翔編 4日目
ゴールデンウィーク4日目。
病院で、美笑の死亡が確認された。頭蓋骨骨折、頚椎損傷で即死だった。
俺は救急隊員に美笑を渡した後、放心したように抜け殻になった。病院の廊下で、医者に美笑の死亡宣告を受けた時も、何も言えなかった。
母親が警察と一緒に迎えに来た頃には、身体は銅像の様に重く、乾いた血はペンキみたいだった。
泣くのも疲れて正直、動きたくなかった。もう、詩織の声も聞こえなくなっていた……。
母親が持ってきた着替えを済ませてから警察で事情を話した。色々聞かれたがよく覚えていない。最後は自殺という判断が下された。
自宅に着くころには日付は変わっていて深夜になっていた。
シャワーを浴びている時も、呼吸しているのかしていないのか分からないくらい頭が真っ白になっていた。手に付いた赤い血は擦っても擦っても落ちない気がして、爪を立てた。
軽く爪が剥がれて指先に鋭い痛みが走る。そのまま水流に流される俺の血……。
鈍痛を感じながら右手を握る。美笑の痛みは、こんなもんじゃない……。何も掴めなかった右手が恨めしかった。
シャワーから上がり、居間に戻ると母親がじっと何かを考えるように座っていた。
こんな状況になっても俺は唯一の肉親に何も話さないのか……。
美笑と同様、俺は母親とも関係を改善しなきゃいけないんじゃないのか?こんな時だからこそ、ちゃんと話すべきだろう。
「母さん……」
「……大変だったね。翔、今日はもう遅いから、何も心配しなくていいからおやすみ」
目の周りが差されたように痛む。それから視界がぼやけた。
この人は、こんな時でも俺を気遣ってくれるのか……。ごめん、母さん……。ダメな息子で、俺……なにも出来なかった……。
こちらに顔を向けずに、小さくなった背中はとても寂しそうだった。
寂しくさせたのは、俺だ……。だって、家族じゃないか。なのに、離婚して俺を養うためにずっと働いてくれていた。
帰りが遅くなっても、ご飯を作り置きしてくれたり、洗濯物はちゃんと干して畳んでくれた。ちゃんと、母親で居てくれた……。
それなのに、俺は……。こんなことにならなきゃ、分からないのかよ……。それが、家族っていうんだよな……。そんな当たり前のことを、俺は蔑ろにして、美笑のことも家族として接していなかったんだ……。
「ごめん、母さん……。今まで、本当に……ごめん……」
俺の涙声は、深夜の雨のようにしとしとと部屋に反響した。母さんは振り返って、俺の顔を見た。
「良いんだよ、謝らなくて。謝るのは私の方。美笑ちゃんのこと、気にかけてあげられなくてごめんね。美笑ちゃんのこと突き放した言い方をしたこともあった……。普通の家庭にしてあげられなくて、ごめんね……。翔は詩織ちゃんのことが好きだったでしょう。だから、詩織ちゃんと出会って明るくなった。でも、突然亡くなってしまったから心が疲れちゃったのよ。思春期にはしなくていい経験かもしれないけれど、
だからこそ思い出してくれると思ったのよ。美笑ちゃんが、義妹になれば……」
「え……俺の、為に……?」
「でもこれは、あなた自身の心の問題。私は待つしかできなかった……。こんなことになってしまうなんて、私も想像出来なかったからごめんね。ゆっくり変わっていってくれればそれで良かったのよ」
母さんは、腐ってしまった俺の為に結婚を……。しかも、石川家に……。どうしてそこまで、俺の為に……母さんの人生は、母さんが決めるべきなのに……。
「私は母親という人生を選んだのよ。後悔なんてしてない。そもそも、あなたが生まれてくれなかったら母親にもなれなかったんだから」
ありがとう、母さん……。これは俺が更生しなきゃいけない問題だったんだ。俺と、美笑の問題なんだ。何かをしなければならなかったのは、俺なのだから……。
それなのに、何年も……俺は何をやってたんだよ……。熱いものが目から溢れるのを、もう堪えられなかった。悔しくて、申し訳なくて……。
本当にごめん……ありがとう……。
「さぁ、もうお休み。石川さん家には警察から電話がいってると思うけど、これから私も掛けなきゃいけないから。あとは大人に任せて、」
「ありがとう、母さん。お湯沸かして、ココアでも入れるよ。そしたら、寝るから」
「……ありがとう」
俺は、電話で話す母親にココアを入れて床に就いた。
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