死を喰らうモノ
ぐちゃり
と水分を含んだなにかを食らう音。静寂を貫き通す林の中でその音が一番響いていた。
ぐちゅりぐちゃり
少しずつその音の聞こえる早さが増していく。
「な、なんなの……」
化け物の破片が伊藤の近くに落ち、
目の前で繰り広げられる暗い煙と化け物のやり合いに腰を抜かし、見ていることしかできない伊藤に龍牙が近づき、肩に手を置く。
「伊藤さん、腰が抜けているなら担ごうか?」
「だいじょうぶ」
伊藤の肩が跳ね上がり悲鳴を上げても、化け物はこちら側を見ようともしていなかった。
差し出された手を掴み、立ち上がる伊藤。
「ここから先は人の領域外のことだから僕たちは林の外にいようか」
悲惨な光景を食い入るように見る伊藤さんの腕を掴み、引っ張るように林の外へと歩を進める龍牙。
一歩、また一歩と龍牙たちが林の外へ向かうたびに黒い煙は大きくなっていく。
反対に、人の何倍にも大きかった化け物は今はもう伊藤さんと同じくらいの大きさにまで縮んでいた。
そして3人が完全に林の外に出た時には、何もなくなっていた。そこにいるのは黒い煙から人の姿に変わったモノ。
けぷり
微かにだが、どこかで小さくおくびをする声が聞こえ、煙が風に
「田中は……」
龍牙は、今更思い出したかのように担いでいる田中をのんびりと確認する。いつのまにか気絶していたようで、その顔をみた龍牙はホッとため息をつく。
「さこだくん」
「そろそろ帰らないと家族が心配するよ」
恐る恐る龍牙を見る伊藤だが、何事もなかったかのように龍牙は歩き始めた。林に来た時は昼過ぎだったのが、いつのまにか夕方になっている。
「あれは本当に迫田君の式神なの?」
「そうだよ」
「悪霊を食べるなんて……」
「
信じられないのかその場に立ったままになる伊藤。助けたし、お腹もいっぱいになったからか我関せずの龍牙は、田中の家へと向かっていた。黒い煙に任せてもよかったが、田中が家に着いた時、玄関に放置して風邪を引かれても困るなと考えた龍牙は自分で送ることにした。
歩き続ける龍牙に、まだぽつんと立っていた伊藤が我に返ったかのように龍牙のところまで小走りで近づいてくる。
「あれはどう見ても化け物とかの類じゃ……」
「式神ってもともと鬼とかを調伏したものでしょ。似たようなものじゃん」
考え方の違いで食い違いが起きているのか二人とも首を傾げていた
「伊藤さんはあれを式神として認めないってこと?」
「ええ」
「そっか。伊藤さんがどこで式神を貰ったのかはわからないけど、いろいろな形の式神があるってことは頭の片隅にでも入れといた方がいいよ」
じゃあ僕こっちだからと、左右に分かれた道の左に向かって行く龍牙。その背をじっと見ていた伊藤はこっそりと紙の式神を出して飛ばした。
式神が意志を持ったかのようにひらりひらりと空中を舞い、龍牙の背中に張り付こうとした瞬間、夕日に当たって伸びた龍牙の影から細長い煙が箸のような形に変化し、式神を
そして人型に姿を変え、伊藤の元に近づくと目線は合わせたまま、式神を持った手をズイッと差し出してくる。
流れるように変化した人型の煙に伊藤が驚きながらも、自分が出した式神を受け取り、黒い影は龍牙の所に戻って行き、湯気のように形をかえ、影に入って行く。
「美味しかったね」
龍牙の隣に立った煙が人型に変わり、頷いた。
あれほど大きい悪霊はほとんど出ることがない。龍牙たちと同じように今まで悪霊を喰らっていたのだろう。
今回はたまたま龍牙たちに出会って喰われてしまっただけ。自然の
「夜ご飯入るかな……」
暗くなり始めている道を歩きながら自身のお腹を押さえる龍牙。言葉は発していないが、影も分からないというふうに首を傾げている。
「今日のはお肉と野菜かな? 野菜の種類は何か分からないけど塩コショウで和えた野菜炒めっぽかった」
先程食べた化け物の味を龍牙は思い出していた。その化け物から襲われたことや食べられそうになったことなど彼の頭の中からはすっかり無くなっている。
考えながら移動し、気がついた時には田中の家に着いていた。
家の中の明かりがついている。龍牙はチャイムを押し、誰かが答えるのを待っていると、母親が出た。
「遊んでいる途中で寝てしまったみたいなので送りに来ました」
「わざわざありがとね。どうぞ、中に入って」
龍牙が名を名乗り、母親がすぐ出てきて家の中へ上がっていく。田中の部屋に移動し、ベッドに寝かせてすぐに家を出ていく。お礼にと飲み物を貰い、会釈して龍牙は帰路に着いた。
「帰り遅かったな」
三男の龍が腕を組みながら玄関前に立っている。口調は柔らかく聞こえるが、その眉尻は少しだけ上がっている。
「……ごめんなさい」
「それは俺じゃなくて親に伝えなさい」
それだけ言ってドアを開けて中に入って行く龍。その後を続いて入って行く龍牙だが、中にいた四男にこっぴどく怒られた上に殴られ、ドアに思いっきり後頭部を撃ち、さらに親を心配させてしまった龍牙だった。
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