九、中途半端
わたしの母は新設の私立高校の家政科を出た後、遠縁がやっていた洋裁学校で学んだ。洋裁だけでなく、刺繍、レース編み、手編み、機械編みなど幅広く学んだため手作りはお手もので、わたしが幼い頃から服を縫ってくれたりセーターや帽子を編んでくれたりした。
そんな母の影響もあってか中学生の時の愛読雑誌は『ピチ』。小学校高学年から中学生向きの簡単なソーイング、フェルトの縫いぐるみや、編み物、ファッション、ダイエット特集などを隔月で発行していた雑誌である。そして、家にはもちろん足踏みミシンがあるにもかかわらず自分のミシンが欲しくなり、当時の最新式家庭用ミシンを半分父に出してもらって買ったのが中学二年生だった。近所のスーパー「イズミ」にある手芸店はわたしにとって天国のような場所で、多種多様な生地に始まり、裁縫道具の数々、彩り豊かな縫い糸や刺繍糸、刺繍キットなど、少ないお小遣いでも買えるものを少しずつ買い足していった。
編み物に関してはちょっと苦手意識から手をつけていなかったが、高校生の頃には縫い物に飽きてきたこともあって、母の編み針を借りて少しずつ練習していった。「基礎の基礎」という本を買い、編み図とめちゃくちゃ睨めっこして初めてのメリヤス編みに挑戦した。わたしのそれは編み目がなぜかねじれていて、本のような綺麗な編み目模様にならない。何が違うのか、どうしたら本の図と同じになるのか。うーん、うーんと首を傾げて頭を悩ませているわたしに、母は「ちょっと貸してごらん、こうするんよ」と余裕かくしゃくで手出ししようとする。「もー、お母さん、ええんじゃ。あたしは自分でやるんじゃから!」反抗期真っただ中の娘はそんなことにさえ反発していた。今考えると、たくさん時間があるこの時、素直にいろいろ教えてもらっとけばよかったのに。
ちなみに今、七十代の母は一昨年に白内障の手術を済ませて縫い針の穴もよく見えるようになったため、新型コロナウイルス対策のマスクを縫うのに毎日忙しい。
わたしが縫い物や編み物をするたびに「ありゃあ、下手くそじゃなあ、ぶきっちょじゃなぁ」という母の口癖を何度聞いたことかわからない。母からすれば、わたしは訳わからないものをチマチマと作っていたのだろうが、それでも家庭科の成績は一応5だったんですけれど。
話は編み物に戻り、高校一年生の秋、わたしはいきなりセーターを編むことにした。とりあえず自分のを編んでみよう。後ろ身頃から編み始めると書いてある。編み方の力加減が分からず、裾の方はギュウギュウに目の詰まったものになって、背中や肩を編む頃にやっと綺麗に編めるようになっていた。
次は前見頃。普通に全体が綺麗に編めた。模様編みもなんとかできた。しかし前見頃と比べて後ろ身頃の丈が短すぎる。こうなると後ろ見頃はほどいて編み直すしかない。
編み直そうと思ったものの、わたしの普段は学校の勉強、放課後は弓道部、家に帰って宿題、夜はドラマや音楽番組、ラジオの深夜放送を楽しみ、土日は弓道部で仲良くなった子と岡山に服を買いに行ったり、映画を見に行ったり、月一から二回くらいは一人でスケートをしに行く。デートのお誘いも多少はあるし、部活の先輩の家に集まっての飲み会〈もう時効ですかね〉にも参加しないといけないし、それにたまには弓道の試合もあるから、出かけることが多い。現役高校生のわたしは毎日が楽して忙しくて仕方がない。いつしか、独学でなおかつ自力でセーターを完成させることはハードルが高く感じるようになり、途中やめでほっぽりだしてしまった。
いきなりセーターから編むのなんか無理じゃな。もう、編み物は当分ええわ。
どうにかしないといけないのは分かっていながらも、完成の必要性や期限に迫られていないものはおのずと優先順位も低くなる。両袖のない中途半端な編みかけセーターの残骸は毛糸玉を入れている空箱の中に押しやられ、いつしかその存在すら忘れてしまった。
ハムとセーター 那紀福(なきふく) @nakifuku
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