第24話 節目

まだまだ全員を納得させたとは言い難いが、精霊を呼び出したことで少なくともリサの評価は変わることだろう。

そのことに一先ず安堵して私は自室へと急いだ。


フォルゲス・ワンダー。今年で45を迎える。

家は伯爵の地位だが次男である自分は家を継ぐことはなく代々魔法師団に入隊していた家系の影響で、趣味だった魔法を極めて行った。

魔力量は多い方だったようで、学院の魔法科を卒業してすぐに魔法師団二番隊に入隊。実力を認められ5年後に陛下直属の一番隊に移動した。

当時の一番隊は主に家のコネで入る者が多く、私のように成り上がりで入隊したものには風当たりが強かった。一番隊のプライドもあるのだろう、表立っての嫌がらせはなかったが影では気が滅入りそうなことが多々として行われていた。

元々、温厚で平穏を望む私は嫌がらせを軽く躱す技術が備わっていたらしい。大きな問題を起こすこともなく、そんな一番隊で10年を過ごした。

先輩の推薦もあり一番隊の中でも少数精鋭の近衛に抜擢された。そこで更に5年経験を積み、その後、老齢な魔法師団団長の補佐につくことになった。

そして補佐を務めて三年後、私が39の時に団長が引退。自分が魔法師団の団長に就くことになった。

まぁ、当時は伯爵家の出の者が団長の座に就くことに異を唱える者も居たが、大半は私の実力を認めてくれる者ばかりで、次第に反対の声はなくなっていった。


私が団長に就任した年、異例の新人が魔法師団に入隊した。

魔力量は私に匹敵。侯爵家の出身にも関わらず希望するのは三番隊。

学院の教師陣からは一番隊への入隊を勧められていたそうだが、本人が頑なに三番隊を希望したらしい。

学院時の本人のレポートを見るに、研究の内容と着眼点、発想になるほど優秀なのが窺い知れた。

そこで当時の三番隊の隊長を務めていたロージスト・フュナレーに相談したところ、

「俺が四番隊に移動するから、こいつを三番隊の隊長に推薦しろ。」

と言うが早いかさっさと三番隊の全員に説明をして四番隊に移動した。

元々ロージストは魔法道具の開発を目的に魔法師団に入隊した男だ。四番隊に移動してようやく自分の好きなことを出来ると喜んだ。三番隊に居たのも魔法道具の研究のためだ。

そうして魔法師団始まって以来と思われる新人が三番隊の隊長に就任することになった。

しかしこの男、イルシオ・ファルマスは研究以外にはまったく興味を示さない。隊長の部屋を与えるとそこから延々と出てこず部下への指示を出すこともしない。困りかねた隊員が私の所へ相談しにくることが多々あった。

今でこそ隊長らしく部下への指示相談をするようになったが、当時はそれはそれはひどいものだった。


イルシオは王宮に収められている膨大な精霊に関する書物を読むと、禁書扱いされている文献から精霊召喚を解読し研究した。仕事の合間に実に三年の月日を費やした。

大量のマナを使用することになる精霊召喚に難色をしめしていた貴族達をこのままではいずれ枯渇すると説き伏せ実行に移したイルシオ。

しかし、期待されていた精霊召喚は精霊ではなく異世界から来たという一人の少女を召喚する事態に陥った。

王宮にいる貴族当主を緊急招集して行われた陛下への謁見。

陛下の問に正直に精霊ではないと告白するリサ。

イルシオが実行することで成功することが疑われていなかった精霊召喚。その結果が失敗。

そのことで貴族達による魔法師団への印象は最低な物へと変化したといっていいだろう。

プライドの高い一番隊から三番隊への侮蔑。騎士団と関わることの多い二番隊は騎士団からの揶揄いをうけそのうさを三番隊ではらすかのように嫌みなどを言うようになり、実行した三番隊は魔法師団の他の隊からだけではなく貴族達からも針の筵。三番隊と共に研究することがある四番隊もその余波はあっただろう。


リサのことはイルシオに一任したがあの研究にしか興味がないイルシオだ。多少の不安があった。

しかし、リサは控えめな人物なのか特に目立ったことをすることはなかった。

忠告したわけでもないが、報告では主にイルシオの部屋か訓練場にしか足を伸ばしていないという。

それは非常にありたがったが、倒れて医務室に運ばれたと聞いたときは頭を抱えたくなった。

そしてイルシオの報告で、リサが我々とは違い精霊に近い存在であると聞いたときは光明が見えたものだ。

そしてリサ自身からも精霊と思われる存在と接触している話を聞き、1カ月が過ぎれば事態が変わると期待した。

他の隊員には1カ月は様子を見るように触れ周り、国内全ての貴族当主が集まる日を待った。


陛下、貴族達の前でリサが精霊を呼び出したことで、確実に貴族達のリサへの視線が変わったことに気がついた。

リサが呼び出した精霊はすぐ消えてしまったが、子どもの頃に何度も見て触れ合った精霊を思い出し懐かしく思った。

陛下から改めてリサを精霊の客人として扱われることが決まり、これで少しは魔法師団への風当たりも弱まることだろう。



しかしその後のリサからの話に私は再び頭を抱えることになる。

まずは陛下へ報告するため、報告書を作成するため自室へと向かった。

そして後日、報告書と共に陛下の執務室へと向かった。

報告書に目を通した陛下は眉根を寄せ短く息を吐き、


「あの娘の推測だけでは動くことはできないが、可能性の一つとしてなら無下にはできないな。」

「しかし、情報を集めようにも姿形のないものに対し手の施しようがございません。」


陛下はふむと顎に手を添えてしばし考えると、


「罠でもはるか。」

「罠・・・ですか?」


不穏な言葉に思わず眉が寄るのを感じた。


「精霊に対し無体を働く者がいるというのなら、貴族共の前で精霊を呼び出したあの娘に対してなんらかの接触を図るだろう。ならこちらでその場を提供してやるのはどうだ?」

「と言いますと?」

「精霊の客人には表立って行動してもらうのがよかろう。」

「リサを囮にするというのですか。」


自分の娘より年若であろうリサを囮に使うことに難色を示すが、


「精霊を呼び出すだけでなく、マナ石にマナを補充するほど体内にマナを大量に抱えているのだろ。このまま魔法師団で研究材料にしておくのは勿体ない。」

「危険に晒すのは得策ではないと思いますが。」

「あの瞬間、貴族共の目が変わったのを見ただろ。狙われるのも時間の問題だぞ。心配ならしっかりと護衛をつけてやればよかろう。なんなら私の膝元に置いてやろうか。」

「陛下!?」


くっくっくと口端を吊り上げる陛下は本気か冗談かつかない。

しかし楽しそうに笑う陛下がリサに興味を抱いているのは確実。

私は頭が痛くなるのを感じながら執務室を出た。

気が進まないが陛下の話は一理ある。

考えた私はリサの安全確保のため騎士団に向かうことにした。

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