第52話 モブ令嬢の叱責
私は、地下に駆け下りて、石壁に囲まれた通路を旦那様たちの声がしていた方向へと走ります。
地下を油断なく警戒しながら前進していたレオンさんたちが、後ろから駆けてきた私に驚いて振り返ります。
「なっ、奥方どうした!?」
「旦那様が危ないのです!」
「なっ、グラードル卿が!?」
私はそれだけ言って、レオンさんたちの横をすり抜けて一番奥の部屋へと駆け寄りました。
前方の部屋の扉には大きな錠が取り付けられているのが確認できます。
私は、発動していた魔法を解除して、一つの力ある言葉を唱えながら
『銀竜王クルークの神器クルムディンを我が手に! 我を妨げし枷を刀断せよ!』
瞬間、錠が弾け飛びます…………やってしまいました。あまりにも気が焦ったためにここに来て、竜魔法を使ってしまいました。
身体から一気に魔力が吸い出されてしまいました。私は立ち眩みに耐えて、ふらふらと扉にとりつき扉を開け放ちます。
私が部屋の中へ足を踏み入れますと、部屋の奥では、椅子に拘束された格好で、服の胸元を開け放たれた旦那様と、その旦那様のまえに跪いていたらしいアルメリアが、驚きの表情を浮かべてこちらを凝視いたしました。
……間に合ったのでしょうか?
「フッ、フローラ!? 何でここに?! ――でも助かった!!」
旦那様が焦りと喜色が混じったような複雑な表情を浮かべてそう仰います。
旦那様の反応を見て、私は彼の危機を回避できたのだと安堵いたしました。
私は、顔のこわばりがとれて頬が緩んで行くのを感じます。
「ところで……いったい何をしているのですか……アルメリア……」
そう言った私の顔を見て、アルメリアの顔から血の気が引き、みるみる青くなって行きます。
何故か、旦那様のお顔も青くなって行くのですが何ででしょうか? 私、安心して少し微笑んでいるような気がするのですけれど。
私が僅かに、不可思議な状況を疑問に思っておりますと、背後からミミが追いついてきました。
「奥様! 一人で先に行かないでください! 何かあったら私、メアリー姐さんに顔向けが……ああっ! ご主人様! 皆さん、大丈夫です。二人とも一緒でした!」
ミミが、さらに背後に続くレオンさんたちに向かって呼びかけます。
その間にアルメリアは床から立ち上がり、私の方へと向き直ります。
「フローラ……君、どうしてここに……」
「旦那様とアルメリアが何者かに拉致されたとの報告が入りました……私、心配で心配で、助けに来たのです――気が気ではなかったのですよ」
私がそう言ってゆっくりと歩み寄りますと、アルメリアは少し恥じ入るように床へと視線を落とします。
彼女のその様子を見て、私は……
「アルメリア……あなた、旦那様のことが好きなのですか?」
その言葉に、床に視線を落としていたアルメリアが私を見ました。彼女の金色の瞳が驚きの光を浮かべています。
「なっ!? 聞いていたの…………」
「旦那様たちの捕らわれている場所を特定するために、音を捕らえる魔法を使っておりました。盗み聞きになってしまったことはお詫びいたします。ですが、旦那様は拒んでおいででしたよね? それに、これまでに聞いた話を考えてみますと、私にはアルメリアがわざと捕まったとしか思えないのですが……」
私の問いに、アルメリアはまた私から視線を外して床に顔を向けてしまいました。
「それは…………初めは、演習の続きだと思ってたんだ。まったく殺気がなかったし……私を捕まえたやつも手をつかんでただけで、まったく関節を固めてなかったから……。演習も後二日だし、最後に捕虜をつくって救出させるのかって……過去にそういったことがあったって聞いていたし。それに、私この演習の間にグラードル卿と腹を割って話をしたかったんだ。一緒に捕虜になれば、その、二人になれる時間が取れると思って……」
そう説明しながら、時折チラリと私を見ます。
「……あの、話というのは……もしかして、先ほどの……」
「うん……、でも、流石にここまで運ばれる途中でおかしいとは気が付いたけど、危ない感じはまったくしなかったんだ。私、自分で言うのもなんだけど、そういうのは昔からよく分かるんだよ。だから、とりあえず大丈夫かなって……」
アルメリアはそう言って、へらッとした感じの笑みを浮かべました。
パンッ!! と、部屋の中に乾いた平手の音が響きます。……私がアルメリアの頬を張ってしまったからです。
「……ばっ、馬鹿なのですか貴女は! よしんば貴女のその感のようなものが正確だったとしても! 貴女の目の届かないところにいた人間が安全である可能性はないのですよ! 現にいま、旦那様と貴女を捕らえたこの事件の首謀者は、手下に使っていた賊に捕らえられているのですよ!!」
そう叫ぶ私の瞳からはとどめもなく涙が流れてしまっております。
「えッ!? そんな……」
私のその様子を見て、アルメリアは初めて自分の過ちに気付いたように愕然とした表情を浮かべました。
「もっと自分の命を大事にしてください! 私、旦那様の命を粗略に扱った貴女に怒っています! でもアルメリア――貴女の命だって私は大事なのですよ! ……いったいどれだけ心配したと思っているのですか!」
そこまで言ったところで、膝がガクリとくだけます。
「フローラ! くぅッ――」
旦那様がそう声を上げて身体を前に動かそうとしましたが、後ろ手に椅子に拘束されているために、ガタリと椅子をゆらして止まってしまいました。
旦那様のその声で、私が倒れそうだと気付いたアルメリアが、倒れる前に私を支えます。
「フローラ。私……ごめん。私、自分のことで頭がいっぱいになってた……」
アルメリアは私に視線を合わせることができずに下を向いたままです。
「……アルメリア。私、これまでずっと貴女のことを、頼もしい、私を守ってくれる騎士のような人だと思っていました。でも、私、本当の貴女を何一つ知らなかったのでしょうか?」
「フローラ……私……」
アルメリアは、意を決したように口を開こうといたしましたが、部屋の入り口の辺りにいるミミやレオンさんたちを見て、言葉を呑み込んでしまいました。
「アルメリア……この続きは館に戻ってから致しましょう。私も、もう気力が尽きそうですから……」
私がそういって、アルメリアに身体を預けます。私をしっかりと支えて、アルメリアは今一度口を開きました。
「フローラ……本当にごめん……」
アルメリアに対する私の叱責が、一つの決着を迎えたのを確認したように、アルメリアの背後で旦那様が口を開きました。
「…………あの、できたら誰でも良いんだが、この拘束を解いてくれないかな」
申し訳ございません旦那様、私、もう身体を動かす気力が残っておりません。
◇
あの後、旦那様の拘束を解いたのはミミとレオンさんでした。
旦那様は拘束を解かれると、少しの間手足が痺れていたようですが、直ぐに血行が戻ったご様子で、ヒョイと私を抱きかかえてくださいました。
「フローラ、大丈夫かい?」
「はい、先ほどよりは少し……旦那様もご無理はなさらないでください。先ほどまで拘束されていたのですから」
「大丈夫だよ……それにしても、君はこんなに軽かったんだね。こんな華奢な身体で、こんなところまで俺を助けにやって来るなんて……君は本当に……」
旦那様はそう言うと、優しく笑って私に口づけを致しました。
「……旦那様、その――皆さんがおります」
私は、恥ずかしくなてそう言いました。私の視線の隅に、まるで痛みでも感じているような表情で胸を押さえているアルメリアが映りました。私の胸も何故かチクリと痛みます。
「グラードル卿、お熱いのは結構だが、そろそろ上に行きましょう。これだけ静かなんだ、上ももう片付いたって事でしょう」
レオンさんが少しあきれたご様子でそう仰いました。
「レオン兵長、君もありがとう。……それから、できたら彼らのことは……」
「ああ、大丈夫ですよ。俺は余計な事は言わない主義なんで……それに、上の奴らはほとんど奥方が片付けたようなもんでしょう。正直軍部の魔道士たちに見倣ってほしい手際でした。流石に魔導学部の学生ですね」
私たちが、階段を上がって広間に向かいますと、そこでメアリーたちが野盗を拘束しておりました。
彼らは皆、眠っているか気絶しているらしく静かなものです。
救出作戦が終了したからでしょうか、メアリーはいつものように薄い表情に、戯れた雰囲気を浮かべて私と旦那様を見ました。
「ああ、ご主人様ご無事で何よりです。……それにしましてもさすがは奥様。すかさずご主人様に甘えておられるのですね」
メアリー、なにを言い出すのですか!? 私、そんなにいつも旦那様に甘えておりますか?
私が、何か釈明しなければと口をあわあわさせておりますと、それよりも早くメアリーが言葉を続けます。
「ところで、申し訳ございません。首謀者らしき者たちを逃してしまいました」
「ええッ!? あの方たちは部屋の中に捕らえられていたはずですが……」
「それが……この廃城に設置されていた錠が、突然全て吹き飛んだようで、私たちが野盗の頭を拘束している隙に逃走されてしまいました」
メアリーが、珍しく残念そうな表情をつくっております。
「……申し訳ございません。私が原因みたいです」
あの時の私、錠を破壊する事しか頭にありませんでした。
確かに考えてみますと、いくら竜魔法とはいえ、あの錠を破壊するだけであそこまでの魔力を持って行かれたのはおかしかったです。
「ですが私、あの首謀者に心当たりがございます。旦那様……あの婚姻の儀の折にお目に掛かった、あのエルダンというお方の声でした」
旦那様が、意外な名前に驚きの表情を浮かべます。
「エルダン殿が!? しかし、何故俺なんだ。拘束されていた間中考えていたが、意味が分からん。それにエルダン殿なら、俺を捕まえたってルブレン家から身代金が取れないことくらい分かりきってるだろうに」
旦那様は拉致された当事者ですので、私のように俯瞰して考える余裕がなかったのでしょう。
「旦那様、それにつきましては私に心当たりがございます。ですが、これもいま話すには複雑ですので、館に戻ってからでよろしいでしょうか」
「フローラは何か分かったんだね。なら君の判断を信じるよ。それに俺たちは一度演習部隊に戻らなければ。彼らも俺たちを探しているだろうし、無事を報告しなければ」
「ですね。それにしても……この人数を三人で?」
レオンさんは旦那様の言葉に頷きながらも、メアリーにの広間の様子に訪ねずにはおれなかったようです。
「ほとんど奥様の魔法で眠っておりましたので、私たちが手に掛けたのは数人ほどですよ。あの頭もかなり酔いが回っておりましたので数発で眠って頂けました」
廃城内にいた野盗たちは、大広間に拘束されて転がされております。
総勢で二十数名ほどでしょうか? 城外に二十名ほどおりましたので、やはり四十名を超えております。野盗としてましてはかなりの規模ではないでしょうか。
「フローラちょっと、ここで休んでいてくれ」
旦那様がそう言って、私をがれきの上に腰掛けさせました。そうして彼は、拘束された男たちの顔を確認しております。
「ああ、コイツだ」
旦那様は探していた人間を見つけたのか、転がされている男の胸元を探り、何かを取り出しました。
「これは返してもらうよ。俺にとって妻からもらった三つ目の大切なプレゼントなんだから」
彼はそう言って、取り出した物を自分の胸の隠しへと仕舞い込みます。プレゼントとは日本語で贈り物のことだと教えて頂きました。
「旦那様それは……」
「ああ、君にもらったお守りを、コイツに奪われてね。返してもらったんだ……だけど、ごめん。鎖を壊されてしまったようだ」
「いえ、旦那様が壊したのではないのですから……、あの、それにいたしましても、私、旦那様に贈り物をしたのは初めてだと思うのですが」
いま旦那様は三つ目と仰いました。いったいどういうことでしょうか?
私の問いかけに、旦那様は頬を赤く染めて、そこにある傷跡を指先で恥ずかしそうに掻きます。
「いや、その、一つ目はフローラ、君がこの世界に存在してくれていること……そして、二つ目は君が俺の事を愛してくれている事だよ……」
旦那様はそう言って、後ろを向いてしまいました。彼の衣服から出ている腕やこちらから見える首筋や耳までが真っ赤になっております。
正直申しまして、私も全身が熱くなってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます