第22話 約束の一か月

その日は朝からバタバタしていた。

いや、私じゃなくて周りがね。


朝早くからサーラが来てメイドさん達に指示を飛ばす。

私は朝食後に湯浴みに入れられた。

いつも一人で出来ると一人でさくっと入るのだけど、今日はサーラに却下され数人のメイドさんに付き添われた。

すっぽんぽんの悲劇再び。

それはそれはもう丁寧に洗われました。恥ずかしすぎて誰の顔も見れなかったよ・・・。


お風呂から上がればこれまた丁寧に拭かれ粉みたいなのを叩かれた。

ベビーパウダーみたいなのかな。こんなの前はしなかったよね?

服はいつもと同じ白のワンピースに腰に黒のリボン。

大きな鏡の前に座らされて、爪まで磨かれたり、髪は艶々になるように香油が塗られて真っ直ぐにされたり、化粧もされた。

馬子にも衣裳再び。


王様に会うのにいつもこんなに手の込んだ支度をしないといけないなんて、王様の周りにいる人は大変だな。

これだけ支度に人と時間がかかるのを考えると王様にはこれっきり会いたくないと思わうのだけど、精霊の話のことを考えるとそういうわけにはいかないかと思い直した。


一度しか見たことない王様はすっごいイケメンだったのを覚えている。

平凡な私はこれだけメイドさん達に盛られてもきっと王様の足元には及ばない。

いつも思うけど、異世界の美形率高くない?もっと普通の人いないの?


「あ、そうだ。王様の所に行く前にイルシオか団長さんと話す時間ってある?」


久しぶりに見た(?)不思議空間の話を二人にしたかった。


「いえ、すでに国内全ての貴族当主が王宮にお見えなっておいでです。陛下よりリサ様の準備が整い次第連れてくるようにと仰せつかっております。ファルマス様及びワンダー様も既に広間でお待ちの状態でございます。」

「えっ?すでに集まってるの?それなのにまだ行かなくていいの?」


朝食を食べてからすでに2時間ぐらい準備にかかっている。いつ貴族達が王宮に来たか知らないけど、早く来てる人はかなり待っていることになる。

それっていいのか?


「陛下より、心の準備も必要とのことです。・・・王宮内の話は陛下もご存じです。」


・・・私の噂は王様の耳にも届いているんだ・・・。時間を気にしなくていいというのは王様の配慮かもしれないけど、そんな話を聞いたら気が気じゃないんだけど・・・。

逃げたい・・・せめてイルシオ達と打ち合わせしたい。

はぁーっと深く息を吐き出す私にサーラはいつもと変わらない表情で、


「リサ様。私は陛下の命でリサ様にお仕えしております。・・・どうか陛下を失望させるようなことだけはご遠慮願います。」


うん。知ってる。サーラが私の監視役だってこと。噂を鵜呑みにしているなら私なんて無礼な庶民と思われてても仕方ない。

こんな時に噂の話をするなんてサーラの悪意を感じる。


身支度はすでに終わっている。後は私の心の持ちようだけ。でも直前でそんな話をされた私は正直行きたくない。でもそれがいつまでも許されるはずもなく。


「リサ様。そろそろよろしいでしょうか?」


無情にもサーラは行くように促す。

ここで逃げ出しても話は進まない。

覚悟は決まらないけど、私は椅子から立ち上がった。




渡り廊下を渡り王宮の中央棟に入ったところにある大きな階段を上る。

私の足はなかなか進まない。王様に言われた一か月の猶予。私の魔法の素となる力はわかったけど、それでマナの解決には繋がらない。精霊の話をしてもそれで王様が納得するかわからない。ないないでこの局面を乗り切れるのか不安で仕方ない。

もし王様が納得しなかったら私はどうなるんだろう。国外追放だろうか。さすがに処刑とかにはならないよね?その場合イルシオはどうなるんだろう。責任を取らされるって聞いたけど。

今考えても仕方ないのはわかるけど、考えずにはいられなかった。




「遅い。」


大きな扉の前。

ここは前に王様に面会した部屋だ。その扉の前でイルシオは待っていた。

いつもと同じ黒を基調とした服装に王宮魔法師団の証の金縁がされた黒のマント。

いつからいたのか知らないけど、イルシオは眉間に皺を寄せて不機嫌さを隠そうともしない。・・・うん。通常運転ぽい。

サーラが扉の前の護衛の人と話をしているのを見て、私はイルシオに不思議空間の話をしようとした。


「はっ?今その話をするのか?・・・あとでじっくり聞くから今は目先の事を考えろ。」


護衛の人によって扉は開けられた。

部屋の奥の一段高くなった所には王様が前回と同じように座っていた。・・・当たり前か。

遠くからでも王様のイケメン度がわかるのか、王様の周りはキラキラと輝いていた。

部屋の両壁側にはたくさんの人、人、人。年齢は様々でイルシオと年の変わらない若い人から老紳士まで50人ぐらいは居そうだ。

これがこの国の爵位持ちの貴族?この数が多いのかは私にはわからなかったけど、今からこの人達の前に出ることが億劫になる。

王様の手前ではすでに団長さんが跪いているのが見えた。

イルシオの後について団長さんの元にたどり着く。前回と同じように並んだ。


「ようやく来たか。」


本当にいつから待たせてたんだろう・・・王様は不機嫌そうに呟いた。

王様の濃い紫の目がギロリと私を見た。

けれど私は王様の背後の大きな絵画が目がいった。やっぱりあそこに描かれているのは不思議空間で出会ったシャーリーレインに似ていた。


「この絵が気になるのか。」

「はい。」


私の視線が絵に向いているのがわかったのだろう王様の言葉に私は頷いた。

私の言葉に周りの貴族から「無礼だ」という声が聞こえた。


「この絵はこの国を守護する精霊を模して描かれたものだ。」


どうやらシャーリーレインではないらしい。

絵のことはどうでもいいとばかりに王様は少し低いよく通る声で、


「さて、一か月の期間が過ぎた。報告を聞こう。」


さてどう料理してくれようとばかりに足と腕を組み私を品定めするかのような王様にイルシオが顔を上げ、ここにいる全員に聞こえるように声をだした。


「結果として彼女は我々と同じ人間ではないということが判明しました。」


イルシオの言葉の意味を貴族達はどういうことかと隣通しでささやき合った。


「まず彼女は前回お伝えしたとおり、魔法を使う際に詠唱を必要としません。そこから彼女とマナの関係を調べた結果。彼女はマナを魔法に変換するための魔力もありませんでした。では彼女の魔法の源は何かと調べると、彼女はマナを体内にため込み魔法として発動することが可能だということがわかりました。それにより魔法を使いすぎると体内のマナがなくなり彼女は倒れます。これは我々人間と違い草木などの植物、または魔物など自然に近いものと思われます。」

「なんと!」

「それではその娘は魔物ということか。」

「そんな危険な人物を王宮に留めていたのか。」


イルシオの説明に周りの貴族達のざわめきは大きくなった。

私を見る目はどれも信じられない物をみるようなものだ。


「それで?娘はマナを解決できるのか?」

「まだ断言はできませんが、彼女は少量のマナを体内で膨大にさせることが可能です。」

「それだけではこの国のマナの問題の解決にならんぞ。」


イルシオはどこに持っていたのか荷物の中から漬物石ぐらいの大きな石を取り出した。


「これは王都を守る結界に使われているマナ石です。この石にマナが補充されるには半年ちかくの歳月が必要となります。・・・リサ、触れて見ろ。」


目の前に置かれた大きなマナ石に言われた通り、手を触れた。灰色だった石は見る見るうちに白く変わっていく。

それを見た貴族達からは驚愕の声が聞こえてきた。


「ほぉ。」


王様はこれには予想外だったのか細めていた目が開いた。


「御覧の通り彼女は豊富なマナを持っています。たとえ魔物に近い存在だとしてもこれだけマナを持った個体を私は存じません。むしろこれだけのマナを持つ彼女は精霊に近いと思われます。マナの解決に向けてはこれから彼女の協力を得ながら進めていきたいと思います。」


それだけ言うとイルシオは話は終わったとばかりに口を閉ざした。イルシオの言葉に貴族達はひそひそと言葉を交わしている。

王様はすこし考え込んだ後、イルシオに向けていた目を私に移し、


「して娘。・・・貴女は精霊か?」


以前と同じ言葉を口にした。

私を見透かすような濃い紫の目に見つめられ私は怖気づく。

周りの視線が私に集中するのを感じる。

隣のイルシオに視線を向ければ「お前の好きなように答えろ」とささやかれた。

団長さんはただ黙って頷いた。

そこに以前と違うものを感じた私は、


「私は精霊ではありません。」


と以前と同じ言葉を口にした。けれど以前と違いその声ははっきりと部屋の中に響いた。

私の言葉に周りの貴族達が瞬時にざわめいた。


「けれど、私は精霊に願われてこの世界に来ました。もうマナの事も精霊の事も見過ごすことはできません。私に出来ることをやろうと思います。」


王様を真っ直ぐ見てそう答えた私。王様からも視線が帰ってくる。しばしの沈黙。

先に動いたのは王様。


「では其方に何ができる?」

「えっ?」

「人間とは違う。精霊に呼ばれて来た。やれることはやる。口だけではなんとでも言えよう。マナ石の件で其方が使えることは分かった。しかしそれだけではここにいる全員は納得できぬぞ。」


ええぇぇぇ!そんなこと言われても・・・何をしたら王様は納得する?

なんかあるかなと考え込んでいると、違うところから声があがった。


「陛下。我々はマナ石のマナを補充できるその娘の有用性は理解しました。しかし、精霊召喚における失敗の責についてはどのようにお考えですか?」


声の主は王様の近くに居た身なりが他の人よりよさそうで髪に白いものが混じった初老の男性だった。


「マナの枯渇を防ぐために精霊召喚を行うと聞かされ了承いたしましたが、実際には精霊は召喚されませんでした。それなのに三番隊の隊長にお咎めがないのは如何なことかと思いますが。」


男性はイルシオを貶めるように見た。

王様は男性の言葉に深く息を吐いた。その顔は面倒なことを語っていた。

王様はイルシオを処分するつもりはないのかもしれない。

けれど男性の言葉に周りの貴族達のうち何人かは頷いているのが見えた。

これはもしかしてイルシオが国外追放とかになってしまう流れ?

それは困る。でも私にはそれを阻止できる切り札がない。

いや、ここはあれか。シャーリーレインの話を出すところか。

精霊と関わっていることがわかれば王様も貴族達も納得するのでは・・・


ポンッ


『リサ、呼んだー?』

「えっ?」


場違いなほど暢気な声は私の前から聞こえた。羽を背中から生やした手のひらサイズの小さな子ども。

透けるような金の髪。同じような輝く金の瞳はシャーリーレインと同じに見えた。

団長さんもイルシオも目を見開き息を飲む音が聞こえた。王様も驚きの顔をしているのが見え、周りからは精霊という単語が聞こえた。


「せ、精霊さん?」

『うん。リサ、何か困ってる?』

「えっと・・・」


困ってるといえば困ってるんだけど、突然の精霊の出現に戸惑ってる方が大きい。

可愛く首を傾げながら精霊さんは、


『んー、ここの人間達消したらいい?』

「!?だ、ダメ!」


可愛い顔をしてなんてことを言うんだ。


『リサが困ってるのにー?』

「私が困ってるから来てくれたんだね。ありがとう。」


私がそういうと精霊は嬉しそうに微笑み、横のイルシオを見ると、


『君が精霊召喚をした人?シャーリーレイン様が精霊召喚に応えれなくてごめんねって言ってた。あとリサのことよろしくって。』

「シャーリーレインだと?」


精霊はしまったという顔をするとポンッと音を立てて消えた。

あ、消えちゃった。聞きたいことあったのに。


「娘、今のは精霊か。どのようにして呼んだ。」

「えっと・・・わかりません。」


王様に身を乗り出さん勢いで聞かれたけど、正直私にもなんで精霊が姿を見せたのかわからない。

それまで無言を貫いていた団長さんが顔をあげると、


「陛下、今のでリサが精霊と関わりがあること、ファルマス隊長が実行した精霊召喚が精霊による不都合があったことがお分かりになっていただけたでしょうか。」

「・・・あぁ、そうだな。」


それからお前はどうだと言わんばかりにさきほどの初老の男性に顔を向けた。

男性は一瞬不満そうに口を摘むんだが、


「えぇそうですな。精霊召喚が精霊側によってそこの娘をよこしたのであれば、ファルマス隊長にはなんの落ち度もございませんな。」


納得したようなことを言っているが、その表情は逆だ。

言質が取れたことに満足した王様は広間にいる全員にむけて、


「全員、その目で見たな。この二十年姿を見せなかった精霊がこの娘によって姿を現した。これがどういうことかわかるな。」


王様の言葉に周りの貴族達は姿勢を正した。


「娘の身柄は引き続き、王宮と魔法師団が預かる。それでよいなワンダー。」

「はっ。陛下の仰せのままに。」


団長さんは座ったまま右手を左肩に添えて頭を垂れた。



その後、王様の言葉でこの場は解散となった。

最初に王様が護衛を連れて出ていくと、それに続いて周りにいた貴族達も広間を出て行った。

部屋を出ていく貴族達はそれぞれ私に目を向けてから出て行った。その視線にはさまざまなものが含まれており、いい気分はしなかった。

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