第794話 分担
「また情報収集か…」
会議していたテントから出たところで、ついつい思っていた事が口から出てしまう。
「なかなか尻尾が掴めませんね…」
「ああ…ただ、無策で突っ込んで勝てる程甘い相手ではないからな……
しかし、今回の情報収集が上手くいけば、状況は大きく動きそうだ。最後の情報収集だと思って気張っていくとしようか。」
「はい。」
「まずは状況の説明と分担を決めるとしようか。」
今回は全部で五箇所の地を訪れて情報収集しなければならない。俺とニル、スー君だけでは手が足りないし、可能ならば同時に行いたい。そう考えると、五組に別れて調べるのが良いだろう。
という事で、早速パーティ全員を集めてその旨を話す。
「その中に当たりの情報が含まれている可能性が高い…という事ね。」
「そういう事だ。」
「それぞれで別れて向かうならば、二、三人で向かう事になる…という事かしら?」
「ああ。そのつもりで皆に情報を共有しているんだ。」
「そうなりますと…私やお母様は、どちらかというと戦闘よりも潜入の方が良いので、同じ動きが出来るようにして頂けると嬉しいです。」
「ああ。分かった。他にも意見があれば先に言ってくれ。とにかく、まずは情報収集を優先で考えているから、極力危険が少ないようにしなければならないからな。」
「そうなると、私はミガラナの出身地であるウェンディゴ族の街へ向かうのが良さそうだな。」
俺の言葉に反応したのはエフ。
「どうしてだ?」
「ウェンディゴ族は少し特殊な種族でな。あまり他種族の者達と関わりたがらない。好戦的であり、その性格も独特な者が多い。街に入るとなると、街に溶け込むというのは難しいだろう。そうなると、そもそも見付からずに入り込む必要が有る。」
「なるほど…」
種族的な特徴的に、変装して街へ…というのが難しいのだろう。
「そうなると、私が行くのが適任ね。」
そこで手を挙げたのがハイネ。
「お母様…」
心配そうな目を向けるピルテに対し、ハイネは笑って見せる。
好戦的な種族という事だし、危険な街なのだろう。
「大丈夫よ。見付からないように侵入するだけの話だし、危険は少ないわ。」
「私は一人でも構わないぞ。」
エフがそんな二人に言うが…
「何を言っているのよ。あの街に侵入するなら、私の魔法が無いと厳しいでしょう?」
「…………」
エフが反論しないところを見るに、一人での侵入はかなり厳しい様子だ。隠密に長けていながら、尚且つそっち方面の魔法も得意な者となると、スー君、ハイネ、ピルテの三人。連携という部分を考えると、ここまで一緒に旅をしてきたエフとハイネの方が、スー君よりも良いという結論だろう。
スラたんとの事も有るし、ハイネとしては、ピルテをあまり危険な場所には行かせたくないのだろう。自分が行けば、ピルテは別の場所へ行けるだろうから…という考えも有るのだろう。
「そうなると、ミガラナ出身の街であるビュレルは、エフとハイネに任せる事になるか。」
「ええ。私達二人なら、最悪見付かったとしても何とかなるわ。大丈夫よ。」
「分かった。ミガラナの情報は二人に任せよう。」
という感じで、俺達はそれぞれの街に人を割り当てる。
残るのはアグトゥス出身地ナボナボル。これは俺達が潜入した街だが、イェルム-パウンダが味方となっているのだから、情報収集自体はそれ程難しくはないだろう。ここにはピルテとスラたんが行く事になった。
比較的安全だから…というのも有るには有るが、一番はスラたんの知識だ。魔女族が相手となると、色々と研究の話とかするかもしれないし、スラたんのような頭の良い者が適任だ。寧ろ、他の者達には真似出来ない。スラたんと共に行くのならば…まあピルテが良いだろうということで決まりだ。
次は、アザペ出身の街であるダーシャ。
ここへは俺とニル、そしてイェルムが向かう。理由は簡単で、もしもこちらの事がバレた場合、最も危険な街になるからだ。
魔界の中でも武力に長けた種族が集まる街で、魔界の中でも強者が集まる街と言われている。腕に自信の有る者達が住む街…とでも考えておけば間違いない。
何故そんな街が有るのか…と思うかもしれないが、この街に居るのは、所謂傭兵。自身の腕前一つで金を稼ぐような者達が集まる街であり、傭兵に仕事を依頼するのならばダーシャ。これが魔界の共通認識である。
次は、メギヒスが育った街であるギャンビリ。
多種族の住む街で、今回挙がっている街の中では最も大きい。
広大な土地の中から情報を集めねばならない為、ここへはスー君、アタニ、チクルが向かう。スー君は言うまでもなく最強クラスの男だ。アタニとチクルと協力して上手く立ち回ってくれるはず。
残ったナナヒとイナヤが向かうのは、カナナルフの思い出の街であるペカットル。カナナルフの妻の出身地らしい。
ここも多種族の暮らす街らしいが、大きさそれ程でもないらしい。ナナヒとイナヤもかなり成長しているし、二人ならば上手くやってくれるはずだ。
因みに、クルードとシュルナはお留守番だ。シュルナは戦えないから勿論ではあるが、何かにつけてクルードが面倒を見てくれており、元々仲が良かったのもあって、今ではシュルナの専属護衛役になりつつある。
クルードは優れた戦闘能力は無いものの、立ち回りはこの中でもトップクラス。Sランクの冒険者の名に恥じぬものを持っている。シュルナ一人を守りながら行動するのも難しくはないはずだ。
それに、ここに残れば、ヤナシリ達も居るし問題無いだろう。
「これで決まりだな。準備や出発、その他諸々は皆に任せる。自分達のペースで好きなようにやってくれ。ただ一つ、無理はしないようにな。無事に帰って来る事を第一に考えてくれ。」
俺の言葉に皆が大きく頷いたところで話が終わる。
その後、それぞれ共に向かう者達同士で話をする為に別れたが…俺とニルは、イェルムと共に行動する事が決まっている為、まずはイェルムとの合流を目指す事になる。作戦会議はその後という形で良いだろうということで、早速身支度を整える。
そんな時の事。
「シンヤ君!」
俺の元にニコニコのスラたんとシュルナが現れる。
「…どうしたんだ?」
満面の笑みである理由が分からず、素直に疑問をぶつけると、スラたんとシュルナは俺達に向けて両手を差し出す。
「はい!これ使って!」
とシュルナが言いながら差し出してきたのは、何かの魔具。スラたんの方は…どうやら新しいスライム瓶らしい。
「僕の方は紙に使い方を書いておいたから、時間が有る時にでも読んでおいて!今回は自信作だから期待しててね!」
「こっちは話してたやつだよ!盾を構えながらアイテムを使えるようにした魔具!こっちも自信作!」
「これは嬉しいな。二人共ありがとう。」
「今回は全員で行動出来ないからね。これで少しでも皆の役に立てるなら嬉しいよ。」
スラたんの言葉に続けるように、シュルナが口を開く。
「私は戦えないから…こんな事しか出来ないけど、丹精込めて作ったから!」
「こんな事って…十二分だ。本当に助かるよ。ありがとう。」
「ありがとうございます。これで百人力です。」
ニルは綺麗に笑ってシュルナへ礼を言う。
詳しい性能については後で確認するとして、俺とニルはその後直ぐに身支度を整えて出立する。
どこにどのような情報が転がっているのか分からないが、一つでも有力な情報が手に入れば、それで動く事が出来る。俺達が倒すべき相手さえ分かれば…
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
私とエフは、行き先が決まって直ぐに出立し、ミガラナの故郷であるビュレルへと足を向けた。
ビュレルという街は、ウェンディゴ族が住む街で、ウェンディゴ族というのはとにかく好戦的な種族。魔王様の側近であるミガラナにおいては、自制している為そこまでではないものの、いざ戦闘となると先陣を切って敵陣へと単身特攻するなんて事も多々有った。私も本人を見たのは数回で、戦場で見たのは二、三回程だから、それ程詳しいわけではないけれど、好戦的な種族であるが故に、戦闘力は魔界でも屈指と言われている。
特に、手足が長く、極端な猫背という種族特有の体型から繰り出される剣戟はかなりの威力。
近接戦闘は勿論の事、魔法も使う。
排他的な種族でもある為、街中で他種族だとバレれば、何かしらの理由を付けて突っかかってくるかもしれない。
そういう理由で、私とエフは、とにかく見付からないように…という方法を選んだ。
「ビュレルへ入った事は?」
「いいえ。無いわ。」
移動しながら、エフが声を掛けてくるのに対して、私は短く答える。
「私は一度だけ入った事が有る。仕事でな。
あの街はウェンディゴ族の住む街というだけあって、特に門や壁のようなものは無い。入る事自体は問題無い。」
「門も壁も…」
入って来るのならば好きにしろ。但し、何が起きても知らないぞ…という意思表示なのかしら。ウェンディゴ族らしい街である。
「だとすると、後は隠れる場所ね。」
「綺麗な街では無いし、隠れる場所はそれなりに有る。ただ、住んでいる連中はほぼ全てウェンディゴ族だ。感覚が鋭い連中だから、気を抜けば直ぐに見付かる。」
「魔法は大丈夫だったわよね?」
ウェンディゴ族は、どちらかと言えば近接戦闘に長けた種族で、魔法は補助的な使い方しかしない。故に、魔法を展開していても、それだけで気付かれる事は無いはず。
「ああ。魔法を感知する能力はそれ程高くない。ただ、あまり派手な魔法の場合は流石にバレるぞ。」
「これから侵入しようという時に派手な魔法なんて使わないわよ。隠れる事優先で魔法を使うわ。」
「そういう魔法に関してはハイネの方が圧倒的に強いからな…頼む。」
「ええ。」
エフも随分と変わったわね…
仲良しになれるとは思わないけれど…仲間にはなったと思う。流石に、私も意味も無く嫌味を言う事は無くなったし。
そんな事を考えながらもビュレルへの道を進んで行く。
ビュレルまでは数日といった距離で、お尋ね者であるという事も考え、時折魔法を使って痕跡を消したり、気配を消して移動しながら先へと進む。
エフとは必要最低限の会話のみだけれど、無理に話をする必要は無いし、無駄な体力を使う事になるから黙っている時間の方が圧倒的に多かった。
「侵入して隠れるのは問題無いとして…一番の問題はどこからどうやって情報を抜き取るかだな。」
そうして、明日にはビュレルへと到着するという距離で野営を行っている時、私はエフと内部での動きについて擦り合わせを行っていた。
状況によっては街中での相談が難しいかもしれないし、先に方向性だけでも決められれば、必要な会話も減るからである。
「そうね……ミガラナの情報ともなると、簡単には手に入らないわよね。」
「だろうな。酒場のような場所に侵入したところで、ミガラナの情報を手に入れられる確率はかなり低いだろう。」
「そうなると、やはりミガラナの実家とかが有力かしら?」
「相手はウェンディゴ族だぞ。肉親だからと情報を持っているとは限らない。」
「そ、それもそうね…」
ついつい自分の感覚で話をしてしまったけれど、ウェンディゴ族は、そこまで強い家族愛というのを持ち合わせていない。
皆無…とまでは言わないけれど、恐らく、家族だから重要な情報を持っているという考えは通用しないと思う。
「………」
「……………」
私もエフも、暗闇には慣れている為、火は無く、真っ暗闇の中で会話をしているからか、互いの言葉が途切れると、完全な静寂となってしまう。
「街を調べてみて決める必要が有るとは思うが、ある程度の当たりくらいは付けておきたいところだ。」
「そうね……」
ウェンディゴ族というのは、それ程数の多い種族ではないし、種族的な情報が少ない。エフは黒犬に所属していたから、これでもよく知っている方と言える。
「ミガラナの幼少期について、何か知っている事は無いの?」
「……聞いた話で信憑性は無いが……」
「何も無いよりはマシよ。」
噂話程度だとしても、今はとにかくミガラナについての情報が必要。
一応、ナイトライド…ナイトにも話を聞いてきたけれど、同じ四魔将でもミガラナの事を殆ど知らなかった。
知っていたのは、幼少期をビュレルで過ごし、その後は魔王様に腕前を見込まれて兵士へ…という生い立ちのみ。正直情報と言えるものではない。
「私は一度だけビュレルに来た事が有ると言ったが、それは、このビュレルに、罪を犯したウェンディゴ族の男を探しに来たんだ。
その時にその男を調べたんだが、どうやら幼少期にミガラナと行動を共にしていた時期が有ったらしくてな。」
「幼少期に…その男を探すのかしら?」
「残念だが、その男は我々の手で
「それはそうよね…」
黒犬が動くという事は、つまりそういう事であるのだから、当然の事とさえ言える。
「ただ、ミガラナとその男が行動を共にしていたのは、ビュレルに存在するある組織に入っていた時の話らしい。」
「組織?」
「噂話程度の情報だが、ウェンディゴ族の中でも特に好戦的な連中は、その組織に入って色々な街での荒事に手を貸している…という話だ。」
「…喧嘩の請負人みたいな事かしら?」
「ウェンディゴ族が関わる以上、そんなに可愛いものではないだろうがな。」
まず間違いなく血が流れるような話だろう。
「一応私も魔界の情勢については詳しかったけれど、そんな話は聞いた事無いわよ?」
「だから噂話程度のものだと言った。私も実際にそのような連中が動いているというのを見た事は無い。まあ、犯罪を請け負っているという話ではないし、黒犬の仕事の範疇ではなかったから…という話かもしれないがな。」
「………もしそんな組織が本当に有るなら、何かしらの情報が手に入るかもしれないわね。」
「本当にそんな組織が有れば…の話だがな。」
「有るにしろ無いにしろ、調べてみるべきね。」
そういった噂話を調べていけば、その組織の有無に関わらず、何か情報が手に入る可能性は有る。
「そうだな……どうせ他には何も思い付かないし、まずはそれを足掛かりにするべきか。
一先ずその方向性で情報を集めて、何か分かればその都度擦り合わせていくとしよう。」
「ええ。」
そこで話を終えた私達は、そのまま無言の時間を過ごし、翌日の夜にビュレルへの侵入を開始した。
エフの言っていたように、ビュレルの街には門も壁も無く、誰にでも入れるような状態。私達としては侵入が楽で良いけれど…
街の外から魔法を使って視認性を低下させ、そのまますんなりと街中へ。
物音を立てないように家屋の屋根へと上がり、そのまま街中へと向かって進む。
眼下にはウェンディゴ族の者達がポツポツと歩いているし、気付かれないように細心の注意を払って進む。
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