第793話 容疑者
ケルビン-ナイトライドの感謝の意をひたすら聞き続け数分後。
やっと気分の落ち着いたケルビン-ナイトライドを拠点の中へと案内する。もし、彼が俺達を敵として見ており、攻撃するのならば既にそうしているだろう。そうしていないとなると…既に疑う余地は無いと言える。まあ、その前から既に疑う余地など無かったが。
「さて。ケルビン-ナイトライドがこちら側の者だという事は、パウンダ家の者達もこちら側ということになるな。」
自己紹介を終えた後、ケルビン-ナイトライドを加えて会議を再開する。会議の最初はヤナシリの言葉で始まった。
「まあ…今思えば、俺達を殺すつもりも無さそうだったし、追手も来なかった。最初から腕試しという考えで動いていたと言われた方が納得出来るくらいだな。」
「まあそうだろうね。イェルム-パウンダはかなりの腕前だからね。本気でやり合えば、いくらシンちゃん達でもそう簡単に逃げ出す事は出来なかっただろうからね。」
スー君がそこまで言うとなると、やはりイェルム-パウンダの実力は相当なものなのだろう。
言うなれば、あれは挨拶程度というところか。
魔界には俺の知らない強者達がまだまだ居そうだ。今回は味方だと分かったから良かったものの、このレベルの相手が魔界にはゴロゴロ居るはずだ。難易度の上昇というのがそれに効いているのかは分からないが…やはり、厳しい状況になっていくのだろうと考えると気が滅入る。
「イェルムとしても、そこのお二人には驚いたと言っておりましたが。お二人とは色々とお話をしたいと言っておりましたな。」
「俺達としても、魔法に関しては色々と聞きたいところではあるが…何やら嫌な予感がするのは俺だけか?」
「その予感は間違っていないと思うよ。魔女族、それも名家の跡取り娘だからね。知的欲求はかなりのものだと思うよ。まあ、そういう欲求が無ければあそこまでの名家にはならなかっただろうし…一族の者達全員が同じようなものだろうね。」
解剖されたりしないだろうか…怖過ぎるのだが…
「ホッホッホッ。そう嫌そうな顔をしないで下さい。確かにイェルムは種族的な特徴を色濃く受け継いでいます。それは間違いありませんが、常識知らずというわけでもありませんからな。名家の跡取りというくらいですから、下手な事はしません。」
楽しそうに笑いながらケルビンがそう言う。
「まあ…心強い者達が手を貸してくれるというのは朗報だな。」
「うむ。しかし、まずは情報の共有からだ。ケルビン-ナイトライドよ。魔王様は現在どのような状況に置かれておるのだ?」
「どうぞ私の事はナイトとお呼び下さい。」
ケルビン…改め、ナイトは深くお辞儀しながらヤナシリや俺達に向けて言う。
「うむ。ではそうさせてもらうとしよう。それで?」
ヤナシリはすんなりとそれを受け入れて、話の先を急かす。
「そうですな…一言で言うならば、
「傀儡とは…そこまで酷いのか?」
「…正直、私には既にどうする事も出来ない状態に有るかと……」
「……四魔将がどうにか出来るのであれば、既に状況は好転しておるだろうからな。」
「……情けない限りです。」
「そう気に病むな。得手不得手というものがあるだろう。聞いた話では、ナイトはそういった類の魔法に関してはあまり得意とは言えないのだろう。」
「確かに私はそういった魔法に関しては不得意としておりますが…魔王様の間近に居ながらこのような状況に陥るまで何も出来なかったというのが情けないのです…」
「……ふむ。そもそも、四魔将が居ながら、何故このような状況になるまで放置されておったのだ?異変が無くいきなりという話でも無いはずだが。」
これまでの話を聞いている限り、魔王がある日突然操り人形にされたという状況ではないはず。ナイトが私はそういった魔法を不得意としていると言った事から、四魔将の中にはそういった魔法に関して得意とする者も居るはずだ。その者が気が付かなったというのはどうにも考え辛い。
「それに関しては……我々四魔将は、魔王様がおかしくなってしまわれるまで、殆どお会いする事が出来なかったのです。」
「どういう事だ?」
「我々四魔将は、戦闘能力が高い為、戦闘では役に立てるものの、政治のような場では殆ど役に立ちません。最近は魔王様の奮闘の結果、魔界の治安もかなり良くなり、我々が魔王様の傍に居る必要が少なくなったのです。
それ故に、魔王様は現在魔界の外で起こっている事象について詳しく調べてくるよう私達に言い付けました。
魔界の外へ出るとなれば、因縁の相手でもある神聖騎士団との接触も増えるでしょう。単身でそのような状況を乗り切る事が出来る者となると、我々のような腕に自信の有る者達が選ばれるのは必然です。
長期間魔界の外へ出る事は殆ど有りませんでしたが、それでも短い期間で何度も魔界を離れておりました故…」
「なるほど…魔界へ戻って来たとしても、直ぐにまた情報を集める為、外へ出ていかなければならなかったと。」
「……はい……」
話を聞いた限り、魔王がおかしくなった事に気が付くのは四魔将には難しかったという事だ。それでも自身に責任を感じているのは、四魔将という地位に在るからだろう。
「そして、気が付いた時にはどうする事も出来ない状態に有ったと…」
「……そういう事です……」
「それで、黒幕は分かっているのか?」
「いえ…ハッキリとは……我々四魔将は、特に警戒されている為、派手に動く事が出来ず…」
「それでイェルム-パウンダと手を組んで情報収集をしようとしたのか。」
「はい……しかし、イェルムについても、最近ではかなり監視の目が強くなっておりましてな…」
今回、ナイトがここへ来られたという事は、まだイェルムとナイトの関係についてハッキリとバレているわけではないのだろう。イェルム-パウンダとナイトの繋がりを、相手側が怪しんでいる…というところだろうか。
「イェルムも派手に動けなくなってしまった以上、情報収集の手が無くなってしまい、どうにか仲間となる者を探さねばと思い…」
ナイトがそこまで言って俺とニルの方を見る。
「例の仕掛けで俺達を選んだ…って事だな。」
「はい。」
「黒幕がハッキリとは分かっていないという事は、ある程度の目星は付いている…ということか?」
「はい。今現在までで分かっている事から考えますと、数人が黒幕の可能性が高い人物として挙げられますな。」
「数人…それは、やはり内部の、しかも高位の者なのか?」
「はい。ここまでの事が出来るとなれば、その時点である程度絞り込めます。その中で怪しいと考えているのは、四魔将の内の誰か…もしくは魔王様の下で動いていた者達の内の誰か…と考えるのが妥当でしょうな。」
四魔将というのは、近衛兵のようなもので、政治の事等は別の者達が側近として働いていた。その者達の事を言っているのだろう。
「我々の予想も同じだ。しかし、それでは特定するにはまだまだ遠いと思うが…?」
ある程度上の者が犯人…というのは少し考えれば分かる事だ。それだけでは情報にはならない。
「はい。ですので、私とイェルムの方で色々と調べましてな。魔王様がおかしくなり始めた頃の事や、それからの事。可能な限り調べたところ、その中でも怪しいのは五人…という事になりました。」
「それは…かなり絞れたな。」
「我々とてただ黙って見ていたわけではありませんからな。一刻も早く魔王様をお救いする為にも…」
「……それで、その五人というのは?」
「一人は四魔将の者であるミガラナ。ウェンディゴ族の男ですな。そしてもう一人。アグトゥス-タナレビ。魔女族の名家の一つであるタナレビ家の者です。」
ウェンディゴ族というのは、、背は小さめ、筋肉質ではあるがデカくはなく、手足が長い。加えて極端な猫背、鹿のような角を持った種族である。
「その五人の中に、四魔将が二人も入ってくるのか…」
「有り得ぬ事だと信じたいところではございますが、我々四魔将が魔界の外にて情報を収集するよう命じられた後、ハッキリとした足取りを掴めていないのです。現状、魔王様を人質に取られている状況ですからな。たとえ四魔将と言えど、少しでも疑わしいのであれば候補に入れるべきかと。
ミガラナについては、元々暗い性格で他人と接点を持ちたがらない者でしてな。それでいながら好戦的な性格もあって、候補に入れました。
アグトゥスについては、魔女族であり、このような魔法についても詳しいはずですからな。魔王様の変化にもっと早く気が付けるはず…と考えての事ですな。」
スー君から聞いていた四魔将の話からすると、四魔将が魔王を裏切るとは思えないが…それは外から見た四魔将の話を聞いた場合という話だ。
実際に四魔将と魔王の間にどれ程の絆が存在しているのかは分からないし、裏切る可能性がゼロではないから、ナイトも候補に入れたはず。
「ふむ……考察やらは後にしよう。まずは他の三人についてだ。」
「分かりました。まず一人目はアザペ-キルモルフという男ですな。魔王様の下で財務関係の事を任さられていた者です。
次はメギヒス-サルタ。この女は魔界内の秩序を保つ為の決め事等を決める役割を担っておりました。
そして最後は、カナナルフ-フリューという男ですな。この者はその他諸々。多くの事を手広く担っておりました。」
三権分立…とは少し違うようだが、近い事をやっていたらしい。
「どの者も一度は名前を聞いた者達だな。」
「それぞれの分野における取りまとめ役。トップに居る者達ですからな。」
「…同じ魔界に住む者として、その中の誰かが黒幕だとした場合、悲しいものだね…」
スー君は眉を八の字にして軽い溜息を吐く。
「…そうですな。私とて疑いたくはないものですが…そうも言っていられませんからな…」
話に聞く魔王は、かなり有能な男のようだし、お陰で魔界もかなり落ち着いたと聞く。そんな男の下に居ながら、このような暴挙に出る者が居るとは、皆考えたくないのだろう。
「それ以外の者達は除外して良いのか?」
ヤナシリとしては、この魔界が故郷になるわけだが…アマゾネス族は長らく魔界外の荒野で生活していた。それもあってか、スー君やナイト程の落ち込みは見せず、切り替えが早い。
「まだハッキリとしていない以上、完全に除外するのは危険かと思われますが…恐らくはこの中の誰か…だと考えております。」
「ふむ…そうなると、手当り次第に情報を集めるより、その五人に絞って情報を集めた方が良いか。」
ヤナシリがテントの外で待っている者に声を掛け、その事を伝えると、情報収集の方向性変更について周知するよう動いてくれる。
「それで…俺達を試してまで仲間に引き入れたという事は、ある程度情報が手に入りそうな場所が有る…と考えて良いんだよな?」
話を聞く限り、仲間を増やすという目的だけでなく、派手に動いてでも情報収集が可能な者。もし戦闘が起きても自身で対処可能な者を探していたという事になるだろう。
つまり、俺達が動いて必要な情報を収集してくる事を願って、あれ程面倒な仕掛けを施したはずだ。
「…はい。」
俺の質問に答えたナイトは、そこからいくつかの候補地を教えてくれた。
どれも候補に挙がっている五人におけるゆかりの地。出身地だったり思い出深い地だったりと様々ではあるが、確実に何か話が聞けるであろう地である事は間違いない。
「…俺達の方で、この地へ赴き、情報を集めて欲しい…という事だよな。」
「…私の方では動けず…」
申し訳なさそうな顔をするナイト。筋肉隆々の男が縮こまっているのを見ると、どうにもギャップが凄すぎて言葉に困る。
「そんな顔をする必要は無いさ。動けないのは仕方が無い事だ。特に、今はイェルムとの繋がりも疑われているところだし、下手に動いて舞台から除外される方が厄介だ。」
ナイトは四魔将の内の一人であり、今後情報を集めるにしても、動くにしても要になる可能性が高い男だ。ここでこの男が退場させられるのは避けなければならない。
「こうしてナイトがここに居るのもかなり危険な状況だからな…すまないが、シンヤの方で情報収集に向かってはくれないか?使える者達ならば連れて行ってくれて構わぬ。」
ヤナシリは全体の指揮を担ってくれているし、ギガス族や鱗人族は護衛としての役割も有る。そもそも、魔界内であまり見ない種族や、追われている最中の種族がここから出るのは危険過ぎる。俺達が動く他無いだろう。
「ああ。分かった。悪いがナナヒ達を借りても良いか?」
「構わぬ。ここには他にも強き者達が居るからな。」
そう言ってヤナシリが視線を向けたのはギガス族の者達。ナナヒ達が居なくとも、この場所くらいは守ってみせるとジェスチャーしてくれる。
「助かる。」
「いや。いつもそんな役回りを押し付けているのはこちらだ。すまぬな……お詫びに、事が終わったならば、我を好きにしても良いぞ?」
そう言って座ったまま腰をくねらせるヤナシリ。
「こんな真面目な場面で、よくそんな事が言えるな…」
ニルさんからの視線が痛いので今直ぐ止めて下さい。
「あっはっはっ!冗談だ!真面目な話で疲れたからな!」
笑い事じゃねぇ…ニルさんの視線が痛い…
「私からも感謝と謝罪を…」
ナイトが俺達に向けて深く頭を下げる。
「気にしないでくれ。俺達が適任だって話なだけだしな。」
「いえ…そもそも、貴方達にとって、この魔界の問題など関係の無い話。私達が不甲斐ないばかりにご迷惑をお掛けてしているのです。この程度…」
こちらが恐縮してしまう程に何度も頭を下げるナイト。四魔将という地位に有りながら、ここまで頭を下げられるのは、本当に凄い事だと思う。
「さてと…話はまとまったし、俺達は俺達で話し合って今後の予定を決めるよ。」
「シンヤ様!少々お待ちを!」
俺が立ち上がり、テントを出ようとすると、ナイトがそれを引き止める。
「どうした?」
「実は、イェルムから伝言を預かっておりまして。」
「イェルムから…?」
「もしも、共に戦う友になれた時には、同行を許して欲しいと。」
「同行って…一緒に来るつもりなのか?」
「そのようです。いかがでしょうか…?」
イェルムの腕前は既に知っているし、共に来てくれるのであれば色々と助かる。ただ…凄く怖い気がする…大丈夫…だよな…?
「わ、分かった。来てくれると助かる。そう伝えてくれ。」
「ありがとうございます。では、そのように伝えておきます。」
ナイトが最後にもう一度頭を深く下げたところで、俺達はテントの外へと出る。
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