第11話 サーラから見たリサ
私はサーラ。タイバニル男爵家の娘。
学院を卒業して16の頃から叔母の伝手で侍女として王宮に仕えている。
学院時代の友人達が夜会やお茶会と社交に忙しくしている中、私は王宮で侍女としての地位を確立させていった。
少し吊り上がった目に何事にもきっちりしすぎる性格のせいか周りからは氷の女などと陰で言われていた。3年、4年も過ぎると結婚のためと同僚が次々に辞めていったけれど、私にはそのような浮いた話は一つもなかった。私はそれでも構わなかった。
男爵家として一応貴族に名を連ねているけれど、領地持ちでもなく、家には私の下に4人の弟妹。裕福な家庭ではないため弟妹達を貴族として成人させるためには私が王宮に勤めている方がよかったのだ。
一番下の妹が成人した時には私も26才。完全な売れ残りとなった。この年でできる結婚と言えば後妻しかなく、後は愛人として余裕のある男性貴族に媚びを売るしかないのだが、そんなことをするぐらいなら一生独身でいた方がマシだと思えた。
侍女として王宮内での地位もあり、陛下の覚えもめでたい。
今の陛下が即位されて3年。
年々懸念されていたマナの問題を解決するために精霊の召喚が実施されることとなった。
私は幼いころに出会った精霊を思い出して精霊召喚の報告を心待ちにしていたのだが、召喚当日、大きなマナの流れを感じながらもなかなか召喚成功の報告は届かなかった。
その日の夕刻、王宮内に居た貴族達が緊急招集された後、陛下直々に呼び出された私は執務室で、
「長年王宮に勤めてくれている貴女を見込んで頼みたい。本日、召喚式が実施されているのは知っているな?」
「はい。」
「その際、召喚されたのは精霊ではなく一人の娘だ。魔法師団所属ファルマスの話では精霊に関係する娘とのことだ。精霊の客人として王宮で保護しようと思う。貴女にはその娘の世話を頼みたい。」
召喚されたのが精霊ではなく一人の少女だということに驚きが隠せないけれど、陛下のご命令とあればお受けする以外の選択肢はあり得なかった。
「その任、確かに承りました。」
「あぁ、頼む。」
陛下の執務室を出た私はその足で精霊の客人が居るという魔法師団三番隊隊長ファルマス様の部屋へと向かった。
初めてお会いしたリサ様はごく普通の娘に見えとても精霊と関係があるようには思えなかった。
王宮内の説明をしながら客室へと向かい、途中で捕まえた女中に一人分の食事を用意させた。
部屋で食事されるリサ様は明らかに食事が口に合わない表情をされた。陛下と同じ食事だと伝えると驚きの表情をされたが、それがどういう意味なのか言葉からはわからなかった。
湯浴みの際も一人でできると女中の介添えも断ることから、私の中でリサ様は高貴なお生まれではないのではないかと思い至った。
翌朝の食事も前日同様眉根を寄せられていた。
食事後、魔法師団にお送りする際に呼び出しの魔法道具を手渡した。貴族の令嬢であれば、お茶を要望するとき等で一日に何度も呼び出されるのだけれど、リサ様が私を呼び出したのはお昼の用意と部屋に戻る際の二度のみ。
ファルマス様より魔法の使いすぎで二度倒れたと聞かされ、部屋に戻られてまた眠られるリサ様を見て、子供のように魔法の使いすぎで倒れるような方が精霊と関係があるようには見えないのに、何故仕えなければいけないのかと思ってしまった。
けれどこれは陛下のご命令だと自分に言い聞かせることにした。
食事後、リサ様に調理場に立ち入りたいと申されたので、陛下のお時間をいただきこれまでのリサ様の報告も兼ねてお話しさせていただいた。
「ほぉ、調理場に。あの娘は料理人かなにかなのか?」
「いえ、本人は違うと申されていました。学生のようです。」
「ほぉ、学院に通っていたのか。」
「それが貴族の学院か平民の学院かは判断できかねます。」
私の中ではおそらく後者と判断している。
「まぁよい。ただの娘に何かできるとは思えん。好きにさせろ。」
「畏まりました。」
翌日、早速リサ様を調理場へと案内した。調理場を見たリサ様はとても驚いた様子。
料理長には前もって話を通しておきましたが、当然のことながら良い顔をされませんでした。むしろ嫌悪をむき出しにされているようです。それは他の料理人も一緒のようでした。
それもそうでしょう。調理場は料理人にとって神聖な場所です。何も知らない娘が土足で踏み込んでいい場所ではないのです。
リサ様は知っている物があれば作り方をお教えすると申していましたが、料理人が聞くとは思えません。
ここの料理人はみな選ばれた方達です。彼らが知らない料理があるとは思えません。
その中、リサ様は食材を見せてほしいと申して1人の料理人が渋々食料庫に案内しました。
「わぁ、知らない物ばかり。」
と感激の声を上げるリサ様に付き添った料理人は呆れた顔をしてみせました。
ここには国内だけでなく、交友関係のある他国からの食材もあるのです。
一般人だと言うリサ様が知らない物があって当然でしょう。
リサ様は食材を見ながら「あ、これサラダに出てきたトマトぽいやつ、こっちはじゃがいも?これはもしかしてレモン?」と全然違う名前を並べていきました。
食材を一通り見たリサ様は、次に調味料を見せてほしいと申されましたが、それは料理人に却下されました。
何もしらない娘に神聖な調理場を荒らされたくないのでしょう。
断られたリサ様は料理人にサラダの話をされまさした。
ドレッシングがかかっていないのは何故か?と。サラダは野菜をそのまま食べる料理ですから何かをかけるのは有り得ないことです。
サラダを苦手とする子どもが多いのは確かですが、リサ様はサラダに何かをかけるものと思っているのでしょうか?
次にリサ様は料理人に深い器と卵、油、塩と先ほどリサ様がレモンと呼ばれたリーコンの果実を用意させました。
これらで何をするのかと見ていると、
「えっ?アワダテキないの?」
と焦ったご様子。アワダテキとは何のことでしょう。
リサ様は仕方ないと代わりにフォークを二本を手にしました。
器に卵の黄身の部分だけを器用に入れ、塩を少しとリーコンの果実を包丁で半分に切ると、絞って汁だけを器に入れました。
リサ様が包丁が使えることに料理人も私も驚きました。
そして油を少しづつ入れ、器用にフォークを二本持つと混ぜはじめました。
それを横で見ていた料理人は再び驚いた顔をしたのち料理長を呼びに行ったではありませんか。
呼ばれた料理長は不機嫌を隠そうとせずやってきましたが、リサ様が作っているものを見て先ほどの料理人と同じ様に驚いてみせました。
リサ様は混ぜるのをやめると、料理人と料理長に味見させました。味見をした2人は目がこぼれ落ちるほど見開き、過程を見ていない料理長はリサ様に質問をされました。
あの気難しい料理長が最初と打って変わってリサ様に丁寧に話される姿に驚き、私はリサ様が何を作ったのか気になって仕方ありません。
「これはマヨネーズです。サラダにかけると美味しいですし、他の料理にも使えますよ。」
初めて聞く名前です。何故リサ様はマヨネーズという物を知っているのでしょうか。
それを聞いた料理長は他にどんな物を知っているのかリサ様に尋ねられました。
しかし、ファルマス様が許したリサ様の自由時間はお昼の鐘が鳴るまで。私に時間の確認をされるリサ様にまだ大丈夫とお伝えすると料理長の時間は大丈夫かと確認されました。
料理長の立場を考え気遣うことができるリサ様に驚きました。
あら、私、先ほどから驚いてばかりではありませんか?
どうやらリサ様は私の予想とは違う方なのかもしれませんね。
それに気づいた私はリサ様のことを判断するには時期尚早なのかもしれないも思いました。
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