第30話 噂と現実

まったくもって忌々しい。




『碌に魔法が使えない庶民』


それがあの娘の代名詞だった。

罵る言葉として『精霊の失敗作』というのも聞くが、身分にこだわりプライドがある貴族らはあの娘を『庶民』と認識するのがしっくりくるようだ。

噂だけでそう決めつけるのはどうかとは思うが、魔法で倒れたという話を聞くと『魔法が使えない庶民』というのもあながち間違いではないと思う。

平民は貴族に比べると魔力が低いのは当たり前の認識だからだ。稀に魔力が高い平民がいるがそれは平民の中で高いだけであって、貴族に敵うほどではない。逆に魔力の低い貴族もいるが、それでも平民よりは高いだろう。

だからあの娘が魔法を使って倒れたというなら、『魔法が使えない庶民』だと言われても仕方ないと思う。

魔法を使って倒れる=魔力が低い。つまり碌に魔法が使えないだろうということから『碌に魔法が使えない庶民』と言われるようになったのだろう。




三番隊隊長ファルマスが精霊召喚を失敗したことを認めなかったことで、貴族達の魔法師団に対する印象は悪くなった。『頭でっかちの集団』と嫌味を言われるのはざらだ。


自分たちに実力があるのなら他者の言うことなど放っておけと隊員達を諭したが若い者ほど受け入れがたいようだ。

プライドが傷つけられたのか北の森への討伐はいつも通りにはいかなかった。大して強い魔物がおらず訓練のような討伐だったが、力みすぎて力が空回りしているようだった。

精神面メンタルの方も鍛えねばならぬようだな・・・。余計な仕事を増やしやがって。




精霊の客人が来て一か月。国内の貴族が召集された会は滞りなく終わったそうだ。

エッセンバン家当主として参加した父は興奮気味に久しぶりに見た精霊のことを語っていた。

精霊が姿を見せたのはほんのわずかの時間だったそうだが、精霊の客人とファルマスに声をかけて消えてしまったらしい。

父は近くで見れなかったことが悔やまれると嘆いていた。


精霊が姿を消して20年以上経過している。

私も精霊を目にしたのは学院に入る前の幼少の頃だ。父などの年配の者は人生の大半を精霊と共に過ごしている。年輩の者ほど精霊に対する想いは強いだろう。

父は精霊を呼び出したことであの娘のことを高く評価した。

あの娘が精霊を呼び出したことで、結果としてファルマスの精霊召喚は成功と言えたのだろう。責任追及はなかったそうだ。


精霊と関りのある娘として改めて『精霊の客人』として扱われることになったらしいが、しかし私の評価は変わらず『禄に魔法が使えない庶民』だ。





噂の娘がどんな扱いを受けようと我が二番隊とは関わることはないだろうと思っていた矢先、

団長の呼び出しに応じれば第二騎士団の隊長であるサウザス・コートムオルも同席していた。

次の討伐のことなのは容易に想像ついたが、まさかあの娘『精霊の客人』を討伐隊に加えようとは。

サウザスと共にあの娘の参加を反対している時に張本人が部屋にやってきた。

いくら隊長である私とサウザスが反対しても団長の命令だ。最終的には参加させざるを得ないと思っていた。

それならば雑用係として最終的には討伐に参加させてやってもいいと思っていたのだが、

身の程を弁えている娘は自ら討伐隊に参加するのは無理だと団長に進言したにもかかわらず、こちらの揚げ足を取り訓練に参加させろと言った。

サウザスは訓練に参加するのなら討伐に加わるのも問題ないと言うが、碌に魔法が使えない者など邪魔にしかならない。

そう告げると娘は団長に何やら許可を求め、両手を広げてみせた。


何をする気だ?


と娘を直視していると、そろそろイフリーシャットの季節を迎える頃だというのに、この部屋だけウィンラーレルに逆戻りしたようだ。

いや、ただ寒いだけではない。机に霜を見つけ、


「まさかこれは氷魔法!?」


あり得ない。氷魔法は上位の魔法だ。現役の王宮魔法師団の中に使える者はいない。老師の一人が使えたと聞いたことあるが、せいぜいコップの水を冷やす程度だった。こんな部屋全体を凍らせるほどの氷魔法が使える者などいるはずがない。それがましてや『碌に魔法が使えない』と言われている娘が使うなどあり得ない。

あり得ないのだが部屋の状態を見れば氷魔法以外あり得ないわけで、それを実行したのもしたり顔で訓練に参加させろと言う目の前の娘だ。


氷魔法を使う人物が『碌に魔法が使えない』?


噂など当てにならないものだ。




実際に午後からの訓練に参加させてみたが、『碌に魔法が使えない』わけではないが、王宮魔法師団のレベルには達していなかった。

後半の騎士団との合同訓練はお預けにし基礎訓練を言い渡した。

合同訓練に向かう際、同じチームで基礎練をしていた年長者のケヴィンに娘の様子を聞くと、


「あの程度で我々と肩を並べようなど厚かましいにもほどがある。しかし巡回するたびに試行錯誤する姿勢は悪くない。必死に食らいつこうとした自分の新人の頃を思い出すな。今の若いやつにはないものだ。」


ここ数年新人教育をしてきたケヴィンはそう言って口の端を吊り上げた。


合同訓練の者たちを見送り、基礎訓練をしている四人の様子を見に行くと、丁度娘が頭から水をかぶった瞬間だった。

呆然とする娘とそれを見て笑う三人の姿。こういうことも起きるのだと推測しておくべきだった。

三人をどう咎めるべきか考えていたが、娘は何事もなかったかのように訓練の続きを始めた。

それを面白くなさそうに見ながら三人も訓練に戻った。

が、次の土魔法の訓練では娘の足元に土壁を出現させたことで娘は後ろに倒れた。

実行したのは入隊二年目のスチュアート。しかし残り二人も倒れた娘を見て笑っているのだから同罪だろう。

これ以上は看過できない。


「お前達、何をしている。」


私の問いに三人の返答は予想できたが、娘も同じ返答をするとは思っていなかった。

何故だ。お前が事実を延べたらこの三人を咎めることができるというのに。

この場で正直に報告できないのならば離れた場所で聞いてやろうと場所を移動したが、娘は「自分を信じるのか?」と自分を卑下した。しかしそう考えさせているのは貴族われわれだ。

問題があればきちんと聞くと約束させた。

しかし、娘と個別で話してわかったことがある。


「魔法師団が実力主義なら力をつけます。力つけて認めさせます。」


この娘は一人で二番隊われわれに挑もうとしていること。

とんだ『庶民』だな。けれど悪くない。

なるほどケヴィンが言ったのはこういうことかと納得した。




「それで?リサの調子はどうだ?」


あの娘が訓練に参加して三日。討伐を三日後に控えた夜。私は報告のため団長室に居た。


「末恐ろしいですよ。わずか二日でこちらの妥協するレベルまで力をあげるのですから。」

「一か月前は『碌に魔法が使えなかった』のが嘘のようだな。」


そうあの娘は『碌に魔法が使えなかった』。

それもそのはず、誰一人あの娘が魔法を使っている所を見たことがないのだ。だから魔法を使って倒れたと聞いて『魔法が使えない庶民』と言われたのだ。

それがどうだ。今や二番隊と引けをとらないほどのレベルだ。

普通の人間が一か月やそこらで1からこのレベルに到達するはずがない。

そうあの娘はただの庶民ではない。『精霊の客人』だ。

団長の口ぶりからして団長は娘が魔法を使えることを知っていたのだろう。そのレベルも。


「団長はあの娘をどうするおつもりですか?」

「どうもこうもしない。私が願うのはこの国の未来だ。」


問題されているマナの減少。この国の未来を考えるなら最優先案件だ。


「それは私も同意します。」


マナの減少を食い止めるための精霊召喚。

あの娘に何ができるのか見当もつかないが、あの娘に委ねるしか他ならない。

ならば私も私に出来ることをせねばならない。

団長が何を考えてあの娘を討伐隊に加えようというのかわからないが、私はそれに乗るしかないようだ。


まったくもって忌々しい。

私の思考をひっくり返すあの娘に。ただ一人の娘にこの国の未来を託すことに。

私は王宮魔法師団二番隊隊長だというのに、何もできない自分の不甲斐無さに不快を感じた。


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