第二章 十七歳

三、自己嫌悪

ハムで知り合ったコウジと最後に会ったのは、かれこれわたしが高校三年生の夏休み前だったと思う。夏休みよりあとだったかもしれないが、春や秋より暑かったのは覚えている。


それまでもコウジとのたまの電話は続いていて、その日の電話は久しぶりにかかってきた。彼は急に、会える?ドライブでも行かない?と聞いてきた。今までに、会うことが目的で電話してきたことなどは一度もなかったから、何かあったのかしら?と勘ぐった。


2、3日後、わたしの家の近くにあるドライブインで待ち合わせた。そう、高校二年生の時、バレンタインに手編みのセーターをプレゼントして渡した、両備ガーデン。今はOKAYAMA GARDEN と名前を変えて、おしゃれなカフェやレストラン、蕎麦処と公園になっている。しかし、地元のわたしからしたら、どちらも同じ一緒の『ガーデン』だ。大して変わらない。


今度は隠れてないで、見えるところにいよう。


そう思ってガーデンに着くと、コウジはトヨタのカリーナに乗って、すでに駐車場で待っていた。わたしは鎖骨の少し下あたりがジンと熱くなるのを感じた。車の運転席のコウジと目が合った。


「ごめん待った?早かったね」

「いや、さっき来たとこだよ」

「どこ行く?」

「とりあえず、姫路方面でもいい?」

「うん」


コウジが運転する車に乗るのは二度目だった。彼は20歳になっていた。コウジの横顔を見て、この助手席にはもう決まった乗る相手がいるんだろうなと、なんとなく察知した。しかし、そんなことをストレートに聞くのはお互いはばかられた。


「なんで急に会いたいって?」

「んー、なんとなく、ね。」

「ふーん。ま、いろいろあるよね。」

「自分も?」

「うん、そうかもね」

「そうなん?」


わたしはコウジにそれ以上のことは聞かなかったし、コウジも聞いてこなかった。


コウジはわたしのことをいつも『自分』と言って呼んだ。今日も自分と呼ばれて、でも悪い心地はしない。わたしの知っているいつものコウジがそこにいた。


ちなみに、わたしはコウジのことを苗字にさん付けで呼ぶのがお決まりだった。3つも歳上で出会った時からの呼び方は、コウジが社会人になってからもずっと変わらなかった。


ドライブ中の行きしなは、ただ他愛もないことをお互いに喋った。コウジは仕事のこと、わたしは大学受験のこと、それぞれの近況報告をした。いつもの電話で話すようなことだった。そしてなによりも、コウジと同じ仕事に就きたいと思って受験を考えていた岡山県警のこともいろいろ聞いた。


デートは道中を往復しただけのドライブだった。帰り道、わたしは途中からウトウトと寝てしまった。運転上手なコウジのせいなのか、いろいろ喋っていつもの安心感のせいなのか、それはわからない。でもコウジはそんなわたしに起きろとか責めることもせずひたすら運転してくれた。


「ごめん。寝とった」

「いいよいいよ。自分、疲れてたんでしょ」

「ふー、そうかなぁ。疲れてるつもりはないけど」

「めっちゃ気持ちよさそうに寝てたよ。起こすの悪いくらいに」

「ほんまに?ごめんなさい」


いったん目が覚めてもまだ夢心地で、わたしの頭は何かを考えられるほどではなかった。


ガーデンに着いて、やっと眠気がなくなった。コウジとわたしはまた喋り続けた。何でもいい、喋っていたかった。次はいつ電話で話すとか、いつ会えるとか、そんな野暮なことは聞きたくなかった。いつまでも話していたかった。それは二時間くらい続いた。


「そろそろ、帰る?」

「うん・・・じゃぁ、帰ろっかな」

「自分、今日はありがとう」

「ううん。また電話して」

「わかった」

「じゃあ」


わたしは助手席から降り、手を振ってコウジの車を見送った。


その日、わたしに残ったのは、なんで寝てしまったかな?という自己嫌悪であった。

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