第2章 カラメ(トラレ)ル
01 再開
5月2日土曜日。駅前に咲く遅咲きの桜が、花びらを散らしていくのをぼやっと見ながら、僕は駅のロータリーに立っていた。
腕時計を見ると朝の10時、これから遊びに行くのだろう思われる人たちが街の方からぞろぞろと歩いてきている。僕の前を通り過ぎていく人の視線がチラチラと僕に刺さるのを感じるが、まあ仕方ない。僕の顔にはまだ2、3箇所ガーゼが貼られている。
「喉乾いたな」
もう少し時間がかかるかと思い、コーヒーでも買うためにコンビニへ歩き出すのと同時に、ポケットの中のスマホが「オラァ!!!」というセリフを鳴らした。言うまでもなく、ジョジョである。
スマホを取り出し画面を見ると、『妹:ついた~』というバナーが表示されている。
僕はコンビニへ行こうとしていた足を止め、構内の改札口を見る。と、そこに、レース生地の長袖のトップスに、デニム生地のショートパンツを履いた妹がキョロキョロと辺りを見回しているのを発見した。なかなかこちらに気づく気配がないので、スマホを使って『東口』とだけ送信する。
妹はそのスマホと出口の表記を交互に見比べ、それから僕を発見する。
手を振られたが、無視。
「やっほー、おにぃ元気してた? 爽やかな春だっていうのに、相変わらずジメッとしてるねえ」
「うるせえよ。ま、わざわざここまでご苦労さん。
「うん、食べたよ。ほら、家の近くのパン屋さんあるでしょ? おにぃも好きだったとこ。あそこちょっと前に改装して綺麗になってさ、すごくお洒落になったんだよ。味は相変わらず! あ、おにぃは? 食べた?」
久しぶり――約3年ぶりの再開なのだが、こいつこんなに喋るやつだったか……? ま、3年というのは人間変わるのには十分すぎる時間だろう。
「僕も済ませた」僕は短く答える。
他愛のない会話。飛鳥とは特に仲が良いわけではないが、悪いわけでもない。実家……、叔父さん叔母さんの家に住んでいた時のことを思い出し、少し懐かしい気持ちに浸る。
「おにぃ、コンビニに寄っていい?」と、飛鳥がコンビニを指差して言う。
「ああ、僕も寄るつもり」
言って、ちょうど歩き出そうとしたところで飛鳥の髪に桜の花びらがひらひらと舞い落ちてきて着地した。
……まあ、アクセサリーとして悪くはないが、流石に頭に本物の桜の花びらを乗せたままだと愉快な子になってしまうので、ここは兄として取ってやることにする。
「飛鳥、ちょっと止まれ」「おにぃ、ちょっと止まって」
同時だった。お互いの呼称と語尾以外完璧にはもった。
「ん?」「ん?」
またしても。なんだかおかしくなって、顔を見合わせて苦笑い。
「なに、どうしたの?」
「頭」
飛鳥は頭上に疑問符を浮かべながら自分の髪を触る。「何?」と手を見ると、頭にくっついていた桜の花びらがちょうど落ちたのか、薄ピンクの綺麗な花びらがちょこんと乗っかっていた。それを見た飛鳥は一瞬ぽかんとする。
次第に、Oの形で開いていた飛鳥の口がニヤニヤしたものに変わり、同時にその目は、僕の上の何かを見つめていた。
飛鳥がニヤけたままなのでなんとなく気持ち悪くなってくる。「え、何。どうした?」
「いや、それ……」と僕の頭を指差す。
僕はまさかと思い、髪を優しく触り、手をお椀型にして中を覗く。するとそこには桜の花びらが一枚。
横では飛鳥が、偶然の連続がおかしくてたまらないといったふうに「くっくっく」と声を押し殺して笑っていた、
――たった1人の肉親、兄妹か……。どうやら神様は、僕たちの3年ぶりの再開を祝福してくれているようだった。とてもちっぽけだが悪くない、そんな祝福だと思った。
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