十一、背水乃陣
アマチュア無線での受信、つまり傍受傍聴とは、他人様(ひとさま)の交信をひたすら聴くだけである。今仕事からの帰りだ、これから帰る、道が混んでいる、学校の中間試験が終わった、あのセンコーがどうだ。交信といったところでなにも重要な話などはない。ホントに他愛もない、どうでもいいおしゃべりにすぎない。でも、他人の生活や会話をのぞき見しているほど面白いものもない。当時は個人情報保護という考え方や価値観が全く低くて、あらゆる個人情報がダダ漏れであるにも関わらず、みながそれを楽しんでいるようなところも少なからずあった。
今でこそ世界中のほとんどの人が携帯電話やスマートフォンを持つようになり、それに伴って、電話で話した相手が誰だとか、勝手に携帯を見るなとかで人間関係の問題が起きたり事件に発展することもよく聞く。しかし、三十年前のアマチュア無線の世界にはプライバシーなんてものはなかった。コールサインも雑誌の付録として氏名や住所、電話番号や勤務先とともに公表されていたし、公表することが当然という空気があった。
ところで、当初は傍受傍聴するだけで結構満足していたが、半月もすると自分も誰かと交信したくなってきた。交信するためには誰か相手がいないといけない。しかし、わたしが交信できる知り合いといえば身内のいとこ達や父だけである。無線機のスピーカーから聞こえてくる、男子高校生達とおぼしき若くはつらつとした張りのある声に何よりも反応したのは当然で、自分と歳の近い「男子」としゃべって友達になりたいと、思春期真っ只中にいる十四歳の女子が思うのも無理はない。
そこで、その十四歳の女子は誰と最初に交信しようかと考えた。知らない人の交信にいきなり割り込むことはそもそも失礼に当たる。そこで、アマチュア無線では誰かと交信したいときに、
「CQ、CQ、CQ。こちら、(コールサイン)、どうぞ。」
と言って呼びかける出会いのための周波数がある。もちろん、コールサインで既存の知り合いを呼び出す時にもこの周波数を用いるのであるが、新しい出会いを求める場合にこの「CQ」を使うのである。「誰か私と交信してくれる人いませんかー、誰でもいいので返事してくださーい!!」という感じである。
わたしは、傍受傍聴する周波数を、この出会いの周波数に注目した。自分がそこで誰かからのCQに応えてもいいわけだ。何日か、いろんな人のCQを聞き続けた。その中で、ある日、わたしは何度も耳にするかっこいい声を見つけた。そして、この人のCQに応えてみようかなと思った。でも、父以外とは誰とも交信したことがないからゆえ、マイクを握って自分から応答する勇気もない。しばらくは様子を見てみようかと、そんなこんなで幾ばくかの日が過ぎた。
一週間ほど経った頃、そろそろ応答してみてもいいんじゃない?とポジティブなわたしは自分に言った。何度もマイクを口に持ってきては指が震えてマイクのボタンが押せない。ドキドキする。心臓の鼓動が早くなる。そして諦める、を繰り返した。
あー、やっぱりだめだ。恥ずかしい。
ただの、弱っちでノミの心臓なヤツである。そんなんだからいつまで経っても交信なんかできっこない。
交信して友達になりたいんでしょ!やるしかないでしょ!!
ある日曜日の昼下がり、ポジティブなわたしは更に自分に言い聞かせた。
応えられないんなら、自分からCQ言やーいいじゃん!!(怒)
そうだった、その方法があったな。かっこいい声の人のあとに続いてCQ言ったら聞いてくれてるかもしれない。
よし!CQ出してみよう。
と、こんな感じで覚悟を決めた。それでもすぐにはマイクのボタンを押せずに20~30分は悶々とし、その間もかっこいい声の人は他の人のCQに応えていたり自分からCQを出したりしていた。しばらくすると、かっこいい声の人の声が聞こえなくなった。
あー、この声の人なんだけどなー。
あれ?言わなくなったぞ?
あれー?席離れた?
あんれー?今日はもしかして終わった?
逆にわたしはここがチャンスと思った。少しはドキドキせずにCQ言えるかもしれない。よし、言おう!言っちゃおう!今しかない!
もう、清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気を振り絞る。背水乃陣を敷くとはこのことか。もう、あとはない。でもドキドキする。むしろドキドキが止まらない。心臓がバックバクする。腕全体が指先まで緊張しすぎて感覚がおかしい。
今だ!言っちゃえ!!
「し、CQ、CQ、CQ、こちらJF4xxx、よろしくお願いします。どうぞ」
声も震えた。でも言えた!
とほっとしたのもつかの間、わたしは耳を疑った。すぐさま応答する声が無線機のスピーカーから聞こえてきた。
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