正体

「そう簡単には見つからねぇよな」

「そりゃね」


 龍牙が今日の明け方まで探した血があった場所まで坂口を案内し、2人でさらなる証拠を求めて探していた。


「……田中、ナキムシさんに食われちまったのか?」

「まだ分からない。たださらわれただけかもしれないし、決めつけるのは早いと思う」

「そ、そうだよな」


 血と靴以外が見つからないことに焦りだした坂口が、眉を下げて不安そうに龍牙を見つめる。龍牙が言うように、ナキムシさんのせいかどうかは今はまだ分かっていない。微かな希望にすがって地道に探すしかないのだ。安心させるように言っているが、龍牙自身も冷や汗が頬を伝っていた。


 血と靴が見つかった以上の物は出てこず、もう一度公園まで探しながら向かっていると、田中の鞄が道端に落ちていた。現場に行くときは見つからなかった鞄があることに、坂口は見ながら震えている。そして、微かに泣く声が龍牙の耳に届く。その声に龍牙は聞き覚えがあった。田中たちがナキムシさんの噂を学校でする前に、通学路で聞いていた声だ。あの時は我関せずと無視して学校へと向かっていたが、今回は、無視するわけにもいかなかった。


「ねぇ、坂口。僕に抱き着いていいからさ、しっかり僕の服掴んでて」

「な、なんだよ急に」

「坂口が言ってたこと当たってるかも」


 龍牙がそう言った途端、坂口は青めて龍牙に勢いよく抱き着くと、制服にしわのあとがついてしまうのではというほど強く握りしめていた。抱き着かれた龍牙は路地裏をじっと見つめている。微かにだが、ナキムシさんのほかに男の声が聞こえてくる。たすけてくれ、と。龍牙はこの声が田中と分かったのだろう。


「坂口。田中見つけた」

「どこにいた?」

「路地裏の先。だけど、目をつぶってて」

「な、なんで」

「ナキムシさんの姿見たら正気を失うから」


 路地裏の先は行き止まりになっており、夕方ということもあってか先は暗くなっている。が、龍牙にとって暗闇は、家の中で電気がつき、足をぶつけることもなく歩けるように明るく見えている。


 ナキムシさんの正体は、血走った1つの目と複数の口を持った強大な壁だった。龍牙が最初聞いたとき、壁に擬態して誘い込もうとしていたのだが、無視したため壁だとは気づかなかったのだ。


「そりゃ見ても分からないわけだ」

「な、なにがだ?」

「後で正体教えてあげるから、僕の背中に顔押し付けたままにしてて」

「お、おう」


 坂口の額が背中に当たっているのを龍牙は後ろを見て確認し、ナキムシさんに向き直る。霊を見つけた瞬間、いつもなら自ら近づいていく龍牙だったが、今日はまだ動いていなかった。まるで何かを待っているかのように。

 ナキムシさんは、その様子を見て複数ある口の口角を上げながら龍牙に近づいてくる。恐怖で動けないと思っているのだろう。

 ガリガリと硬いものを引きずっているような音を立てながら、焦らすかのように一歩、また一歩と近付きついに目の前まで来た。


「……遅い」


 龍牙を喰らおうと顔を近づけた途端、何かが龍牙の頭上を飛び越えてナキムシさんを殴り飛ばした。壁に拳の跡が付き、そのまま押し倒さるかのようにナキムシさんと何かは倒れ、地面が揺れるほどの音が辺りに響く。


「そのまま壊していいよ」


 拳を振り上げたまま動かない何かは、龍牙の言葉を聞いてナキムシさんに向かって拳を何度も振り下ろしていた。そのたびに重い音が夕暮れの空に響く。龍牙の背中に額を押し付けている坂口は、音が鳴るたびに肩が飛び上がっていた。


「な、な、なんのおとだよぉ」

「何でもないよ。そのままでいてね」


 ナキムシさんの声すら出させないほどに殴り続ける何か。その正体は伊藤を家に送って龍牙の元に戻ってきた黒い影だった。

 しばらくその様子を眺めていた龍牙。殴り終わったのか、拳を降ろして立ち上がる黒い影はナキムシさんだった残骸ざんがいを自身の体に取り込み、龍牙に近づく。そして気を失っている田中を背負い、視線を向けていた。こいつはどうするのだ、と。


「坂口、帰ろか」

「も、もうおわったのか……?」

「うん、もう終わったよ。後、ナキムシさんの噂はもう出てこないよ」

「な、なんでわかるんだよぉ」


 きびすを返す龍牙に、へっぴり腰になっている坂口はよろよろと歩いている。その後ろを黒い影はついてきている。寒気を感じた坂口が後ろに何かいるような気配を感じ、何度も頭を後ろに動かそうとしているが、怖くて振り返られずにいた。


「坂口、大丈夫?」

「だ、だ、だいじょうぶだ」


 気丈に振る舞おうと腰に手を当てて胸を張っているが、声と足が震えていた。


「た、田中は!」

「大丈夫。助けたよ。あ、でも振り返っちゃ……」


 龍牙が言い終わる前に坂口が振り返った時、黒い影と目が合い、意識を飛ばした。

 アスファルトに頭を叩きつけられる前に黒い影が片手で支え、龍牙を見る。


「大変だろうけど、送ってくれる?」


 田中と坂口を俵担ぎをして頷くと、屋根の上に飛び乗り、それぞれの家に向かっていった。


「疲れた」


 大きく息を吐き出し、首に手を当てながら回している。骨が鳴る音を響かせながら龍牙は暗闇へと足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る