02 榎本モノエ
目の前に大量に並んでいる料理やデザートを前に、どれから手をつけようかと長い間悩んでしまう僕は、どうにも中途半端で優柔不断にすぎる。
テーブルの上を占拠するハンバーグや焼き魚、天津飯やドリアその他諸々。和洋折衷というには些か見境がなさすぎるラインナップに対して湧いてくるのは、喜びというよりは呆れの感情に近い。
「どうした、さっさと食べろよ」
目の前にいる女性は、その細身に似合わずガツガツと物凄い勢いで牛丼をかき込んでいる。その様は食事というよりは捕食といったほうがより正しい表現に思えた。
「あの……これは……」
「あん? さっさと食べろってんだ」
あの後、彼女は宣言通り僕を半殺しにした。いや、実際には僕がこうして病院じゃなくファミレスにいて料理を口にできているということは半殺しではないのかもしれないけれど、殴られて必死に痛いのを堪えていた僕からすればそんなことはどうでもいい。彼女は周りの目を気にする素振りも一切なく僕を更に暴行し続け、起き上がることすら、抵抗することすら諦めた頃に僕をいたぶる手を止めた。
ダンゴムシのように(どちらかというと海老か?)丸まる僕を、文字通り無理やり片腕で持ち上げた彼女はまたも唐突に食事を提案してきた。あまりの展開の激しさに頭がうまく回らなかったのもあり咄嗟に「はい」と返事をしてしまい、そのまま流されて今に至る。
並んでいる料理の横に名刺が一枚。白背景に真っ赤な字で「なんでも屋 如月綺羅莉」と書いてある。綺羅莉。きらり……? 仕事用のハンドルネームみたいなものだろうか、だとしてもとてもきらりという感じではないが……。
「私の名前に文句でもあるか?」
「えっ、いえ……」
エスパーか。
「イイバタツジとかいったっけ」
「……威々野龍生です」
「ああ、それだ。お前、なんで殴られたか訊きたいんじゃないのか?」
「はい、いや、でも。如月さんが言っていた僕の女友達っていうのに心当たりがあるのでなんとなく把握できました」
僕の女友達。便宜上友達という呼称を用いているが、この関係は友達ではない。というか友達はこんなゴリラみたいな人間に友達を半殺しにしてくれなんていう無茶苦茶な依頼はしない。
「お前今、ゴリラっつったか?」
「…………」
いちいち僕の思考を読み取るのをやめてもらいたい。
「ま、お前も苦労するな」如月さんはリブロースを二本重ね、大きな口を開けてまとめてむしゃむしゃと食べながら言った。
「ええ、僕ほどの苦労人、同じ大学生ではそうそういないと思いますけど、どうして?」
「どうしてってそりゃ、見ず知らずの人間にボコスコ殴られる時点で相当の苦労人だろ」
普通殴った本人は言わねえよ、それ。
「それに、私に依頼してきた子、別にお前に恨みがあるわけじゃないんだろ? まぁ、なんとなくしか把握してないけどな、大して興味ないし」
如月さんの豪快な食べっぷりを見ながら、如月さんに僕を半殺しにするよう依頼をしたあいつの顔を思い浮かべる。そう、別にあいつとはお互いの中でいざこざがあるわけじゃない。ただ僕とあいつの関係がそうであるだけだ。
喧嘩はしていない、いがみ合ってもいない、憎み合ってもいない。ただ、僕たちは僕たちにとって、純粋に敵同士なのだ。
威々野龍生にとって榎本モノエは敵であり、
榎本モノエにとって威々野龍生は敵である。
なんの捻りもなく、ただそれだけなのだ。
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