03 威々野飛鳥

 スーパーで買い物を済ませ、僕たちは帰路についていた。買い物をしているうちに雨足がそこそこ強まってしまい、タクシーを捕まえようか本気で迷ったが、ここはやはり学生らしく徒歩で帰ろうということになった。


 僕はなんとなく、隣を歩く飛鳥をぼうっと眺め、叔父さん叔母さんの元で暮らしていた頃と照らし合わせてみる。


 男子三日合わざれば刮目して見よ、という言葉があるが、これは女子にも適用できるだろう。あの頃と比べると身長が明らかに伸びているし、髪の毛も伸ばし続けているのか腰あたりまである。しかし、そのツヤを見るに手入れは一切怠っていないらしい。


 反面、顔立ちは一切変わらない。


 髪の毛が伸びて大人びた雰囲気は確かに感じるが、快活そうな服装も手伝ってか、正直見ようによって余裕で中学生くらいには見える。


 というか、今こいついくつだっけ。やばい、覚えていねえ。


 見られていることに気づいたのか、飛鳥は一瞬だけ怪訝そうな顔をして、すぐににこやかな笑顔を浮べる。世間的に言う『可愛い妹』というのは、こういうやつのことを言うのかもしれない。飽くまで他人事の僕。


「なあ、飛鳥。そういえば今年でいくつになるんだっけ?」


「え……それはもしかして、私が今年で何歳になるかって話?」と、飛鳥は笑顔から一変、眉間にシワを寄せる。


「まさか……まさかとは思うんだけど、まさかおにぃ、わたしの年齢覚えてないの? ということは誕生日も?」


「…………」


「うっそ、信じられない。普通忘れる? そういうこと。わたし、ちゃんとおにぃの誕生日も何歳なのかも覚えてるよ?  毎年おにぃの誕生日には叔父さんと叔母さんとわたしの3人で祝ってるもん。うわー、有り得ない。信じられない」


 それは色々と違うのではなかろうか。せめてその様子を連絡するくらいはしろよ。


 複数人で本人のいない誕生日を祝うというのは……そこはかとなく呪術めいたものを感じてしまうのは僕がズレているせいなのだろうか。僕は暗い部屋の中、僕の名前が書かれたチョコプレートを乗せたショートケーキのロウソクの火を吹き消している3人の姿を思い浮かべ、少しゾッとした。


「冗談だけどね、へへ」


「冗談かよ」


 どこまで本気でどこまで冗談かは分からないが……でも、妹の年齢と誕生日を思い出せない、へっぽこを通り越してクズと呼べる兄は冗談ではない。


「もう……本当に、おにぃは昔から変わらないね」


 飛鳥はどこか遠くを見るようにして、言った。その奥にひそむものは僕には分からない。


「しょうがないなぁ……。いい? わたしは今年18歳で受験生! 誕生日は7月7日のかに座! 血液型はB型、好きな食べ物は、」


「いや、いやもういい」


「むー」


 話が余計なところまで脱線しそうだったので無理やり止めに入る。


 18か……そりゃ、15の頃に比べたら変わるよなぁ。


 こいつのことだろうから、友達もそれなりにいるんだろうし、もしかしたら恋人だっているのかもしれない。それはそれで気になる……興味がないと言ったら嘘になるが、やはり、興味はなかった。


「ちょっとは大人っぽくなったでしょ?」と飛鳥はその場で回りながら言った。ぱしゃぱしゃと濡れた地面を踏む音。ふわりと舞う長い髪。淡い記憶の、フラッシュバック。


「…………そりゃあ、まあなぁ。18で子供っぽかったらそれはそれで問題があるだろ」


「もう……おにぃはそういう言い方しかできない病気でも患ってるのかな?」


「そうかもな、わりと本気で患ってるかも」


「言うの何回目になるか忘れちゃったけど、おにぃは本当に変わらないね。あの頃から時間がピタッと止まってる感じ」


 時間が止まっている。成長もしていなければ、退化さえもしていない。変化がない。


 それは、人としてどうなのだろうか。


 少なくともいいこととは言えないだろう。


 それから他愛のない話をした。


 叔父さん叔母さんはどうしているのか。地元にいる人達は元気にやってるか。去年の文化祭にはそこそこ有名なお笑い芸人がきたとか。この間マカロンを焼いて酷い失敗をしたとか。


 それは、それなりに愉快で楽しい話だった。嘘じゃない。


 まるで僕が止まっていた時間を、失っていた時間をひとつひとつ手繰り寄せて取り戻すような、そんな時間だった。


 しかし、僕はひとつ避けていることがある。


 飛鳥に絶対に訊かなければならない、それを訊かなければ前に進めない、絶対的な疑問が。


 それを訊く前に、僕達は下宿に着いてしまった。


 そしてその下宿の前には、丈の長いレインコートを着た、フードを深々と被っているため顔は分からないが、恐らく男が、片手に金属バットを持って立っていた。

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