落としてからじゃなきゃ気づけないなんて、俺は最低の男だが……ここが底辺だ。0から、築いていかなきゃいけないんだ。
あれから詩織の夢も見なくなってしまって少し寂しく思ったが、それも贖罪なのだと思うようにした。ダメ息子で、馬鹿野郎な彼氏未満の男は自力で立ち上がらなきゃいけない。
詩織が見ていたクラスの風景を、どんな気持ちで過ごしていたのか。人気者だった詩織には及ばないが俺もポジティブ精神で生きていこう。
突然、能動的に声を掛けるようになった俺を見てクラスメイトたちはどんな反応をするだろうか。
生きていたら一緒に歳を重ね、同じクラスのまま進級してきたであろう詩織のことを、級友たちはどう思っているだろうか。
俺を受け入れてくれるだろうか……。いいや、変わってみせる。
いつか、もう一度詩織が夢に出てきてくれた時に胸を張って会えるように……。
———。
——————。
「なんだかすごく、あっという間だったな……」
あれから俺は、変わった気がする。人付き合いが億劫ではなくなった。積極的にクラスメイトとの輪に溶け込み、決して一人でいることは無くなった。もともと、クラスメイトは詩織のお陰で、気のいい奴ばっかりだった。
詩織が蒔いた種は、ちゃんと咲いていたのだ。誰も詩織のことを忘れてないし、話題に詩織が出てきてもブルーになる人はいない。
それでも、自室で一人になると思い出すのは詩織と美笑のこと。俺なりに答えは見出せたと思う。あとは先生が納得してくれるかどうかだ。
そろそろ、先生との約束も果たさなくちゃな……。
「あ、いたいた! 翔くん、探したんだよー」
「……先生。丁度いいところに」
「丁度いいところ? ……おやおや? 先生に巣立ちの挨拶でもしてくれるのかな?」
「まぁ、そんなところです。先生との約束、忘れてませんから」
「……うん。それじゃあ聞こうかな。結城翔くん」
俺はすぅっと息を吸い込んで、目を閉じた。これからは、もう間違わない。
俺が贖罪の先に出した、その答えは―――。
(あなたの出した答えを、伝えてください。)
「……うん。……うん。そっか……。それが翔くんが出した答えなんだね」
そう、これが俺の……守ろうとする物語。
色々と遠回りしてしまったけど、最初から俺のすべきことは決まっていたのだ。
「うん、よろしい。ちょっと見直したよ。幻滅は撤回しておいてあげる」
「男としては、惚れ直したって言ってくれた方が嬉しいです」
「あらぁ? 言ってあげなくもないけど、今の中に私への言葉は含まれてなかったよ?」
「……あぁ。先生に、あの時図書室で〝あなたには幻滅した〟って言われて引っ叩かれた時は、正直立ち直れないかと思いました」
「ええ!? 私幻滅したとは言ったけど、叩いてないよ!? そんな暴力教師じゃないよ!」
「ははっ。教師なのにその美貌を活かして生徒を誘惑しようとするからです」
「な、なにぃ? …おほん。まぁ、前半の部分があったから流してあげましょう。でも、あんまり調子に乗ってると彼女が黙ってないんじゃないの?」
「うぁいてっ」
な、なんだ!? 空から突然お祝いの花束が降ってきたぞ!?教室から誰か落っことしたのか?
「翔くん。私からも一言言わせて。あれだけ大胆告白されたんだもの、言っていいよね?」
チラッと俺の隣に視線を送ると、先生はかしこまるように手を前で組む。
「私、ずっと前から詩織さんと翔くんのこと知ってるって言ったでしょう?実はね、詩織さんから相談されてたの。翔くんのこと。詩織さんね、前向きになった翔くんのことが、好きになったって言ってたよ」
「え……」
「詩織さんも異性を好きになるっていうのが初めてみたいで、顔真っ赤にして、どんどん翔くんのことが好きになっていくのが止まらないんだって言ってた。両思いだったんだね、青春だなぁ」
あ……れ……。視界がぼやける。瞬きが出来ない。熱い、篤い……。
「まだちゃんと言えないのが辛いって言っててね。早く約束の日にならないかなーって、詩織さんすっごく幸せそうな顔してて――」
「先生、先生……もう、十分です……。俺……俺……それが聞けただけで……もう……」
止まらない、嬉しくて嬉しくて……。こんな俺のことを好きになってくれて。
直接聞けなくても、今、この瞬間。それをひしひしと感じることが出来たから……。
「うん、分かった。最後に私から詩織さんの友人として……。もう一度言うけど、詩織さんも美笑ちゃんも翔くんのことを恨んでなんかいないよ。だから……生きなさい。精一杯がむしゃらに。いつかまた、二人と胸を張って会えるように。私は、みんなの幸せを祈ってる」
「はい……はい……」
「卒業おめでとう、翔くん。詩織さん。末永くお幸せに。そして……進級おめでとう、美笑ちゃん! これからは私が担任だから、よろしくね!」
「ありがとう……ございました……っ!」
俺は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、深々と頭を下げた。この最高の先生に見送られ、俺はまた歩みを始める。
あるがままに、そとはかとなく。そんな当たり前で、ありふれていて、大切な日常を守るために。
変化する日常も、踏み外さないように着実に一歩ずつ。俺が守ろうとする物語は、まだ2度目の決意を迎えたばかりなのだから。
人に話すことはないと思う。
いや、あるとすれば天寿を全うし詩織が迎えてくれたとき。詩織と美笑と俺3人で、一緒に見てきた人生を辿ろうと思う。
一緒に歩んでいこうと思う。
そして、守っていこうと思う。
それが俺の、結城翔の守ろうとする物語の始まりなのだから――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます