第10話 医務室と食事事情

鐘の音で目が覚めた。

少し寝たおかげで体調は戻っているように感じた。

けど、ここはどこだろう。初めて見る部屋だ。


「あら、気付かれました?」


声の方に振り向けば白衣を着た赤い髪を縦ロールにした美人さんが居た。

艶めいた髪と同じ色の唇に色情を感じさせる青い目、色気溢れる雰囲気に同性でもドキドキする。

周りにはいくつものベッドが置いてあるが、美人さんには不釣り合いな場所に見えた。


「あなた、ご自分が倒れたのを覚えていまして?」

「はい。」


魔法の使いすぎで倒れて騎士の人にお姫様抱っこされた記憶がある。

ううっ、思い出すと恥ずかしい。

あの時、医務室に連れて行くと言っていたから、ここは医務室なのかな。

となると目の前の美人さんは看護士さん?


「あなた、魔法師団の人間でしょ。王宮に勤める魔法師団の人間が魔法の使い過ぎで倒れるなんて情けなくありませんの?」

「ううっ、ごめんなさい。」


自分がどれだけ魔法が使えるかまだ把握出来てないんです。


「しかも騎士団の人間に運ばれてくるなんて。あなたには魔法師団としての誇りはありませんの?」


運ばれたのは不可抗力なんだけど、看護士さんは呆れて物も言えないとばかりに首を振った。


「全く近頃の魔法師ときたら頭でっかちなだけで大して魔法が使えない者ばかり。少しはファルマス様を見習ってほしいですわね。」

「ファルマスってイルシオのこと?」


確かそんな名前だったよね?

私の言葉に看護士さんはキッと睨みつけ、


「あなた!ファルマス様を名前で呼ぶばかりか呼び捨てにするなんて何様よ!」


おおぅ。イルシオってそんなに偉い人だったの?


「ファルマス様は侯爵家の嫡男で魔法師団三番隊の隊長を務めていらっしゃいますけど、その実力は魔法師団団長に匹敵するほどですのよ!そんな方を呼び捨てにするなんてあなた!ご自分の立場わかっていらして?」


おおぅ、美人さんに指を突きつけられて一気にまくし立てられるなんて人生初だわ。

それにしてもイルシオって貴族なんだ。いつも偉そうにしてるもんね。なんか納得。


「あなた、どこの家の者よ。ファルマス様を呼び捨てにするのですからさぞ名のある名家なのでしょうね。」


私を見下ろすその目には明らかに侮蔑が混じって見えた。

恋愛経験の少ない私にもわかるが、この美人さんはイルシオに好意を持っているんだろうな。だからイルシオを呼び捨てにした私が許せないのだろう。

あのイルシオのどこがいいんだ?顔か?権力か?


ガチャッ


「うちの者がこちらに運ばれたと聞いたのだが・・・。」


美人さんの怖い睨みに耐えていると音を立てて扉が開いたかと思うと、


「まあっ、ファルマス様ではありませんか!」


噂のイルシオがやってきた。

さっきとは打って変わって看護士さんの声が1オクターブ高くなった。

イルシオは部屋を見渡して私を見つけるとカツカツと足音を鳴らして私の側に来ると、


「この馬鹿が!いつになっても戻ってこないから訓練場に行けば姿もない、周りの人間に聞けば騎士団の連中に運ばれたと言うし何をやっているんだ!」


カッチーン

なんで私が怒鳴られないといけないの?


「イルシオの言う通りに魔法の特訓してたのよ!自分がどれだけ魔法が使えるかなんて、まだ慣れてないんだから仕方ないでしょ!運ばれたのだって私には予想外よ!」


誰が好き好んで倒れるものか!お姫様抱っことかあんな執着プレイ出きることなら回避したいわ!


「まあまあ、ファルマス様。彼女は一応病人ですわ。」


おおぅ、美人さんさっきとは全然態度が違うじゃないか。

とんだ猫被りだ。


「コートムオル嬢、迷惑をかけた。」

「いえ、これがわたくしの仕事ですから。」

「リサ、動けるなら戻るぞ。」


一応、私倒れたんだけどなー。

ま、寝たから動けるようにはなったけどさ。大丈夫か?の一言くらいあってもいいんじゃないの?

イルシオには優しさのかけらも見えない。ここまで運んでくれた騎士の人とは大違いだ。


私がベッドから降りるのを見るとイルシオは看護師さんに「世話になった」と告げて部屋を出た。

私も一応「ありがとうございました」と言うと看護師さんは、


「うふふ、お大事にですわ。」


その顔は笑顔なのに薄ら寒く感じるのは私だけだろうか。




医務室を出て、廊下を歩いている時のこと、


「まったく、使える属性が多くともすぐに倒れるのは問題だな。なんとかならないか?」


そんなの私が知りたい。

そこで私はステータス画面のことを聞くことにした。


「ふむ。状態が一目で分かるものか。それは魔法道具(マジックアイテム)、四番隊の管轄だな。」


やっぱりステータス画面の魔法はないみたいだ。残念。

その時、タイミング悪くお腹がぐーっと鳴った。


「なんだ、腹が空いているのか。・・・あぁ、先ほど昼の鐘が鳴ったところだったな。」


さっきの鐘の音はお昼の合図だったんだ。


「食堂・・・いや、部屋に運ばせよう。サーラを呼べ。」


指輪に魔力を込めてサーラを呼び出し、お昼の用意をお願いした。

そして少ししたらイルシオの部屋にお昼が運ばれた。

メイドさんがテーブルに料理を並べるのを私がまったをかけた。


「なんだ?」

「いやいや、こんな埃っぽいところでご飯とか嫌でしょ。」

「はっ?そんなもん気にするのか」


えー、埃気にならないの?

私も綺麗好きってわけではないけど、この部屋の埃はひどいよ?

指でツーって拭くと線が出来るよ。

あら、こんなにも埃が。って意地悪継母みたいなことできちゃうよ。


「ったく、めんどくさい。・・・《我、求めるはそよぐ風と清らかな水の恩恵。その力もって清めることを願わん》・・・シェワング」


イルシオが手をかざすと、埃っぽかったテーブルが一瞬でピカピカになった。


「何、今の?」


綺麗になったテーブルにメイドさんが今度こそ料理を並べていった。


「洗浄の魔法だ。水と風を合わせてできる。」

「へー、属性を合わせた魔法かー、私もできるかなー。」

「やめておけ。倒れたばかりなのを忘れたか。」


忘れてないけど、単体じゃなくて合体魔法とか気になるじゃん。




お昼は四角いパンに野菜が挟まれたいわゆるサンドイッチとスープ。デザートにオレンジっぽい果物。

サンドイッチにマヨネーズがあると嬉しいんだけどなー。

あとパンが固いのも残念。

イルシオは平然と食べているので、やはりこれがこの世界の普通の食事なんだと認識する。

この世界の料理事情は意外に遅れているのかもしれない。




お昼を食べてからは隣の部屋で魔法を使うことになった。

外でやってもマナの反応が変わらなかったことと、また勝手に倒れても面倒だかららしい。

私だって好きで倒れてるわけじゃないのに!解せぬ。


イルシオが言うにはいろいろ試すにしても私の魔法の力が弱すぎて参考にならないらしい。

なので私は力をつけることを最優先とされた。

けど、薄暗い部屋に1人きりで魔法を使うのは気が滅入るし、ただ魔法を使ってるだけで力が増えているのかがわからない。成果が見えないと達成感が得られない。

やっぱりステータス画面がほしい。


イルシオは隣の部屋で自分の仕事をしては、たまに私の様子を見に来た。

二回目見に来た時にまた私が倒れてたので、回復次第、今日は帰って休めと言われた。

サーラに迎えに来てもらって客室に戻った。


今日は二回も倒れたからか夕食の時間までまた眠った。

サーラに起こされるとメイドさんが夕食を運んでくるところだった。


今日のスープはミルク煮だった。ミルクでまろやかになっていて昨日よりは食べやすかったけれど、

やっぱり味が薄いなと感じた。

ヘルシーな料理に私はそのうち痩せれるんじゃないかと思う。

ううっ、日本食が食べたい・・・。


「リサ様、本日の料理はいかがでしたか?」


完食すると食器を片付けながらサーラが声をかけてきた。


「えっと・・・はい。おいしかったです。」


作ってもらってる以上、文句は言えない。自分で作らないのに文句を言えばお母さんに雷を落とされる。


「その割にはお顔が優れませんでしたが?」


おおぅ、顔に出てた?


「・・・リサ様、正当な評価を頂けないことには使用人の向上に繋がりません。リサ様がこれまでどのような生活をされてきたのか我々にはわかりかねます。我々は陛下の命でリサ様には不都合のない生活をさせるように言われております。もし何かございますのでしたらはっきり申し上げていただかないことには我々は陛下の命に沿えることが叶いません。」


王様が命令するぐらい私、優遇されてるの?恐れ多いわ。

いや、確かに食生活に不満はあるけど、他の事に関してはここまでしてもらって申し訳ない気持ちがあるから、トータルプラマイゼロみたいな。だから食事ぐらい我慢しようかなと。郷に入れば郷に従えって言うし。

でももし、食事に関して口が出せるなら改善することができる?これってもしかしてチャンスなんじゃない?


「じゃぁ、あの・・・私が調理場に行くことってできますか?」


私の言葉に表情をあまり変えないサーラが怪訝な顔をしてみせた。


「リサ様が直接、料理人に評価を伝えるのですか?申し訳ありませんがそれは私の仕事ですのでリサ様が直接料理人に伝えるのは控えていただきたく思います。」

「えっと、そうじゃなくて・・・どんな食材があるのか直接見たいなって思ったんです。後、調味料も。もし私が知ってる物があったらその場で教えることもできるし、実際作ってみせることもできると思うんです。」

「リサ様が料理をされるのですか?リサ様は料理人なのでしょうか?」

「えっ、違います。私は普通の一般人です。ただの学生です。」


一人暮らしをしていたから家事は一通りできるけど、ご飯は一般的な物しか作れない。


「・・・わかりました。調理場への立ち入りを陛下にご相談させていただきます。」

「よろしくお願いします。」




翌朝、朝食の後、


「リサ様、陛下より調理場への立ち入りの許可をいただきました。」


おおっ、さすがサーラ、キャリアウーマンは仕事が早い


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