第25話 からあげが食べたい

日本食が食べたい。

一か月も日本食を食べないなんて今までの生活ではあり得ないことだ。

しかし、異世界ここに日本食はない。


料理人さんにマヨネーズとトマトスープを教えたことで、料理の幅は広がったけれど、物足りない。


お米、味噌、醤油・・・

実家では食べ飽きた味だが、こうも日本食から離れていると懐かしくてしかたない。

王宮の食料庫に日本食の代わりになるようなものは置いていなかった。


王宮にないなら町に行ってもないのかな・・・


カレー、ラーメン、からあげ・・・

安くて美味しい店を友達と探したのも懐かしい。

思い出すと口がそれらを求めてしまう。

惣菜パンも食べたい。でもパンは流石に作り方わからないわ。発酵が必要で大変なイメージしかないから手作りしたことがない。


・・・からあげなら作れるかも?


そう思い至ってサーラに調理場に行きたいことを要望した。




朝食を終えて昼食の準備に入るまでの短い時間。

調理場の片隅を借りてこっそり作ろうと思ったのだけれど、調理場に行くと料理人全員に歓迎され、今日は何を作るのか質問された。

揚げ物と答えたけれど、どういったものか分からないみたいで質問攻めにされたので開き直って調理場のど真ん中で作業することにした。

適当な大きさに切った鶏肉と思われるお肉を料理人さんに作ってもらったマヨネーズと和える。

本当は醤油が欲しいけどないものは仕方ない。マヨネーズだけでも下味としては十分だ。

それから小麦粉を塗し、たっぷりの油で揚げることしばし。

ジューっといい音を立てながらお肉が浮上してきた。

頃合いを見てお肉を油から取り出してお皿に移す。

うん。いい感じ。


「ほぉ・・・。これはまた見慣れぬ料理だな。」


聞きなれない声に振り返ると少し長めの艶のある赤い髪をしたイケメン。


「陛下!?」


料理人さん達が一斉にざわついた。


えっ?陛下って・・・王様!?なんでここに居るの!?


「これも其方が作ったのか?」


おおぅ、少し低めのでもよく通る声。イケメンにイケボのダブルコンボ。王様の存在感はんぱない。

揚げたてのから揚げを指さす王様。イケメン、キラキラして眩しい。直視できない。


「はい。私が作りました。・・・あの、王様が何故調理場ここへ?」

「自分の城だ。どこに居てもよいだろう。」


いや、そう言われたらそうなんだけどね。

けど、普通、調理場は王様が自ら来る場所ではないでしょう。

料理人さん達が固まっちゃってるよ。


「娘、これは食べれるのか?」

「はい。出来たばかりです。王様、食べてみますか?」


出来上がりのからあげを見て聞かれたので勧めてみた。からあげは熱々が美味しい。

けれどなかなか手をつけようとしない王様に首を傾げると、

「リサ様、陛下がお召し上がりになるものにはまず毒見が必要でございます。」とサーラが耳打ちしてくれた。

なるほど。王様は自分が食べる物に毒が混ざっていないか疑わないといけないんだ。

王様って大変だ。


「ではお先に。」


フォークにからあげを刺して口に頬張る。

あふっ。でも衣がサクサク、中はジューシー。うん美味しいー。

久しぶりのからあげに笑みがこぼれる。


ゴクッ


誰かの喉が鳴るのが聞こえた。

モグモグごっくん。王様に新しいフォークを用意してお皿を王様の前に移動させた。

王様はフォークを手にして、からあげを口にした。

もぐもぐと王様は無言でからあげを食べると、無言でフォークをテーブルに置いた。


あれ?王様の口に合わなかった?


「あ、これにレーコンの果汁をかけるとさっぱりしてまた違った味わいがありますよ。」


とレモンかけも勧めてみると、王様は顎をクイッとした。

これは持ってこいってことかしら。

察した料理人さんがレーコンの果実を持ってきてくれたので、包丁でくし型に切りからあげの上で絞った。

王様は再びフォークを手にしてからあげを口にした。


「・・・悪くない。」


フォークを置いた王様はそれだけを言うと調理場から出て行った。


えっ?それだけ?いやいや、王様、何しに来たの?なんだったの?


突然来てからあげだけ食べて帰っていった王様に調理場に居た全員が呆然とした。




そんなことがあったのはお昼の鐘が鳴る前のこと。

からあげを味見した料理長さんにお昼に使いたいから手伝ってほしいとお願いされて一緒にからあげを作った後は団長さんに呼び出されて団長さんの部屋へ向かった。

近々二番隊が騎士団と共に討伐に出向くので同行してほしいという話だった。

まさかの魔物退治。ついに来たかという思いと未知の魔物に対する恐怖を抱いていると、団長さんは、

初めてのことだから率先して討伐に加わらなくていい。後方で討伐の様子を見ているだけでいい。と言った。

それは今後討伐に参加することが増えることを示唆しているのだろうか。

今はただ魔法の力を強めることしかしていない穀潰しみたいなものだから、そろそろ貢献しろということかもしれない。



そして部屋に戻って夕食後、湯浴みも済み後は寝るだけの状態。

サーラ達は既に下がっていて部屋には私1人。

カーテンの隙間から月明かりが見えて誘われるように窓辺に移動した。

窓を開けてボーッと月を眺めた。


月は向こうの世界と変わらない。くし切りにした形の黄色いお月さま。

なんだか日本にいる錯覚を起こしそうだ。


「夜更けに窓を開けて危機感がないのか。」

「!?」


突如聞こえた声は昼前にも聞いた声だ。

けれど声が聞こえたのは視線の先。バルコニーのない三階の窓。こんな所に居るはずかない。

けれど赤い髪をした王様は居た。


えっ!?なんで?


身を乗り出して辺りを見渡すも王様が立てるような場所はなかった。


「えっ?どうやって?」


魔法?でもなんの魔法だろ?空中に浮かぶとなると風魔法かな?

魔法で空も飛べるんだ。さすが異世界なんでもありだな。

王様の出現にさっきまでの故郷への哀愁は四散し困惑と驚愕が頭を占めていた。


「そんなに身を乗り出したら落ちるぞ。」

「え・・・そこまでドジじゃないし。」

「そうか。」


暗くて表情はわからないけれど、声が優しい気がする。

もしかして心配してくれたの?王様が?いや、ありえないでしょ。


「あの・・・王様はどうしてここへ?」

「・・・部屋から見えたからな。・・・一度話をしてみたいとは思っていたのだ。」

「私と・・・ですか?」

「ただの好奇心だ。」


王様が私に興味を示す理由がわからない。


「あの・・・そんな所に居るのも大変だと思うので、部屋に入られてはいかがですか?」


王様なんだから魔法の力は強そうだけど、ずっと浮いていると魔力が尽きるのではないかと思って提案してみたのだけど、


「其方は馬鹿なのか?こんな夜更けに男を部屋に入れようとするなど女としての慎みがないのではないか?」


おおぅ、王様にまで馬鹿扱いされてしまった・・・。

んー、彼氏が居たことないけど、男の人と二人っきりになるということに特に意識はなかった。

これはあれか?毎日のようにイルシオの部屋に行っているから慣れてしまったのか。


「まぁよい。部屋よりは外のが外聞はマシであろう。其方も上に来るがよい。」

「えっ?でも私、そんな魔法使えない。」

「精霊の客人は魔法が苦手なのか?」

「最近、魔法を使うことに慣れたけど、王様みたいに浮く魔法は使ったことないから。」

「・・・手がかかるな。・・・手を差し出せ。」


王様は窓辺に近づくと手を伸ばしてきた。

えっ・・・王様に触っていいの?いやいやその前に男の人の手を取るとかそんな経験小学校のフォークダンス以来なんですけど!


「うひゃっ」


なかなか手を取らない私に焦れた王様に勢いよく掴まれた。

すると私の体を魔力が纏うのを感じた。


「しっかり摑まっていろ。」


言われた通り王様の手をしっかり掴むと、私の体は宙に浮いてそのまま窓を飛び越え空へと上っていった。

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