05 冷蔵庫

 目を覚ますとまず視界に入ってきたのは僕の部屋の天井。そしてそのまま頭を横に向けると、僕の机に突っ伏して寝ている如月さんを見つけた。


 如月さんをよく見ると、服に砂や血らしきものがついている。それを見ればあの後どうなったのか、なんとなく見当がつく。


 僕はベッドに寝かされており、服も僕の部屋着に着替えられている。恐らく如月さんが着替えさせてくれたのだろう。というか、僕がベッドで寝ていて、如月さんが机に突っ伏しているという光景に強烈な違和感を覚える。如月さんなら無理にでも布団に入ってきて寝そうなもんなのに、一応布団が汚れるのを気にしてくれているのだろうか。


 時計を見ると、ちょうど12時を回ったところだった。一瞬丸一日寝てしまったのかとぎょっとしたが、窓の外を見ると真っ暗だったのでどうやら12時間ほどらしい……いやそれでもかなり寝ている。久しぶりにこんなに寝た気がする。


「…………」


 飛鳥がいない。


 まあ正直、目覚めた直後から気づいていたが……これは、ただならぬことになっているようだ。お風呂に入っているとか、トイレにいっているとか、そういうこともありうるが、僕の人生はそうそう僕にとって都合良くは進んでくれない。


 まあ、こんなことがあったのだから実家に帰ったという可能性も大いにあるが、とりあえずは如月さんを起こすほかあるまい。


 僕はとりあえずベッドから起き上がろうと左腕を動かそうとする――


「ぐっ、ぅぅ」


 が、強烈な痛みで頭が白む。


 そうだ、僕はあの金属バットの人物に左腕を……。見ると、応急処置が施されており、ハンガーの下の部分を折ったのだろうと推測できる棒が4本、肘を固定するようにタオルやサランラップでガチガチに固められていた。


 部屋を見渡すと、飛鳥のキャリーケースの上にハンガーの残骸が4つ重ねられていた。


 飛鳥のキャリーケース。そうだ、こいつを失念していた。これがあるということは飛鳥はまだこっちにいるということだ。


 僕はまだ重たい頭を覚ますために、それとバスやトイレを確認するために部屋を出る。


 如月さんに訊けばすべてが一発だが、寝ている如月さんの邪魔をしてしまえばどうなるかわからない――というのはやはり建前で、僕は後回しにしている。事実を確認するのを。まるで夏休みの宿題を後回しにする子供のように。


 廊下に出ると、まず住人4人の部屋が見える。いつもはこの時間、忍さんの部屋の明かりはついているが(扉と床の隙間から光が漏れる)、今日は寝ているのか電気が消えていた。残る大学生2人のうちの1人はまだ帰ってきていないらしい。


 僕は静かに階段を降り、リビングの電気をつける。


 冷蔵庫を開け、中身を確認して絶句。それからほぼ無意識で如月さんがいるであろう方向を向いてしまう。


 僕のものだけ、僕が買って冷蔵庫に入れておいたものだけ、全てなくなっている。


 いや――いや、なんで分かるんだあの人……というか、本当に人なのか?


 僕は仕方なくコップに水道水を注ぎ、それを一息に飲み干す。


 左腕や未だに残っている後頭部の痛みと今僕が置かれている状況に圧迫されていて気が付かなかったが、どうやら相当に身体が水分を欲していたらしく、水分が染み渡っていく感覚がわかる。


 僕は一息つき、それから呟く。「さて、これからどうするか……」


 とりあえず、部屋にも戻って如月さんを起こそう。考えるのはそれからだ。如月さんが力を貸してくれたら一番嬉しいのだが、彼女は人助けをなんでも屋という仕事で営んでいる。今回助けてくれたのは完全に気まぐれで、しかもこれきりだと思っておいたほうがいいだろう。もしかしたら後から請求される可能性も多分にある。


 部屋に戻るついでにバスやトイレも確認するが、人がいる気配はない。


 誘拐。その2文字が脳裏に過る。あの2人の人物が連れ去ったと考えてほぼ間違いはないだろう。


 もう夜遅いので、叔父さん叔母さんへ連絡するわけにもいかない。もし飛鳥が向こうにいないなら多大な心配をかけてしまうので、こちらで解決できるならそうしてしまいたい。


 僕は如月さんを起こさないといけないということに若干の憂鬱さを覚えながら自室の扉を開けると、如月さんはもう起きていた。


 起きていたというか、なぜか下着姿でなぜか机の上でなぜかヨガのポーズをしながら、「よう、起きたか」と言った。


「それはこっちのセリフだ」とは、言わなかった。

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