<TIPS1「優しい人」>

「私は、優しい人が好き」


 中等部の頃、幾度となく聞いた言葉だった。青春真っ盛り。

中高一貫校とはいえ、どんな田舎であれ都会であれ、それぞれの時代で溢れる話題など相場が決まっている。

 同じクラスの恋愛事情、隣のクラスの誰と誰が、部活の先輩が後輩が、委員会で出席していた誰々がカッコよかった可愛かった。

 どんなロケーションでも、ご多分に漏れず我が校も色恋沙汰は珍しくなかった。人数が多い分、他の学校よりかは生徒たちの間の話題は色恋も含め活気あるものだったような気がする。

 まぁ一貫なので他の学校を見る機会はないけれど。


 そんな中で、僕とてそれは例外ではなかった。気になる同じクラスの子や、憧れる綺麗な先輩もいたし、部活で頑張ってる元気な子。魅力的な女の子はたくさんいたと思う。

 残念ながら幼馴染と呼べるほど交流を持っていた子はいなかったけれど、大体の人たちは小学校からスライドで進学してくる顔馴染み。新鮮さもあり変わり映えもしない、平たく言えば気兼ねしない進学となった。

 クラス編成は大体第1小学校から半分、第2小学校から半分くらいの割合で組まれていた。中学生になったんだという気概とは裏腹に、早くもクラスは恋の囁きが広がっていた。

 僕はなんてことはない、文武両道ではあったけれど何かにつけて突出したものは無かったし、別段顔の造形が綺麗なわけでもない。僕個人が話題に上ることはなかったし、成績も中の上をふらふらと。

 悪評も好評もない、まぁなんというか、人間的に面白みのない人だったと思う。

 そんな人間に特別近づこうという人もおらず、僕から積極的に声を掛けることもなく、思春期の微妙な距離感を体現するかのように差し障りのない関係のまま3年が過ぎてしまった。

 ただ、よく言われることがあった。


「優也くんは、優しいよね」

「良い人だよね優也くんて」


 それがくすぐったくもあり嬉しくもありながら、「優しい」ってどういうことなんだろうと考えることもあった。

 それは好意として受け取って良いものなのかどうか。しかし、告白されるわけでもなく、好意的に話しかけてはくれるけれど特別な関係になるわけでもない。

 言葉が優しいのか、性格が優しいのか、言動が優しいのか……。僕は不思議と、それを優しさと思って接していなかった。けど女の子たちに言わせると、それは優しい、良い人という括りになるらしい。

 きっと言葉や行動だけじゃなく、色々な方法や伝え方があるに違いない。それは僕自身の人間の成長には欠かせないような気がする。

 だから……。


 そういわれるのも、悪くないかな……。


 それから高等部にスライドして、クラスが再編成された。

 担任の先生も変わり、ゆかり先生と出会った。その時、同じクラスになった子たちは中等部の時の様な会話に花を咲かせていた。ゆかり先生も混じって女子トーク。

 いつも聞こえていたはずの会話。好みの異性の話。


「私は優しい人が好きだな……」


 そんな聞き慣れた言葉に、僕は初めて惹かれた。声とか表情とか、その子のことから目が離せなくなったんだ。

 きっとそれが、始めて誰かを好きになった瞬間だったと思う。

 その日から僕は、その子に積極的に声を掛けるようになったし、これまでどおり周りの人たちにも優しさを忘れないように丁寧に接することを心掛けた。

 彼女が僕を見たときに、他の人には接し方が違うんだねと言われたくなかったから。女の子に対しても、同性に対しても、優也は優しい人、良い人であるように振舞うことが苦ではなかった。

 この時の僕は、優しい=好きということになんの違和感も覚えなくなっていた。つまり、この行いの先にはきっと彼女の好きという対照が僕に向くだろうという淡い期待の表れでもあった。

 しかし、僕から告白するという決心はまだ少し先のことだった。

 もっと彼女のことを知りたいと思うのと同時に、優しさを欲している人がいるのもまた見えてきたからだ。


 ある時、部活の大会で優勝を逃したクラスメイトが落ち込んでいた時、ちょっと二人でマックでも行こうと誘い休日に話を聞いてみた。

 すると彼は、部長との禍根があり試合の大事な場面でそれが頭を過ぎってしまったのだと。禍根やトラウマは克服できないものもあるが、次期部長候補である彼の持つ禍根は話し合いで癒せるものだと感じた。

 それは些細なすれ違い、思い込みによる勘違い。

 しかし部活でしか顔を合わせない先輩後輩なんて十分な話し合いも持てないだろう。実力もありお互いレギュラーであるプライドも邪魔して互いの正義の擦り合わせがうまくいっていなかったのだ。

 本当は大事な大会前にそれを克服しておくべきだったが、おざなりのまま大会を迎えてしまった。それは双方の罪。

 それならばと、昼休みに先輩に掛け合って1対1で話せる場をセッティングした。

 僕はあいにくと特定の部活に所属していない分シガラミも無い。先輩の教室に行って半ば強制的に連行したのだ。

 空き教室で3人きり。まぁ埒が明かないので僕が間に入って話を進めたのだが、二人は生粋のスポーツマンだ。根っこの部分では繋がっている。

 その齟齬さえ和解させれば、良き友人、良き戦友にだってなれるはず。

 結果、お互いの正義を認め合うことが出来、禍根は解消された。部にとっても将来的にこの二人の仲は、きっと良い方向に向かうだろう。


 またある時は、読書研究会なる活動を認めてもらいたいという有志が集まった。しかし、彼女たちは部活に入ることは嫌だけど、漫画を読んだり小説を読んだり彼女たちなりに放課後を楽しく過ごしたいといった理由から発足させたいというのだ。

 動機不純とはいえ「優也くんならなんとかしてくれるよね!」「なんなら入会して欲しい!」と、せがまれてしまっては背に腹は代えられない。

 しかしながら、僕とて部活に入っている身ではないし、部活動の新規提案なんてどうすればいいか分からない。ひとまず、学校のことは先生に聞けということで、担任のゆかり先生に相談してみた。


 すると先生は、部活動の新規立案は生徒会の認定を得ないといけないことや、その議題は1年に1回しか訪れないということを教えてくれた。しかし先生もそれ以上のことは分からないらしく、一緒に調べてくれると約束してくれた。

「優也くんは人が良いのね。自分が発足したいわけじゃなく、誰かの為に動けるなんて素敵よ」

 そんなことを言ってくれたのを覚えてる。それからゆかり先生が調べてくれたところによると、次の年の議題に乗せる為にはあと半年くらいで最低人員5人と、面倒を見てくれる担当の先生、それから活動する教室を決めなくてはならないらしい。

 しかもだ、部活動になるのは三年後で、まずは愛好会、次に同好会、最後に部活動になるらしい。僕たちはもう高校1年のチャンスを逃している。つまり、どんなに頑張っても高校3年になる頃にはせいぜい同好会どまり。彼女たちが部にしたいかどうかも含めて、話し合わないといけない。


 そして我が校は、部活動か委員会のどちらかには所属しなければならない。半年を過ぎて未だに部活にも委員会にも所属してない人はそうそういないだろう。

 現在彼女たちは3人。あと二人。幸い掛け持ちは許されているので、声を掛けてみるしかないだろう。


「優也君て優しいよね。まさかここまで動いてくれると思ってなくて……。せめて愛好会にはしなきゃね!」


 そう言った彼女は、部員集めに廊下を駆け出していった。そしてゆかり先生に廊下は走っちゃダメだと注意された。

 その日から掛け持ちで読書研究会に在籍してくれる二人を探して、顧問にはゆかり先生が収まった。ゆかり先生も読書家であったし、部活もたくさんある中で掛け持ちで見てくれる先生も限られている中で、まだ図書委員会も補佐的な立場だった為、一役買ってくれたのだった。

 場所はというと、広い校舎の中で空き教室がいくつかあった。聞けば同様に愛好会や同好会が使っている教室の並びに、まだ使える教室が残っていたのだ。

 早速「読書研究会の部室として確保!」という張り紙を張って、物件を抑えることには成功した。

 気が付けばもう進級する直前だった。このままいけば、申請して承認が得られれば無事愛好会は発足出来るだろう。部屋も許可が下りていないにもかかわらず部室同然につかっていたけれど、ゆかり先生もたまに顔を出してくれたしお咎めはなかった。

 そして進級し、読書研究会は細々と愛好会としての活動をスタートさせた。

 そんな折、発起人である女の子から部室に来て欲しいと呼び出しがあり向かったところ、ここまで付き合ってくれたことのお礼と、ここまで付き合わせてしまったことの謝罪を受け取った。


「……そっか、同好会になれば少し活動費も出るらしいけど、いいの?」

「うん。そもそも勢いで作ろうなんて言っちゃったのも申し訳ないくらい。あとは私たちだけで細々とやってくよ、ありがとね」

「どういたしまして。また何かあったら遠慮なく言ってね」

「……良い人だよね、優也君て」

「え?」

「あ、来た来た。こっちー! ほら……ここが前言ってたウチの部室」

「おお! こんな空き教室あったんだな。あ、優也。サンキューな! 色々手伝ってくれてたって聞いたよ。俺は部活に掛かりきりで手伝えなかったからさ」

「いや……いいって。部活頑張って。佐々木さんも、じゃあね」

「ありがとうー! また明日―!」


 そんな感じで、僕のお手伝いもここで終わった。

 竜頭蛇尾、なんていうと少し後味が悪いかもしれないが、佐々木さんは持ち前の明るさで勢いのある人だけど、場所も確保出来て誰に文句を言われることなくこれからの放課後ライフを自由に出来るだろう。

 それに満足したのであればそれで良し。もともとそういう終わりも、予感していた。考えてみれば半年掛けてやってきたんだな、気が付けば……。

 あぁ、彼は佐々木さんの彼氏だ。後日、読書研究会の人が教えてくれた。

 佐々木さんとは、発起人だったこともあって他の子たちよりは会話する機会が多かった。……だからなんていうつもりもないけれど、彼女の魅力にも気づいていた。

 佐々木さんに好意を持つ人も少なからずいるだろうことも。

 ひょっとしたら、大仕事を終えたこのタイミングで呼び出されて何かを

期待していた心があったことも隠しはしない。

 ちょっぴり残念。まぁ嫌われるよりずっとマシか。良い人か……。

 ちなみに僕が気になっていた子との仲は、進展していない。

 もう2年生になるけれど、そんな感じで色んな人の手伝いや、気遣いのつもりで優しさを大事に生活してきた。

 そろそろ須田さんのことも分かってきたと思うし、僕の人となりも見てくれていると思う。クラスでの優也の立ち位置も分かってきたし、みんなが期待してるだろうことも肌感覚として分かるようになった。


 だから僕のイメージは、大体浸透していたと思うし、小さな出来事を上げればキリがないが、同性からは「優也も人がいいよな」とか言われるし、女の子からは「優しい人だよ」とか「良い人だよね」って言われることも少なくなかった。

 その心地よさは、中等部の頃から感じていた「優しさ」というものがようやく外と内側とで乖離がなくなってきた証拠かもしれない。

 うん、僕は優しさで誰かの為になるのならそれを善行としよう。誰かが下を向いていたなら、顔を上げられるように声を掛けよう。


 仇も情けも我が身から。それが僕の行動理念。

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