第792話 来客

「そうだね…順を追って説明するよ。」


そう言って、スー君が調べ上げてくれた事を説明してくれる。そして、それをまとめると…


まず、暗号化された文章には、スー君が話してくれた内容以上の事は書かれていなかったらしい。

数枚の紙束を入手しただけで現状が大きく打開されるなんて甘い話は無いという事だ。


しかし、スー君はやはり何か裏が有るのではと考えて、リストに入っていた他の連中について仲間に調べてもらったらしい。

スー君自身は顔が割れているというか、そもそもかなりの有名人な上、パウンダ家の事が有って直ぐだから皆警戒しているだろうという事で直接は出向いていない。

とはいえ、指揮だけでも十分に大変な仕事だし、慌ただしく動き回っていたのは見ている。当然、そのお陰でこうして何かしらの情報が手に入ったという事も理解している。


そうしてスー君が入手してくれた情報を読み解くと、パウンダ家とケルビン-ナイトライドの間には間違いなくパイプが繋がっているとの事。但し、それが反魔王活動としてのパイプであるという確証は無く、何をする為に繋がっているのかは謎らしい。

それを取り巻くように暗号化された連中が繋がっており、それらの繋がりが俺達にとって敵対する事になるものなのかは分からない。


「……ですが、パウンダ家のやっている事は間違いなく悪事ですよ?」


「確かにそう言われてしまうとそうなんだけど…見方を変えると、そうではないのかもしれないと思っているんだよね。」


ニルの言葉に返すスー君は、悩みながら答えているように見える。


「どういう事でしょうか?」


「んー……これはオイラ個人の推測で、希望的な考えが多々含まれるんだけど……」


そこで言い淀んだスー君は、一度言葉を切って次の言葉を探している。


「今は憶測でも情報が欲しい。話してみてくれないか?」


ヤナシリはスー君の迷っている様子を見てそう言葉にする。


「……もし…もしもだけど、パウンダ家の設置している魔具が、魔王様を助ける為に使われた場合、魔女族のほぼ全てが魔王様を助ける為に動く…という事にならないかな?」


「……なるほど。精神干渉系の魔具となれば、反抗する意識を植え付ける事も出来れば、その逆も可能ということか。」


「うん。オイラが色々調べた限り、パウンダ家やリストに入っていた者達に魔王様へ反抗する理由が見当たらないんだよ。

皆おかしくなる前の魔王様に良くしてもらっていた者達だし、魔王様の異変にも気付いているはずなんだ。」


「つまり……相手の思い通りに動いているように見せて、ここぞという時に反撃出来るよう手を回していると?」


「さっきも言ったけど、これは憶測でありオイラの希望的な意見が多々入ったものだよ。だから、それを信じて動くのは危険だとは思う。けど…あのケルビン-ナイトライドが、魔王様を裏切るような事をするとは到底思えないんだよね。四魔将の中でも最も魔王様と繋がりが深かったはずだからね…」


「ふむ……」


スー君の言う事に対して一考する余地は有るのかもしれないが、流石にそれを信じて動くのは怖過ぎる。


「その可能性も無いとは言い切れないが、それを前提に動くのは危険だな。」


「勿論。オイラもそう思っているよ。憶測だけでここの皆を危険に晒すわけにはいかないからね。」


スー君の憶測が、憶測のままで終わろうとしていた時の事。


「み、皆様!」


会議中のテント内へ走り込んで来る鱗人族の一人。

血相を変えて…という表現が適切かは分からないが、かなり慌てた様子でテント内へ転がり込むように入って来た。


「どうした?!」


その様子に、テント内に居た全員が腰を上げる。


敵襲だとすれば、直ぐにでも動かなければ皆が危険だ。


しかし…


「ら、来客です!」


「来客……?」


俺達は隠れて過ごしているのだから、当然来客など有り得ない。一瞬吸血鬼族の者達かと思ったが、敢えて隠れている場所に接近して発見されるリスクを負うとは到底思えない。

それに、テントに入って来た鱗人族の慌てようからしても、想像していないような人物が来訪したと考えるべきだ。


「ケ…ケルビン-ナイトライド様がいらっしゃいました!」


その名を聞いた瞬間、俺達は全員弾け飛ぶようにテントから出ると、即座に武器を抜き放ち、魔法陣を描き始め、皆が注目している方向へと向かって走る。


今の今まで話していた人物であり、スー君の推測を除けば敵陣の大将クラスの人物。

この場所を知っている事にも驚いたが、その人物が自らここへ来たという事実にも驚いた。

ここの者達程度であれば物の数ではないとでも考えているのか……とにかく、即座に対応しなければ、最悪ここで全滅という事も有り得る。


ザザザッ!!


俺達が焦って走った先には、落ち着いた様子の男が立っていた。


姿形は人族にかなり近いように見える。人族と違うのは、口元に大きな前歯が見えており、白髪頭の頭頂部に小さな耳が付いている事。そして、腰の後ろで揺れる船を漕ぐオールのような形の尻尾。それくらいだろうか。

全身を黒いスーツで揃えており、後ろで手を組んで立っているケルビン-ナイトライド。見た目を一言で言うのであれば執事。それが最も適切な言葉だろう。

背筋はピンと伸びており、スーツの上からでも分かる程に両腕両足の筋肉が発達している。見た瞬間にその男が強いと感じる程の気配を纏っているこが分かる。黒い瞳と、金色のチェーンが付いた片眼鏡。見た目はイケおじと言って良いだろうが、強者の風格が先に来てその印象を消し去っている。


「これはこれは。皆様お揃いで。私のような者の為に全員が出迎えて下さるとは…恐縮してしまいますな。」


まるで世間話でもするかのような穏やかな態度。

それに対し、こちらは全員が臨戦態勢。あまりにも対称的な絵面だが、それでもケルビン-ナイトライドの態度は変わらない。


「何故ここが分かった…?」


ヤナシリが静かに質問する。


「私も四魔将の名を冠する者の一人ですからな。そちらが色々と情報を集めているように、こちらも情報を集めていたという事です。」


「………………」


「そう警戒する必要は有りません。私は戦闘する為にここへ来たわけではありませんからな。」


ケルビン-ナイトライドの言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。俺達の後ろには戦えない者達も大勢居るのだ。選択を誤れば、その命が無惨にも消え去ってしまうだろうから。


「それでは、何をしにここへ来たのだ。」


「……パウンダ家への侵入と、暗号文書の持ち出し。それがここへ来た理由です。」


「「「っ……」」」


俺とニル、そしてスー君が同時に苦い顔をする。


パウンダ家で起きた事が、このケルビン-ナイトライドという男を呼び込んだという事は、俺達の動きが悟られていたという事になる。

どうやってかは分からないが、俺達がここへ来るのを知り、ここに隠れている事を暴いた…という事だ。つまり、俺達の動きが皆を危険に晒しているという事だ。


「……なるほど。しかし、いくら四魔将とはいえ、この人数を一人で相手にするというのは無謀ではないか?それ程の自信が有る…とでも言いたいのか?」


ピンと張り詰めた空気の中、ヤナシリが代表として話をする。


話の途中に突然動き出す可能性も有る為、俺達は一瞬たりとも気を抜かぬように武器を真っ直ぐにケルビン-ナイトライドへと向け続ける。


「ですから、私は戦う気など無いと言っていますでしょう。いくら私でも、この人数の、しかもここまでの強者を相手をしては、いくつ命が有っても足りませんからな。

特に、そちらのスカルべ様と隣の見知らぬ人族の男性。貴方達からは危険な空気を感じますからな。」


スー君と俺に視線を向けてくる。


刃すら交えていない段階で、ある程度こちらの事を感じ取っているらしい。相手の力量を即座に判断出来るのは、それだけの力を持っている者だからこそ出来る事。

四魔将の名は伊達ではない…という事だろう。正直、後ろの皆を守りながら戦うとなるとかなり厳しい。


「その言葉をそのまま信じろと言うのか?」


「まあ…なかなか難しいでしょうな。

ですから、今回は私一人でここへ来たのです。

皆様を相手に戦えば、まず間違いなく私の命は消滅するでしょう。それはここへ来る前から分かっておりました。

それを知りながらもここへ一人で来た事が、私に戦闘の意思が無いという証明にはなりませんかな?」


「……………」


ヤナシリは無言でケルビン-ナイトライドの目を見ている。


確かに、いくら四魔将とはいえ、ここに集まっているのは皆腕に自信のある者達ばかり。戦闘が起きたとしても、こちらが負けるという結果は考え辛い。勿論、伏兵についても考えなければならないし、既に包囲されている可能性だってある。

交代で見張りを立てているからその者達全員が見逃したとは考えられないが…ここを知っているという事実から考えるに、姿や気配をスー君ですら察知出来ないレベルで消せる者達が潜んでいるという事も十分に考えられる。


「私以外には誰も居ませんよ。何なら手足を縛って頂いても構いません。私はただ、皆様とお話をしに来ただけなのですからな。」


そう言って両腕を前に突き出すケルビン-ナイトライド。


「……であれば、拘束させてもらう。お主の武器はその両腕と両足だという事くらいは知っておるからな。」


「ええ。構いませんよ。」


そう言うと、ギガス族の兵士一人が恐る恐るケルビン-ナイトライドへと近寄り、その両腕と両足を縛る。


一先ず、話をする程度ならば、相手を拘束出来ているし問題は無いと判断したヤナシリが口を開く。


「それで、話というのは?」


「先程も言いましたが、パウンダ家に侵入し、機密文書…暗号化された文書を盗み出したのは貴方達ですね?」


「そうだ。そして、その暗号化された文書からはお主の名が出てきた。」


「ええ。当然です。私がそうするようにパウンダ家へと指示を出しましたからな。」


「…何故そのような事をした?」


「……もしも、この魔界に魔王様の異変に気が付いて、どうにかしようとする者達が現れた場合、私へと繋がるようにする為です。」


「……………」


「魔界の情報を集め、パウンダ家へと辿り着き、尚且つ、そのパウンダ家から機密文書を盗み出せる程の者達。そのような者達が現れた場合、魔王様をお助けする為の戦力として力を貸して頂きたいと考えての事。」


「……随分と手の込んだ仕掛けだな。そのような事が出来る者などそうは居ないだろう。」


「確かに条件としてはかなり厳しいものにはなりますな。

しかしながら、敵の目を欺く為であり、魔王様を取り巻く状況全てを正そうとした場合、それくらいの事をやってのける者でなければならないのです。それ程に現在の状況は危険と言えますからな。」


「……………」


「信用出来ないのも分かりますが…私は、本当に魔王様を助け出す為の仲間を探す為、このような手の込んだ事をしたのです。」


判断が難しいところだ。


伏兵らしき者達は未だに見当たらないし、俺達が考える現在の状況としても、それくらいに厳しいだろうとは考えている。

色々と手を尽くしてはいるものの、未だに戦力が足りていないのも間違いない。

しかし、信じてしまいたくなるような…こんなにも甘い話が有るのだろうか?


四魔将の一人であるケルビン-ナイトライドが仲間になれば、これまでとは比較にならない程の情報が手に入る。それこそ、直ぐにでも魔王救出に動ける可能性も有る。


「それが本当であれば、是非とも協力したいとは思うがな。我々も一度間違えれば全滅してしまう。簡単に信じる事は出来ぬ。」


「…そうでしょうな。私が同じ立場であれば、簡単にこんな都合の良い話など信じられぬでしょう。

であれば………私の命をもって、その確証を得る事として頂けないでしょうか。」


「命を…?」


「ええ。これ程の事をやってのけた貴方達ならば、魔王様を助け出せる可能性が高い。近くに居ながら何も出来なかった私とは比べるまでもありません。私のような使えぬ者の命と引き換えに、貴方達の力を貸して頂けるのであれば、今直ぐにでもこの首を引きちぎってみせましょう。」


そう言ってヤナシリを見るケルビン-ナイトライド。腹芸が得意とは言えない俺から見ると、その言葉には一切の偽りが無いように感じてしまう。

真っ直ぐにヤナシリを見詰め、自分が死ぬ事を寧ろ当然だとでも言いたげだ。


「自分の首を引きちぎるときたか…」


「ええ。魔王様を助け出せる可能性が僅かでも上がるのであれば、全く惜しくはありません。」


「…………………」


ヤナシリは、先程よりも更に長い沈黙を返す。


魔王を助ける為に自らの命を捨てる事をまるで躊躇わないケルビン-ナイトライド。

口からでまかせを言っているという可能性も有る…とは思えない。その瞳は、死を覚悟した者だけが見せる特有の色を帯びているからだ。


「……フーーー……」


ヤナシリは、大きく息を吐き出した後、ゆっくりとケルビン-ナイトライドへと近付く。


そして、分厚く長い無骨な大剣を振り上げる。


ケルビンは、ゆっくりと目を閉じると、口角を上げて笑う。抵抗は一切していない。する気も無い様子だ。

自分の死が、魔王を救い出す一助になる事を心の底から喜び、安堵して出た表情に見える。


ザンッ!!!


そして、ヤナシリが大剣を勢い良く振り下ろす。


そして、その大剣が斬ったのは、ケルビン-ナイトライドの手足を拘束していた縄であった。


「???」


自分の手足が自由になり、命が残っている事に驚いたケルビン-ナイトライドは、困惑した表情でヤナシリを見る。


「我とて戦士の端くれ。死を覚悟した者の瞳くらい見分けられる。

お主が本気で命を賭して訴えた事を、我は信じるとする。

皆。すまぬな。もしも我の判断が間違っていたとしたら、存分に恨んでくれ。」


ヤナシリが振り返って俺達に向けてそう言うが…


「オイラ達も同じ気持ちさ。恨んだりしないよ。」


「そうだな。」


スー君も、俺も、ギガス族や鱗人族も、全員がヤナシリの決定に頷いて見せる。


「おぉ……おお!信じて下さるのか?!これ程嬉しい事は無い!」


ケルビン-ナイトライドは、本当に嬉しいのか、その目から涙を流しながら喜んでいる。何度も何度も俺達にお礼を言いながら、筋肉隆々の体を何度も何度も折り畳む。


どうやら、ケルビン-ナイトライドの話は全て本当だったらしく、そこから何かが起きる事はなく、ただ彼の感謝の意を受け取り続けるだけだった。

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