第三章 四十八歳

七、合縁奇縁

私はまだコウジとの出会いのきっかけについて書けていない。セーターのことも言及できていない。もちろん、書くつもりだし書かねばならないと思っている。ところが、どうしても先に書かなければならないことが起きた。それも、現在進行形で。


それこそ、コウジとは30年前に終わったものだとわたしは理解していた。わたしがカトリック系のお嬢様学校に通うようになった大学一年生の夏、その別れは突然だった。コウジからの電話で、結婚することになったからと告げられた。わたしはしばし返答に困り、「え?あぁ、そうなん?おめでとう。どこで知り合ったの?職場?そう。それじゃぁ、もう電話はしてこないでくれる?そのほうがいいでしょ。」と精一杯の言葉をどうにかこうにか絞り出した。


コウジに何が起きていたのか、さっぱり理解できない。職場での出会い?なんだそりゃ。そんでもってわたしは何だったんだ。一瞬のうちにわたしの心の中は空っぽになってしまった。それっきり電話はかかってこなくなり、もちろん会うこともなくなった。二人が付き合っていたわけでもなく、男女の仲になったわけでもなかったから、わたしは彼女ヅラすることもできない。ただ二週間に一度ほどの電話がかかってくるのを待つだけの身である。わたしの失恋だけが淡い思い出とともに胸の奥深くに刻まれて、終わりを迎えた。





と思っていた。


わたしはコウジと明日会うことになった。お互いアラフィフを迎えての、実に三十年ぶりの再会。


七年前にmixiのメッセージが突然届き、それはコウジからだった。お久し振りです、覚えてますかくらいのやりとりで終わった。

今回、わたしからコウジにメッセージを送った。ログインパスワードをわざわざ再設定して。コウジから一緒にお酒でも飲もうという話になり、約束したのが先週の火曜日。mixiのメッセージでのやりとりからの、LINE交換。便利な時代になったもんだ。自宅の黒電話か、もしくは「長電話はやめなさいー!!」と母親に叱られて、ガーデンの公衆電話で足首を蚊の大群に刺されながらコウジの声を聞いたあの頃が懐かしい。重い緑色の受話器を10分おきに右、左と持ち替え、その公衆電話ボックスには煌々と蛍光灯が灯り、小さな虫がいやほどまぶれつく。すぐ目の前の国道2号線を走り抜けるトラックの派手なライトと騒音と排気ガスの臭い。その電話ボックスも今は撤去されて駐車スペースとなり跡形すらない。


ここだけの話、実はコウジの声はかっこいいのだ。聞いてるだけで惚れ惚れするほどなのである。ところが、文字だけのやりとりで済んでしまっている今回はまだコウジの声を聞けていない。明日のお楽しみにとっておこう。こんな合縁奇縁、そうそうあるものじゃない。


それから、コウジにどうしても聞きたいことが一つある。あのセーターは着たのか着ていないのか、捨てたのかもしくは捨てられたのか。聞きたくても聞かなかったわたしの意地、もう今なら教えてくれてもいいでしょう。


私の答え合わせは、明日の火曜日。

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