第51話 モブ令嬢の旦那様救出

 深い森の奥に、旦那様が捕らわれているらしき廃城を発見した私たちは、ひとまず馬車を人目に付かない場所へと隠しました。賊の仲間の出入りで目に付いてはいけないからです。

 廃城を探りに向かったアンドルクの方たちから、旦那様がこの廃城に捕らわれていることは間違いないとの報告を受けました。ですが廃城の敷地内には、四十名以上の人が確認できたとのことです。


「あと、奥様の仰った魔法感知や無効の魔具のようなものは確認できなかったとのことです」


 メアリーの言葉を聞いて私は一安心いたしました。廃城でしたので大丈夫かとは思ったのですが、万が一それらの魔具が存在していた場合、私はただの足手まといとなってしまうからです。


 廃城を急襲するための計画を練りながら時を過ごしておりますと、日が傾き薄暗くなった頃合いに、造りの良い中型の馬車が一台、廃城へと向かい進んでゆきます。それを確認したメアリーは、偵察の第二陣を放ちました。


ねえさん。あいつらどうなってんッスかね。何か揉めてたッスよ。奥様の言ってたとおりッス! 奥様凄いッス!」


 偵察から戻り、くだけた調子でニーッと笑いながらそう報告する彼女に、私は違和感を拭いきれません。


「ミミ――口調。お屋敷ではないとはいえ、奥様の御前ですよ」


 そうです、貴宿館での彼女の口調とまるで違うからです。仕草も、いつもの元気ですが礼儀正しい感じとはまったく違い、悪戯好きな若猫のような感じです。

 馬車の中でもその片鱗は見えましたが、ここに来て野生に解き放たれでもしたかのようです。


「いいじゃないッスか、こんなときくらい。デスとかマスとか、疲れるんッスよ。久しぶりにロッテンさんの目がないんッスから」


 メアリーに甘えるようにミミは言います。どこか親猫に甘えているようですが、恐ろしいことにメアリーの方が年下なのです。

 メアリーはこんな状態のミミに慣れているのでしょう、無反応で話を続けます。


「それで、どのように揉めていたのですか?」


「エ~っと、『なんでこんなところまで連れてきたんだ』とか『せっかくうまく行ったんだから、本当に身代金を』とか、あと『本当にとはどういうことだ!』ってのもあったッスね」


「ということは、あの馬車に賊を操っていた首謀者が乗っていたのでしょうね。やはり素早く動いて正解でした」


「どういうことですか奥方?」


 レオンさんには、ここまで来る間にメアリーが経緯を簡単に説明しておりましが、普通ならばこのような事態が起こるなど考える方はいないでしょう。まだ呑み込めておられない感じです。私自身、考え過ぎな気さえしていたのですから、仕方がないでしょう。


「私、今回の件の首謀者は、直接ではなくとも近くで指揮しているものと思っておりました。しかしさらに慎重な方だったようですね。ということは旦那様を拉致するフリをして逃げるはずだった襲撃者の中にも、本当の目的を知らない方がいたのかも知れません。そして、旦那様たち以外の隊を襲撃した方たちは、本当に身代金目的で襲っていたのですね。おそらく彼らは本物の野盗か何かでしょう」


「不測の事態に慌てた実行者が、首謀者に指示を仰ぎ、それに慌てた首謀者が出向いてきた……と。なんとも喜劇じみた……」


 メアリーがクスリと口元だけ笑みの形を作り、なんだか一人で楽しそうな雰囲気を発しています。


「その首謀者を捉えることができれば、誰の企みであったのかハッキリしそうですね」


 私は、レンブラント伯爵の手の者であるとほぼ確信しておりますが。不測の事態というものは今回の彼らのように私たちにも起こりえます。心を引き締めて行かなければ。

 それにしましても、あの馬車がいま到着したということは……王都からやってきたと考えるべきでしょうか。朝、第三城壁が開門されてから出発したのであれば、時間的に計算が合います。


「ところでミミ。今月の給金の査定楽しみにしておきなさい」


 メアリーが表情を戻して、ニコニコと笑ってこちらを見ていたミミ視線を移しました。

 ミミの明るい青紫の瞳に、光が瞬きます。


「昇給ッスか姐さん!」


 それを見たメアリーは、口元だけで笑みをつくって、「ええ……引かれる方向にですが」と言いました。


 ミミの顔から一気に血の気が引いて行きます。


「それ減給ッス!!」


 

 そして夕の食事時から二時間ほど過ぎた頃。私たちは廃城へと忍びます。


「闇の精霊シェルドの守りは三十分ほどです。水の精霊ヴァサーラの眠りの霧は私の前方に発生しますので、突撃の際には巻き込まれないように気を付けてください。それに訓練用杖タクトでは意志の強い方を眠らせるだけの力は出ないと思います」


 私が、供に突入する方々にそう説明しますと、私の補佐として付いてくるミミが口を開きました。


「酒盛りでできあがった頃合いを狙うのですから、一網打尽でしょう、奥様」


 メアリーの減給査定宣言を聞いてから、ミミはすっかり貴宿館での態度に戻りました。

 私、あれはあれで慣れてきたところだったのですが、こちらの方が落ち着くことは確かです。


「風の精霊ウィンダルの消音の魔法まで使えれば良かったのですが、今回は聴音の魔法の方を使っておりますから、私が同時発動できる魔法は三つまでですので仕方ないですね。先生のように五つまで使えれば良かったのですが」


「そんなに魔法を使っては奥様の魔力が保たないでしょう。無理はなさらないでください。それにメアリー姐さんが前に出るのですから、私は賊に同情しますけど」


 お母様も仰っておりました。メアリーは何らかの武術に長けていると、私も館では、突然背後に現れるメアリーに驚かされることがございますが、あのようなことができるのも、その辺りが関係しているのでしょうか?


 私たちはシェルドの守りによって闇に紛れて城の敷地内へと進みます。敷地の中には天幕のようなものがいくつか張ってあり、その周りで火を焚いてまだ酒盛りをしている者たちもおりました。

 私は発動後待機しておいたヴァサーラの眠りの霧を、魔力の消費を最低限に抑えるために、その方々の周りだけに発生させます。

 それでなくとも酔いが回っていた者たちは、バタバタと眠りに落ちます。私に付き従っているミミとレオンさんを含めた五名が彼らを拘束して行きます。


 場外にいた賊を拘束し終えた後、私は、城の広間と王の間に向けてヴァサーラの眠りの霧を発生させました。そこにもっとも人が集まっていると偵察したミミから聞いていたからです。

 ここまでで私の魔力は既に半分ほどになっております。ですのでここから先はメアリーの別働隊に制圧して頂くことになります。


「ミミ、もう大丈夫です。メアリーに合図を」


 私のその言葉に、ミミが懐から筒のようなものを取り出して、筒の先を閉じていた栓を抜き空中へと向けました。

 すると、音もなく光の球が空中へと登って行きます。

 あれは……ウィルオウィスプ。光の精霊リヒタルの眷属妖精です。


 私たちは上空へと舞い上がり消えていったウィルオウィスプを確認すると、城の裏口へと回りました。裏口といいましても朽ちて崩れた穴なのですが……。

 その穴の先に進みますと、近くの壁の向こうから声が響いてきます。私がウィンダルの消音の魔法の代わりに使っている、聴音の魔法の範囲にどなたかが入ったのです。


『……そう何回も言われたって、連れてきちまったもんは仕方がねえじゃねえですか。まさか、あの娘があんなに簡単に捕まえられるとは思わなかったんですから。しかも、逃げようと思えば逃げられる隙を作ってたのに、気付きもせず……しかも人質のくせに、最後はあの娘が交渉してたような感じだったし……』


『だからって、なんでここまで連れてきた。何か不手際を装って、逃げられる隙を作れば良かっただろうが』


 どなたかが言い合っておりますが、私、いまの声――どこかで聞いたことがございます。


『だから、バグルの連中が追いついて来ちまったんですよ。こっちがあまりに早く片が付いたもんだから、あいつらもほとんど被害無しで逃げ散って来たんで、こっちも下手な動きができなくなっちまったんです』


『ああぁぁっ……クソッ! まったくグラードルのやつが絡むと何でいつも、おかしな事が起こりやがるんだ! バグルの野郎。前に儲けさせてやった恩を忘れて、俺たちまで拘束しやがって……』


『旦那、ルブレン家から搾り取れるかも知れねえ身代金を考えれば、奴らがそっちを取るのは当たり前ですよ。俺だって、巧くいきゃあって思いましたからね』


『バカヤロウ! あの渋ちんのルブレン侯爵が、グラードルに一鉄貨ヨドだって出すもんかよ!』


『それに旦那が、奴らを良いように使おうとしたのもバレちまいましたし……下手したら、俺たちの命だって危ないんじゃ……』


 首謀者の方、仲間割れして拘束されてしまったのですね。それに先ほどから話している首謀者の方、思い出しました。ですが、だとしますと私の想像は間違っていたのでしょうか? あの方はルブレン家と取引のある商会の方で、旦那様が以前からお世話になっていたと聞きましたが。


「奥様? どうなされましたか?」


「この壁の向こう側に、どうやら今回の首謀者が捕らえられているようです」


「ブッ! まじッスか!? ――ああっ、すみません奥様。……本当に奥様の予想したとおりでしたね。どうしますか奥様奴らを拘束しておきますか?」


「いえ、捕らえられているのですから大丈夫でしょう、それよりも旦那様とアルメリアの救出を急ぎましょう」


 私は、この近くにあるはずの地下への階段を探します。


「奥方、こっちに地下への階段がある」


 私とミミが話している間にレオンさんと、三人のアンドルクの方たちが周囲を探って階段を見つけてくださいました。彼らは、油断なく階下へと向かってゆきます。

 私が彼らの後に続いて、階段の側まで近付きましたら、私のよく知る声が頭に響きます。


『グラードル卿、お身体の方は大丈夫ですか? まったく、なんて下手な縛り方だ。これではそのうち壊死してしまう』


 昨夜から一日近く拘束されていたのでしょうか? それにしてはアルメリアの声に疲弊した様子はありません。むしろ憤慨したような声には力があります。


『……? アルメリア嬢、何をやっているんだ?』


『ンッ、ハァ……、クッハァ。……アゥ、クッ…………よし!』


 旦那様の声が聞こえました。旦那様とアルメリアは同じ部屋に拘束されているのですね。しかし、なんでしょうかアルメリアが妙に艶めかしい声を……


『なっ! アルメリア嬢!?』


 旦那様が驚愕したような声でアルメリアの名前を呼びます。アルメリア! 一体何をしているのですか!?


『関節を外したんですよ、どうです凄いでしょう。このように縄抜けなどお手の物です』


『……いや、それは凄いと思うが、そんなことができるのに、なんでいままで拘束されたままだったんだ?』


『え!? そんなに直ぐに脱出したらせっかくの状況が台無しじゃないですか』


 アルメリアは、何故か当たり前のことを聞かれたようにそう答えました。いえアルメリア、私も旦那様に賛成です。


『はぁ? いやよく分からない。縄抜けできるなら、その後、拘束された振りをしておいて、中に入ってきたやつを捕らえて脱出することもできただろ。実際その機会は何回かあった』


『大丈夫ですよ。奴ら私たちを殺すようなことする気は無いですよ。私そういうの昔から分かるんです。それに、いまならば見張りの連中も酒盛りに行ってしまったし、少しくらい物音を立てても……このような機会がなければフローラ抜きで、グラードル卿とじっくり話す機会も取れませんでしたし』


 一体どういうことでしょうか? アルメリアが私抜きで旦那様と話したいこととは……。


「奥様どうなされたのですか?」


「旦那様たちの声が、この下――奥の方です。……しかし、少し待ってください……」


 私が立ち止まったことを気にしたミミにそう答えて、私は旦那様とアルメリアの会話に集中しました。


『……フローラ抜きって、一体?』


『グラードル卿は、第二夫人や第三夫人を迎えるつもりはないのですか?』


『はぁ? いやいや君、一体何を言い出すんだ……』


『以前フローラに、グラードル卿は第二夫人や第三夫人を迎えるつもりは無いのか聞いたことがあるんです。フローラには、いまのエヴィデンシア家の財政ではムリだと言われました』


 確かに、アルメリアとマリーズと本館を見て回った数日後に聞かれました。


『そう! そのとおり! ウチの財政じゃそんなこととてもとても……』


 旦那様も私と同じようにそう答えますが、アルメリアはそのまま言葉を続けます。


『ですが私、最近のグラードル卿を見ていて思うのです。いまの貴方ならばこれから先、騎士団長まではムリかも知れないが副団長だったら十分に成れると思うのです。そうなれば、第二夫人、第三夫人を養えるでしょう。私の家は騎士爵家なので第三夫人でしたら何とか伯爵家でも受け入れて頂けると思うのですが……』


『いや、チョット待って『……なに、俺いまアプローチされてるの!? えっ? どういうこと? しかも何でこんな場所で、さらに俺、椅子に拘束されたままでこんな話されてるの!?』』


 旦那様が、言葉に日本語が混じっております。聴音の魔法はかなり響きますので。おそらく小声でつぶやいているのでしょうが、とりあえず、かなり驚いている感じは分かります。


『グラードル卿……私、実は貴男とフローラとの縁組みが決まる前から貴男のことが気になっていたのです』


 えッ! そんな……アルメリアが、旦那様と私の婚姻話が持ち上がる前から旦那様を想っていたなんて……。では、あの以前『できることならば私が変わってやりたかった』とか『私の家が騎士爵家なのが恨めしい』といっていたのは……本当に旦那様の事を想っていたからなのですか!?


『エ゛ッ!? 『チョト待て、フローラとの縁組みが決まる前って!? あれだよ!? チョット待ってこのあれが好みなの!?』いや、それはおかしい。君――俺の事ずっとけなしてたろ。それで気になってたって……』


『……ああすれば、怒って襲ってくれるのではないかと……その』


『いや、チョット待って何でそこで頬染める!? 『エ゛ッ? この娘あれなの!? え? え? チョット待て……あのシーンも、あれ? あのシーンも、おや? ……うそーーっ、意味がつながる!? なんてこった。知らなければ普通に見えたシーンなのに……』』


『以前の貴男は確かに魅力的だったが、あの頃の貴男には人を愛する心を感じなかった……だから踏み込めなかったところもあったんだ。こんな私だって愛がほしいんだ。ハァ、愛した人と結ばれたい。ハァ、いまの貴方ならば、ハァ、情を結べば、ハァ、きっと愛してくれるだろう……』


『ちょッ、チョット待った! ステイ! 君――アルメリア嬢、目、目がおかしい。しょ、正気に戻って!!』


 いけません! あまりの展開に状況を忘れて聞き入ってしまいました。


「旦那様の危機です!」


 私は、そう叫んで階段を駆け下ります。


「待ってください奥様! 危険です!」


 ミミが突然駆け出した私の後を追いながら、そう叫びます。しかし、先ほどのアルメリアの言葉どおりならいま地下には、救出に来た私たち以外は旦那様とアルメリアしかいないはずです。

 おかしいです――賊から旦那様を救うためにここに来たはずなのですが、いまアルメリアに迫られているらしいこの状況に最も旦那様の危機を感じます!

 私は、声の方向へと必死に駆けて行きました。

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