元第53話 モブ令嬢と騎士就学生の告白

 あの救出劇のあと、旦那様とアルメリア、レオンさんは取り押さえた野盗の頭を引き立てて演習部隊へと帰還いたしました。

 私たちは、部隊と顔を合わせないようにして王都へと戻ります。

 野盗たちは、たまたま依頼を受けた冒険者の集団が討伐したと報告なさるそうです。

 少々無理のある設定ではございますが、このユングラウフ平野は領主の居ない王領ですので、法務部へ話を通しておけばなんとかなるだろうと、旦那様からディクシア法務卿かライオット捜査局長へ話を通しておいてほしいとお願いされました。


 私たちは、明け方第三城壁の門が開く前には王都へと戻ることができました。予定通りならば旦那様たちは夕には王都へ帰還なされるはずです。

 私たちは門の開放を待って法務部へと向かい、顔を合わせることが叶いましたディクシア法務卿へと、事の次第を報告いたしました。

 その後旦那様たちは予定通り戻ってまいりました。ただ、配下のレオンさんたちを含む中隊は廃城へと放置してまいりました野盗たちの捕縛をするためにあの地に残ったと伺いました。



 本日は金竜の日金曜日。旦那様たちの帰還から二日目になりました。

 旦那様は、演習後の休暇で週が明けるまでお休みでございます。

 私も、アルメリアも今週は学園へ休みの届け出をして館にて静養しております。

 旦那様にはこの二日の間に今回件についての私の考察をお話しいたしました。

 彼は、とても興味深そうにその話を聞いて、今後の行動を考えておられるようでした。


 そして、夕食後、本館の旦那様の書斎にて、私たち――旦那様と私、アルメリアはソファーに机を挟んで向かい合っております。


「……私は、ダメな女なんだ……」


 アルメリアが、テーブルの卓面に視線を落としたまま、そう話し出しました。


「……痛いのが好きなんだ…………苦しいのも……恥ずかしいのも……どうしようもなく好きなんだ」


「…………はぁ?」


 私の口から思わずそんな言葉が漏れてしまいました。旦那様に、目が点になるという日本語を教えて頂きましたが、私、いまそうなっているかも知れません。

 私が、なにを言ったらいいのかと戸惑っておりますと旦那様が「とりあえず、聞こう」と、仰います。


「フローラ、私が騎士物語を好きになったのは、幼い頃読んだ、父上の所蔵していた本が原因だって言ったよね。……その本は、父上の本棚に隠すように仕舞われていた。いま思い返してみるとあれは騎士物語じゃなくて、性愛物語だったんだ」


 アルメリアは過去を思い出しているのでしょうか、少し間をおいて続けます。


「その話の中で、主人公の女騎士は、姫を人質に取られて抵抗することができず、性的に堕落させられてしまうんだ。私はそれを読んでとても興奮してしまった……」


「『うっわ~~フラ○ス文庫かよ! それにしても親父、娘に見付かるような場所に何を置いとく!』、だが、それだけで、その、そこまで行ってしまうものなのか?」


 旦那様が小さく日本語で呟いてから、アルメリアに疑問をぶつけました。


「……その、私、その本を食い入るようにして読んでいたときに父上に見付かってしまったんだ。そして、その……とても激しく叱られてお尻を叩かれた。それこそ、その後数日の間、椅子に座ることができなくなるくらい。……私、そのとき初めて痛みで感じてイッてしまったんだ……」


「『おやじー! なに娘の性癖にクリティカルヒット与えてるの!?』」


 旦那様、先ほどから普通に日本語が漏れておりますが……、アルメリアも自分の事を語るのに一生懸命で旦那様の言葉に気付いていないみたいですけれど。


「それから私、色々な騎士物語を読むようになったんだ。でもそれは、初めに読んだものと違って、刺激がないものが多かったんだけど――私、自分で色々と妄想して自分を慰めるようになってしまったんだ……だけど、普通に慰めるのではあの時のような感覚が得られなくて、そのうち自分で拘束してみたりするようになってしまったんだ」


 ……あの、アルメリアはいったいなにを話しているのでしょうか? 私、頭の中が真っ白になってしまって、話がほとんど入ってきません。

 何やら旦那様は分かっておられるようですけど、お顔が引きつっています。


「そのうち、騎士になればあんな目に遭うこともあるのか……って、いま考えれば、そんな馬鹿なことあるわけないのに――父上に騎士になりたいって言って、訓練してもらうようになったんだ。その訓練の中で、痛いのや苦しいのが気持ちいいって思うようになってしまって」


「『うッわ~~~~ッ、このホンマもんだ!』」


 私の中で、これまでの自立した凜々しいアルメリアの偶像がガラガラと音を立てて崩れて行ってしまいます。


「でも、……学園に入れる歳になる少し前、私、自分でも自分がおかしいって思うようになったんだ。だって私の周りでは、私みたいに、痛かったり、苦しかったりすることで感じているような子はいなかったんだもの。だから私、領を出て学園に入るとき、自分のこのおかしな性癖を直そうと決心したんだ……」


 いまのアルメリアは、消え入りそうなほどとても弱々しく見えます。


「だから本当に騎士らしくあろうって決意して、学園に入って直ぐ虐められていた君を見かけて、守ろうって……」


「それでアルメリアは私の事をあんなに一生懸命に守ってくれていたのですか」


「初めはそうだった。だけど……君は、とても健気で、それに一生懸命学業に励んでいたのに、その髪と瞳の色なんていう些細なことで虐められていて理不尽だって……自分の義務感だけじゃなく、フローラ――君だから守りたかったんだ。それだけは信じてほしい」


 書斎に入ってからずっと下を向いていたアルメリアが初めて顔を上げて、私と正面から視線を合わせました。

 彼女の金色の瞳には、薄らと涙が滲んでいます。


「ところで、それだけの決意をして、どうして再発しちゃったの君」


 旦那様が、聞かずにはおれないという感じで問いかけました。


「初めは、時々無性に疼いても、懸命に我慢していたんだ……」


 彼女は、唇の端を噛んでそう言います。

 それを見た旦那様が、さらに問います。


「では……どうして?」


「……その、グラードル卿は……覚えていないのか、丁度二年ほど前だったか、私、貴男に薬を盛られたことがあっただろ。あの後、私……衆人環視の前で……その、失禁してしまった。そのとき、それまで抑えていたものが全て開放されて、私――イッてしまったんだ。……そして、一度タガが外れてしまったらもう、止めることができなくて……」


「ええっ!! 待って、原因――俺!?」


 旦那様が、驚愕に顔を歪めます。

 二年前ということは――おそらく旦那様にはその記憶は無いはずです。


「それにあの後、貴男――言ったじゃないか。『お前みたいな雌犬はそうやって、地に這いつくばっているのがお似合いだ。俺が首輪を付けて飼ってやろうか』って。そう言われて私、貴男みたいに受け入れてくれる人がいるかもしれないら、我慢しなくて良いんじゃないかって……」


「いや、それ意味が違うだろ!! 『ダメだこの娘、究極にM脳だ!!』」


「……もしかして、アルメリアが旦那様の事を想っていたのって」


「……うん。そのときから……」


 何でしょうか、アルメリアが幼児退行しているような口調になっております。


「では何でずっと俺をけなしてたんだ」


「だって、あの時の貴男は侯爵家の人間だったじゃないか、跡取りではなくても家格が合わないし、襲われでもして子でもできなければ、夫人格で結婚できないと思ったんだ。私、結婚するなら家の役に立ちたい。妾では家に関与できないじゃないか」


 なんて不器用なんでしょうか彼女は……確かに妾では子を産むだけの存在になってしまいますけど。

 大陸西方諸国の貴族社会には三夫人制と呼ばれる慣習がございます。それは、第一夫人は広く全体を統轄しながら家の顔として社交界などの対外活動を、第二夫人は家を統轄、第三夫人は第一夫人と第二夫人の補助をするというものです。


 第三夫人までは、その家の方針に関与できますが、それ以外は妾と言われ家に口出しすることはかないません。

 子が生まれても、育てるのは夫人格を持つ方々です。

 ちなみに、夫人格と申しますのは、第一から第三夫人までを申しますが、この数は決して結婚した順番で決まるものではございません。あくまで、その女性の持つ資質によってその家の当主に決められるのです。


 いまの我が家のように財力のない家では、そのような形は取れませんが、このような慣習がございますのは、本来は貴族の子女を救済するためのものだったのではないかと私は思います。

 三夫人制であれば二名多く、家を出なければならない子女たちの生活が保証されることとなります。

 それに、継承権ある爵位を得ることができるのは男性だけですので、貴族家では男児を得るために子を成せる可能性が上がることとなるのですから、財力さえあれば両得という考え方もできます。


 ただ旦那様は、貴族家の財力を削ぐために生まれた慣習ではないかと仰っておいででした。

 そのときに、極端な意見だけど参勤交代のようなものとか日本語で仰って説明してくださいましたが、私には今ひとつ呑み込めませんでした。


「それでは、貴女があのような行動に出たのは」


「……私、フローラとグラードル卿を見ていて思ったんだ、君たちと家族になりたいって、そして家のために尽くしたいって……でも私は間違えた。フローラにもっとハッキリ話すべきだったんだ。あの時だって状況に流されてグラードル卿さえ認めてくれればって……そんな思いが頭の中に渦巻いてしまっていた」


 アルメリアの悔いに満ちた表情。そこには確かに真実の思いが見て取れます。

 それを見て私は一つの決心をいたしました。

 私は、横に座る旦那様と視線を合わせます。


「……旦那様。私、考えたのですが――アルメリアとの婚姻、考えてみてくださいませんか」


「……!? いや、チョット待てフローラ! ここまでの話のどこからその答えが出た!?」


 旦那様が驚愕に目を剥きます。それは出会ってからこれまでで、最も驚いた表情でした。

 アルメリアも一緒に驚いております。


「いえ、別に今すぐとは申しておりません。アルメリアはいまはまだ十四歳です。成人にはまだ四ヶ月ございますし、旦那様のご主義ではさらに一年。その間に旦那様がアルメリアを娶っても良いと思われたらです。それに、それまでの間にアルメリアの心が変わる可能性もございます」


「いや、そうじゃなくて。……フローラ、俺は、君がアルメリア嬢に対して怒っていると思ったんだが」


「ええ、旦那様の命を粗略に扱ったことはまだ怒っております。先ほどの話を聞いて、私がアルメリアの一面しか見ていなかったことも理解いたしました。ですが私は、アルメリアとこの四年で築いた友情が幻であったとはどうしても思えません。それに私、アルメリアの性癖というものは今ひとつ理解が追いつきませんが、彼女をこのまま野放しにしてしまっては、いつか取り返しの付かないことになってしまいそうで……お願いです。旦那様」


「『うわぁ! フローラが貴族脳だって事忘れてた!』いや、それにしたってウチの財力じゃ二人目の妻を養うなんて……」


「その点につきましては私もアルメリアの意見に賛成です。旦那様は十分に栄達できる力を持っていると私も考えます」


「『うっそ~~ん、なんで俺、フローラに説得されてるの!?』


 いまの旦那様であれば、アルメリアの言っていたとおり、軍部でもそれなりの地位に就くだけの能力があると思います。それに学園を卒業なされており、さらに伯爵位を持っておりますので信用さえ得られれば、数年でいまよりは地位が上がるはずです。

 私は旦那様から視線を外して、どう口を開いたらいいのかという表情で私を見ているアルメリアと視線を合わせます。


「アルメリア……私が旦那様にお願いするのはこれまでです。この先、旦那様のお心をつかめるかどうかは貴女次第です。私、もう協力しませんからね」


「フローラ……いいのかい? 私、君たちと話をしたあと学園を止めて青竜バルファムート様の神殿に入ろうかと思っていたんだけど」


「アルメリア、貴女はまた軽挙を……これまで学園に通わせてくれたご家族の事を考えないのですか! 神殿が悪いとはいいません。しかし、一時の気持ちだけでそのように……私、本当に貴女を放っておけません!」


 私が、ずっと凜々しく優秀な女性だと思っていた友人の正体は、想像以上にダメな娘でした。

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