第26話 今夜は上弦の月

王様に連れられて部屋の窓から飛び出した。

魔法とはいえ宙に浮かぶのは初めてで、浮遊感はあるものの怖さは感じられなかった。

王様の腕が落ちないようにしっかりと回されていたからだろうか。

異性とこんな風に密着するなど初めてで顔が赤くなるのを感じる。

夜のおかげでこんな顔を相手に見られずに済むのは救いだろう。


トンッと音を立てて王様は王宮の屋根に降り立った。

王宮の中でも一番高い建物の屋根の上だ。すべてが見下ろせた。

その瞬間、羞恥心など消し飛んだ。

少し遠くに見える城壁の内側が全て王宮だろうか。

王宮の中央棟に客室などがある西の棟と魔法師団や騎士団の詰め所のある東の棟。訓練場、その先の騎士団の建物。他にも私の知らない建物がいくつもあった。

某夢の国以上に広そう・・・

城壁の向こうにもかすかに灯りが見えた。あれはもしかして町だろうか。ここは王宮だから王都か。


「そんなに珍しいか。」


私が右に左に忙しく顔を動かせていたからか王様は少し笑いながらそう言った。


「珍しいも何も私、王宮から出たことありませんよ。」


初めて見る外の世界。珍しすぎてあちこち目移りする。夜で暗いのが残念だ。


「王宮以外知らない?・・・其方は一体どこの者だ。」


どこの者?出身地のことだろか。

んー、そう聞くってことは王様は私が異世界から来たことを知らないのだろうか。

団長さんは報告してないのかな・・・。

王様だから報告してもいい気がするけど、追及されるのもめんどくさくてついつい、


「極東の島国の出身です。」

「極東の島国?どこだそれは。ケルマタルキー諸島のことか?」

「けるまたるき?」


思わず聞き返したら王様に怪訝そうな顔をされてしまった。

んー、勝手に異世界だし詳しい世界地図なんかないよねと思ったけど、実はきちんとした世界地図があるのかもしれない。

そもそも極東の島国は向こうの世界で通じる言葉であってここで通用するわけがない。しかし私はそんなこと頭になくて。

おおぅ、王様の視線が痛い・・・

たらたらと内心で汗をかきながら、


「・・・この世界に存在しません。」

「・・・其方、この私を馬鹿にしているのか?」

「そんなことないです。」


正直に答えたら王様を怒らせてしまった。

こんなことなら最初からきちんと話せばよかったと思いながら、異世界からきたことを説明した。

イルシオも団長さんも私が異世界からきたことをすんなり受け入れてくれたけど、普通なら王様のように異世界?なんだそれはありえない。な反応なのかもしれない。

とりあえず異世界から来たことを信じてもらえないと、私は妄想癖のある痛い子みたいじゃないか。

王様は渋々ながらも私が異世界から来たことを信じてくれた。


「では近頃の見慣れぬ料理は異世界の料理というのか?」

「似たような食材があるのでそのうち誰かが作っているかもしれませんよ。」

「今日の肉のやつは悪くなかった。」

「美味しかったってことですか?」

「・・・そうだな。」


それならそうとはっきり言ってほしい。

でも喜んでもらえたならよかった。作った甲斐があったというものだ。


「また私に作れる料理があったら作りますね。」

「期待せずに待っていてやる。」


他に作れる料理何があるかなー。


「調味料がもう少し豊富だと料理の幅も広がるんだけど・・・町に行って探したいなー。」

「なんだ、町に行きたいのか。それなら護衛をつけて行けばよかろう。」


あれ?口に出したつもりなかったけど声に出てた?

ていうか、


「町に行ってもいいんですか?」


目途が立つまでは無理だと団長さんに言われていたし、私の場合、許可なしに町に出てはだめだろうなと思っていただけに、王様の言葉に驚いた。


「別によい。ワンダーに話をつければな。なんなら私が案内してやろうか?」

「!?いやいや王様に案内させるとか周りの人に止められますよ。」

「かまわん。そろそろ視察の時期だからな。ついでに案内してやろう。」

「いやいや、それは、ちょっと、遠慮、したい、です。」

「なんだ。不満か。」


おもしろくないと言わんばかりの王様に対し私は顔が引きつりそうになった。

王様の視察って、大人数の移動でお店には野次馬がたくさんいたりするやつでしょ?

ついでに案内すると言われても、それでゆっくりお店が見れるとは思えない。

それに私は一庶民だ。この国の王様と一緒になんて歩けないし、王様はとてもイケメンだから、そんな人の横を歩くなんて周りから絶対に顰蹙を買うわ。


「ほら、私この国の人間じゃないけど、庶民だから礼儀作法なんてなってないので、王様に恥をかかせてしまうことになりますし、噂の件もありますから、私なんかが同行なんて周りの人が絶対許しませんよ。」


あくまで王様と行きたくないわけじゃないんだけどー的なニュアンスを含ませて言ったのだが、それが間違いだった。


「なんだ。この国の常識を知らないと思っていたが身分を気にするのか。其方は精霊の客人だ。それだけでも充分だが、其方が気にすると言うのなら周りから文句が出ない身分を与えてやろう。」


ニヤッと笑う王様に嫌な予感がした。


「私の側室に迎えてやろう。」

「はっ!?」


一瞬、王様の言葉が理解できなかった。


「正妃でもよいが、生憎と先約があるのでな。側室であれば周りから文句など出まい。」

「いやいやいやいや。」

「なんだ不服か。正妃を望むか。」

「どっちも望みません!」


ちょっと待って。王様、何考えてるの?

なんで町に行く話から側室になった?

いや、わかるよ?私が庶民だから王様の横を歩けないって言ったから、相応しい身分として側室の地位を与えようとしてくれてるんだよね。

でも待ってほしい。王様だからってそんなことをここで勝手に簡単に決めていいはずがない。

王様だよ?超絶イケメンな王様だよ?イケメンは遠くから見るに限るんだよ。

えっ?私?王様の側室になりたいか?もちろん答えはノーだ。

年齢=彼氏いない歴だ。彼氏いたことないけど、結婚はきちんと恋愛してからしたい。こんな成り行きでとか嫌だ。

それに・・・


「私はマナの問題が片付いたら元の世界に帰りたい。」


一か月前、ここに来てすぐ、帰るにはマナがないから無理だと言われた。

異世界転移物の小説も元の世界に戻れる物は少なく、主人公達はショックを受けながらも現実を受け入れていた。

だから私も帰れないかもしれないと頭では思っていたけど、本当は・・・。


「帰らなくてもよかろう。何か不自由でもあるのか?」

「・・・王様には感謝しています。王様が衣食住を保障してくれているから、路頭に迷うことなく暮らせています。でも向こうの世界に私の生活があるんです。親も友達もいます。大学を卒業したら就きたい仕事もあります。死んで転生したのなら仕方ないって思えたかもしれないけれど、私は私のままだから未練があるんです。」


私に兄弟は居ないから親の将来とか心配するし、そもそも私が帰らなかったら親は心配すると思う。

地元にも大学にも友達もいる、学校で学ぶのも嫌いじゃない。

大学卒業したら翻訳の仕事をして日本の本を海外に発信したい夢もある。


あ・・・、やばい。

帰れるのかなって不安はずっとあった。でもマナとか魔法とか他に考えることがいっぱいで帰ることを深く考えていなかった。

ここに来て初めて『帰りたい』と言葉にした。


自分の言葉に泣きそうになった。

目を閉じて泣きたくなるのを堪えていると、


「マナの問題が片付くまで其方を帰すわけにはいかぬ。」

「・・・それはわかっています。」

「だが王宮ここに居る間は其方に不自由させぬと約束しよう。困ったことがあったらすぐに申せ。マナの事が片付くまでは其方の面倒は見てやる。」

「・・・はい。」


それがいつになるかわからないけど、それまでは王様にお世話になるしかない。

マナの問題が片付いたら本当に帰れるのかわからないけど、イルシオは帰れないとは言わなかった。

でも実際に私をこの世界ここに呼んだのはシャーリーレインだから、シャーリーレインに言ったら帰れるかもしれない。

今度、不思議空間に行けたらシャーリーレインに聞いてみよう。


少し立ち直った私は王様に目を向けた。

最初は怖いイメージしかなかったけど、夜にわざわざ私を訪ねて私の話をきちんと聞いてくれたし、昼間のあれも実は様子を見に来てくれたのかもしれない。

サーラを私のそばに置いたのも監視役の意味もあるかもしれないけれど、案外、王様は私の事を気にかけてくれているのかも。

って、今日話せたのは王様がたまたま私の所に来たからなんだけどね。

普段なら話すどころか会うこともできない人だ。

それでも王様が私を気にかけてくれているかもしれないことを私は素直に嬉しいと思った。


王様にお世話になるのだから、少しでも王様に返せるように私は自分にできることやろうと改めて思った。

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