第27話 興味本位のはずが

「陛下!一体、何をお考えですか!」


父の代から変わらず宰相を務めるアレックス・チェコバレスは狭い執務室にも関わらず声を張り上げた。

そろそろ齢60を迎える宰相様は普段は冷静沈着の男のはずだった。

白髪交じりの赤茶の髪と同色の髭は形が綺麗に整えられている。

手入れも大変だろうに。


「どこの馬の骨とも知れぬあの娘を側室に迎え入れたいなど、正気ですか!」


そんなに顔を赤くして血が上るのではないかと心配になる。

ま、その事態にさせているのは私ではあるが。


「アレックス。そろそろ息子に役職を譲る気はないか?」


アレックスの息子は確か今年で35になるはずだ。そろそろ世代交代してもよいだろ。


「・・・あれは今、領地経営で手がいっぱいです。碌に領地経営も出来ぬ愚息に宰相など務まりますまい。」

「やれやれ、宰相様は厳しいな。」


チェコバレス領は国の南側に位置しており気候は穏やか。海に面していることもあり観光地として庶民にも有名だ。

私の記憶が確かならばアレックスの息子が領地を経営しだしてから新しい事業開発で領地内は潤っているはずだ。全て息子の手腕によるだろうに、この男はそれでも息子を認めないのか。厳しいのか、それともただ腹黒いだけか。


「そんなことよりも陛下!側室の話です!エヴェリーナ姫という婚約者がありながら側室を迎えるなど許されませんよ!」

「エリーと婚姻を結ぶまであと2年あるだろう。散々側室を娶れと五月蠅いから実行に移したまでだ。」

「側室を持てるのはエヴェリーナ姫との婚姻が済んでからです!側室候補を見繕ってくださいという意味ですぐに側室を持てという意味ではありません!」

「精霊の客人だ。他国に行かれるより国に留めておく必要があるだろ。」

「確かに、精霊を呼び出すことが可能で、マナ石にマナを補充できるような人物、国で保護する必要はありますが、だからと言って陛下の側室にする必要はありますまい。」

「ま、本人からは断られたがな。」

「はい?陛下のお誘いを断ったというのですか?庶民風情が?なんという不敬な。」


眉根を寄せるアレックスの怒りは精霊の客人に向かったようだ。

私もあの場で側室を提案したのは成り行きもあって軽率であったとは自負するが、断られることは微塵にも思わなかった。

これが貴族令嬢なら喜んで受けただろうに・・・。

私の婚約者の立場を求める令嬢は数多かった。エリーと婚約してからはその数は減らしたが、側室でも構わないというアプローチは現在も多く届いている。

誰もが羨むその地位をあの娘は望まなかった。




私が即位したのは今から3年前。

先代は私が執務を一通り覚えるとあっさりとその地位を私に回した。

魔力量と私が優秀だということを最もらしい理由にあげたが、実際は羽を伸ばしたいからだ。

先々代が早々に亡くなり父上も若くして王位に就いたことも原因だろう。

母上には王妃の執務をそのままさせているくせに、本人は国内各地を視察の名目で飛び回っている。

たまに帰ってきては母上のご機嫌伺いをしつつ、私にアドバイスをしていくので完全に自由を満喫しているわけではないようだ。父上が各地を回るのは国内と他国の情勢を知るためでもあるらしい。

それに母上が王妃の執務を続けているのは私が未だ結婚していないのも原因だ。

ま、当人は父上について各地を回るよりは王宮に居ることを望んだのだが。今はエリーに王妃教育をするのが楽しいらしい。



マナ減少を解決するために行われた精霊召喚は失敗。

精霊の代わりに呼び出されたのはどこにでもいる普通の娘。

王宮内に居た貴族を緊急招集して行われた謁見で見た娘はびくびくと怯えており、猛獣に囲まれた小動物のようだった。

貴族共の視線に晒されるその姿は同情したくなるほどだった。

魔法師団随一の頭脳と言われるファルマスの言葉に様子をみてやるかと一か月の猶予を与えた。


長年侍女として王宮に勤めてくれている信頼ある者に監視役の意味も込めて娘の世話を任せた。

報告ではファルマスの部屋と与えた部屋の往復のみ。

魔法を使って倒れたと聞く。魔力の弱い平民だという噂が瞬く間に広まった。

他には食事に難色をしてめいたそうだが、庶民だと噂されている娘だ王宮の食事など今まで縁がなかったのだろう。

そんな娘が調理場への立ち入りを要望してきた。ただの娘に出来ることなどないと高を括っていたが、

その日の昼食は今まで食べたことがない味が出てきた。


「ほぉ、これはなかなかの美味ですな。料理人は新しい味を開発されたのですな。是非とも続けて腕を磨いていただきたいものですな。」


アレックスは料理人が作ったものだと思ったようだが、サーラからの報告ではあの娘が慣れた手つきで作ったとあった。料理人でもない娘に作れるものなのか?

次にポメラを使った料理が出てきた時には驚かされた。ポメラをサラダ以外に使うなど今までなかったからだ。

アレックスは料理人を絶賛していたが、これもあの娘が作ったのか?

サーラの報告によれば変わった魔法の使い方をしてさらに違うスープも作ったとあった。

魔法も碌に使えない庶民ではなかったのか?

しかしこれが庶民の料理であるならあの娘はどこの者だ。国内にはこのような料理はない。ならば他国か。他国の平民の料理にまで気に留めたことはなかったからありえなくはないだろう。

万が一、他国の間者だとしたら・・・そんな疑問が浮かんだところへ図書室への入室許可が求められた。

それっぽい理由を述べて図書室への立ち入りは禁じたが、それ以後入室許可は求められなかった。

やけにあっさり引いたが間者ではないのか?


王宮内の噂は私の耳にも聞こえてきていたが、私には娘の正体が読めなかった。

ファルマスからの報告書は最初から変わらず『研究中。精霊に近い存在』とだけだ。

あの研究にしか興味がない男にそれ以上の報告をさせようとするのが間違いだったか。

これはもう自分の目で確認するしかないか。




そして、約束の一か月が過ぎた。

一か月ぶりに見た娘は前回のような怯えた印象はどこにもなかった。

国中の貴族の視線に晒されようとも動じないその姿勢にこの一か月で何があったのか問いたい気分だ。

私の言葉に慌てることはあれど、その中でも精霊を呼び出したことにひどく驚いた。

精霊と関わりがあることが露見されたことで、貴族達も娘を侮ることはできないだろう。

それは私にも言えた。改めて精霊の客人として迎え入れなければならないだろう。

ワンダーの報告に不穏なものがあるが、マナ石にマナを補充することが出来る時点で娘の利用価値は高い。貴族共に狙われるのは時間の問題だ。

王宮で保護するだけでは足りぬかもしれぬ。一番安全な場所は私の手元であろう。




夜遅く、執務の合間に外に目をやれば娘の部屋が見えた。

窓を開けて外を見ている娘の不用心さに呆れるが、これは娘に接触するチャンスではないのかと思い直した。

聞きたいことは山のようにあったが、表立って娘を呼びつけるわけにはいかない。


娘を連れて王宮の屋根に降り立てば、物珍しそうにあちこちへと視線を向けていた。

その姿が残っていたのだろう。町に行ってみたいという娘を自分が案内したら、先ほどのように目を輝かせながらあちこちを見回るだろう。その姿を見たら退屈でしかない視察も楽しめるのではないかと思った。

まぁ、側室を提案したのはほんとに成り行きではあるが、悪い案ではないと思った。

側室であれば今のような噂に晒されることもなくなる、護衛をつけて四六時中守らせることもできる。私の手付きに手を出す馬鹿も居ないだろう。

令嬢なら誰でも喜ぶその提案は娘にあっさりと断られた。

終いには元の世界に帰りたいという。

異世界というところは身分にこだわりがない所なのか。

そもそも異世界とはなんだ。この世界とは別の世界、そんなものあり得るのか?

けれど娘が嘘を言っているようには見えない。実際に食べた料理も味わったことがない物で美味かった。王宮の料理人が何年たっても作れなかった物を短期間でいくつも作れたのは異世界の知識だからだろう。異世界から来たというのなら娘の非常識にも納得いくものがある。

ファルマスのやつが異世界から来たこのことを知らないことはないだろう。わざと報告しなかったか。

故郷を想い項垂れる姿は庇護欲をそそられるものがあった。

精霊と関りのある客人だ。本人は帰ることを望んでいるが、こちらとしては帰すわけにはいかない。

私の側室でなくともこの国に留めておけるのならなんでもいい。だが急ぐ必要もあるまい。

じっくりあらゆる角度から攻めていけばよかろう。



ガミガミと煩いアレックスの言葉を聞き流し、娘の事を思い出せば自然と口角が上がるのを感じた。

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