第791話 時間の有効活用 (3)

「ピルテ。大丈夫か?」


訓練を終えてから喋らないピルテに声を掛ける。

ピルテは訓練で負け続けていたし、少し気にしていたのだが…


「えっ?!あ!はい!大丈夫ですよ!」


「本当か?」


「はい!私は中距離で戦うので、訓練に参加したのは、どちらかと言うと皆に合わせた動きを考える為です。なので大丈夫です!」


どうやら思っていたより気にしていない様子だ。


「そうか。それで、何か得られたか?」


「そうですね…私の想像していたよりも、皆さんの動きが速いので、もう少し早い段階で援護をしなければなりません。それを考えると、威力よりも早い援護にした方が上手くハマりそうではあります。

ですが、威力を落とせば脅威度も落ちるので、援護としては弱いものになります。そのバランスが難しいところですね。」


ピルテは訓練と割り切り、自分の動きを確かめる為に参加していたらしく、既に生じるであろう問題についてを考えている。あまりこういう事に慣れるというのは良い事ではないのかもしれないが、今の俺達にとっては心強い。


「後衛の戦い方はピルテ達の方が詳しいだろうし、色々と任せるよ。」


「はい!任せて下さい!完璧な援護をしてみせますよ!」


ピルテは満面の笑みで言ってくれる。俺が心配するような事ではなかったらしい。ピルテは既にそういうレベルにはいないのだ。


「ニルの方はどうだった?」


「やはり、アマゾネス族の方々は強いですね。気を抜くと盾ごと弾かれそうになってしまいます。それに、いつもとは違う相手と手合わせすると、考えなければならない事が増えて練習になりますね。」


「そうだな。特にあの四人は腕も立つ上に独特な戦い方をするからな。」


「はい。身体能力も凄く高いので、予想を超える動きが多いです。」


「ああ。そういう経験はなるべく多い方が良い。」


モンスターと人では動きが全く違うから、人を相手にする時は自分の中にある…こうは動けないだろうという先入観がモンスターよりも多くなる。その予想を上回る動きをされると、反応が遅くなり、対処も遅くなる。そうならないように訓練をするのだが、俺やスラたんとは違った部分で予想外の動きをするアマゾネスの四人組。その訓練の経験はとても貴重だ。


「ここは魔界ですから、人の枠に当てはめないように意識をしなければなりませんね。」


魔族は多種族の集まり。人の形をしながら人とは違う動きを可能とする種族も多いはず。ニルだけではなく、俺もそういう先入観を持たないように気を付けなければならない。そういう意味でも、彼女達との訓練には大きな意味が有る。


「そうだな。基本的には人族よりも身体能力の高い種族が多いし、自分より勝っている相手だと常に意識して戦わないとな。」


「そうですね……しかし、魔族の人達は、どうして皆尖った戦い方をするのでしょうか?」


ニルの言うというのは、魔族の戦闘方法についてという意味だろう。

魔女族ならば魔法、アマゾネスならば近接戦闘。どちらもソツなくこなすという種族は今のところ聞いた事が無い。

魔界の外に暮らす種族においては、どちらが得意かである程度分かれるとは思うが、どちらか片方でしか戦えないという者は非常に少ない。魔法は使えるが、刃物は全く使えない…という者は極小数である。

それに対し、魔女族が近接戦闘で大した事の無いレベルだった事から考えても、どちらかに大きく振れている種族が多い。

アマゾネスの場合、魔法を使わないのではなく使えないのだが、それを除いて考えたとしても、その傾向は強い。

それがニルから見ると、とても変な状態に思えるのだろう。


「そうだな…俺なりの考えだが、恐らく多種族が暮らす大きな集団だからだろうな。」


「……どういう事でしょうか?」


「そうだな……ニルが戦闘能力を鍛えようと考えた時、魔法と剣術の両方を鍛える場合と、どちらかを選んでそれのみを極めようと考えた場合。より優れた技を習得出来るのはどちらだと考える?」


「……片方を鍛えた方が、よりレベルの高い技を習得出来る…という事ですか?しかし、それではもしもの場合に対処出来ない状況に陥ってしまいませんか?」


「そうだな。俺達の場合で考えるとそうなってしまうだろうな。ただ、魔族は三大勢力の一つとして数えられる程に大きな集団だ。」


「近接戦闘が得意な者達はそれだけを使い戦う…もしも、魔法が必要になった場合、他の種族がそれを行う…役割分担という事でしょうか?」


「ああ。役割分担してしまえば、それぞれがそれぞれの分野を極める為の時間が増える。当然、その分レベルの高い技を習得出来る。しかし、どちらも鍛えようとしてしまうと、全体のレベルが落ちる。」


「そういう事ですか…多人数だからこその戦略という事ですね。」


「まあ、俺の推測でしかないがな。」


「どちらも死ぬ気で鍛えれば良い…という考え方にはならないのでしょうか?

魔法と近接戦闘は異なるものではありますが、上手く使う事で多彩な戦闘を行えます。そういう考えにはならないのですか?」


「そうだな…それが可能ならばその方が良いのかもしれないが、ニルのような努力家はそう多くは無いだろうからな。」


「私は努力家なのですか?そのように考えた事は無かったのですが…」


ニルはキョトンとして俺の方を見上げてくる。


ニルにとって、強くなる事は生きる事ど同義であった。そして、俺の助けになる為には絶対に必要な事でもあった。だから、強くなる事は当然の事だと考えているのだろう。

あれ程の努力をしているのに、それを努力と考えていない。だからこそ、ニルはこの短期間でここまで強くなれたのだろう。

ニルが強くなれば、俺も色々な意味で安心ではあるが…そういう人生に巻き込んでしまったのは申し訳なく思ってしまう。俺の旅が波乱万丈ではなく、もっとゆったりしたものならば、ニルもここまでは……いや、きっとニルの事だからどちらにしても同じ結果になっていたかもしれない。俺が彼女を引き取った時点で、こうなる事は決まっていた…のかもしれない。


「ご主人様?」


返答が無い事を不思議に思ったニルが、俺の事を呼ぶ。


「ああ。ニルは努力家だぞ。お陰で俺も大助かりだ。」


申し訳ないなんて言えば、きっとニルはまた怒るだろう。だから、その言葉の代わりに、俺はニルの頭をポンポンと撫でてやる。


「えへへ…」


ニルは嬉しそうに、そして擽ったそうに笑う。


申し訳ないと思うのならば、全てが終わるまで、ニルを守り抜く。そうしてニルの努力に報いてやるのが俺の役割だ。


「…っ!!そうだ!良い事を思い付いた!」


ニルの擽ったそうな笑顔を見ていると、ふと頭の中にアイデアが浮かび上がってくる。


「良い事…ですか?」


ニルは頭から手を離した俺に向けて首を傾げて聞いてくる。


「ああ。時間が有るし、何か作りたいとは思っていたが、今思い付いた。」


「どのような物をお作りになるのですか?」


「さっき話したように、相手は魔法部隊と近接戦闘部隊に分かれている可能性が高い。俺とニルならば、それこそ相手を見なくても次に何をしたいのか分かるが、魔族同士とはいえ、他種族である相手と連携を取るには何かしらの合図が必要になるはずだ。」


「合図…」


「ああ。意思疎通が難しい相手と連携を取ろうと考えた時、どのように合図をするのか。しかもそれは戦場においてだ。それを考えた時、ニルならどうする?」


「そうですね…単純に口で指示を出す者を立てるか、誰にでも一目で分かる程単純な合図を決めて、司令官の指示で合図を後方から出させます。」


「そうだな。それが最も効率が良い。」


神聖騎士団が使っていたような通信魔具の類も使えるだろうが、あれはそうポンポン作り出せる物ではないはず。ポンポン作れるのならば、一兵卒にまで支給されているはず。しかし、そうではなかったし、あれを使うにはある程度落ち着いた状況でしか無理だ。剣を交えている相手が目の前に居るのに、いきなりパカッと魔具を開いて指示を聞くなんて事ができるわけがない。

そうなると、戦場には必ず指示を出す者が居て、それを兵士達に伝える必要が有るはず。


「人数が多くなればなる程、指示を出す者達も増えるかと思います。」


「ああ。俺もそう思う。しかしだ…もし、その指示が出せない、もしくは指示を受け取れなかった場合、兵士達はどうなる?」


「押し引きのタイミングが分からないので、無理な戦闘を強いられるかと思います……もしかして、その合図を無効化する物を作ろうとお考えですか?」


「正解!それが可能なら、俺達にも勝機が有るかもしれない。」


「それは確かにそうですが……」


ニルは俺の考えを聞いて色々と思考しているみたいだが、合図を妨害する方法が思い付かないらしい。


「さっきニルが言ったように、簡単な合図を送るとした場合、どんな方法を考える?」


「そうですね……例えば、旗のような物を使って、誰にでも見える位置で振る…後は体を使って簡単な合図を出す…とかでしょうか。」


「そうなるよな。俺でも、視覚的な合図を選択するはずだ。」


手信号とか旗信号とか、そういう合図になる行動はいくつか考えられる。しかし、簡単さを求めた場合、やはり行き着く先は視覚的に認識出来る方法を取るはずだ。それが確実だし、ほぼ全ての種族が理解出来るはず。


「つまり…今回作るのは、視覚的な認識をズラす為のアイテムという事ですか?」


「そういう事だ。」


「視覚的に……闇魔法を使って視覚を奪う…とかでしょうか。」


「いや。視覚を奪ってしまうと、合図が見えない事で寧ろ慎重になるだろう。一旦下がって視覚的な障害を取り除いてから再度向かって来る…とかだろうな。」


「それもそうですよね…そうなりますと、誤認させる…とかが効果的に思えます。」


「だよな。じゃあどうやって誤認させるのか、それが問題になる。」


「はい。誤認させるという目的で考えた場合、あまり派手な事は出来ません。そうなりますと、相手に気付かれないような方法を使いたいですね。」


流石はニルだ。こんな少しの説明でそこまで考えられるとは…


「そうなるよな。そうした場合、どんなアイテムを作るべきだと思う?」


「……………」


ニルは俺の質問に対して真剣に考え込む。


「視認性を落とすとか、誤認させるだけという括りなら、魔法さえ考えてやればある程度実現可能なはず。しかし魔法を使ってしまえば相手にバレるリスクが高くなる。とすると…」


「魔法ではなく…となると、やはり魔具でしょうか。」


「ああ。しかし、魔具だって使う所を見られれば警戒される。」


「………それならば、常に発動しているタイプの魔具が良いと思います。」


ニルもだんだんと答えに近付いているのが分かるのか、思考を加速させているのが分かる。


「ああ。だが、魔具ってのは普通の魔法よりも弱くなる。そう考えると、常時発動させていても効果範囲は狭い。」


「あっ!パウンダ家の魔具ですね!」


「ああ。」


ニルは答えに辿り着き、パッと顔を明るくする。


「戦場に常時発動するタイプの魔具を、一定間隔で配置。それが出来れば広範囲で効果を得られます!」


「ああ。正確に言うなら、戦場に設置しておくのは難しいだろうから、なるべく小さい物を作って、それを戦場でばら撒くんだ。」


「なるほど!それならばどんな者にも出来ます!誤認させるだけならば、光魔法を使えば可能です!光魔法を使えない者でも、常時発動するタイプの魔具ならば関係ありません!凄いです!」


ニルはキラキラした目で俺を見て喜んでいる。


「魔石陣の小型化はシュルナが居れば可能だろうし、やり方さえ分かれば俺達にも出来るかもしれない。それが出来れば、後は金属に埋め込むなりして高強度にしてしまえば良い。作るのはそれ程難しくはないはず。問題は…」


「数ですね!」


戦場なのだから、効果範囲は超広くなければならない。つまり、その分の数が必要になる。


「ポテチに続いて数を作らなければならない内容だが…」


「私もお手伝いします!」


とんでもない量を作らなければならないのだが、努力の鬼であるニルにとっては問題無いらしい。


「…そうだな。一人でも多くを助ける為だと考えたら、やるしかないよな。」


「はい!」


「よーし!それじゃあ早速シュルナに聞きに行くか!」


「はい!」


こうして、俺とニルは、ポテチに続き、魔具の大量生産に取り掛かる事となる。


正直、目が回るような数だと思ったが、思い付いてしまったのだからやるしかない。それが効果を発揮して一人でも助かるのならば、時間を割くには十分な理由だ。


それから、俺とニルはシュルナから色々と聞きながら、認識阻害用の魔具を作っていく。

最初に効果を確認したところ、効果に問題は無く、魔具の効果範囲内に居ると、周囲の認識がし辛くなった。例えるならば、効果範囲内から外を見ると、強い陽炎かげろうを通して景色を見るような感じで、見えなくはないが集中しなければならない程度の効果だ。

剣を交えるような戦闘の最中ならば、そのような事を気にしている暇など無いだろうが、ふと気付いた時に違和感に気付くというレベル。

それを戦場にばら撒くと、こちらにも影響が出てしまうが、最初からそうなる事を知っていれば、対策などいくらでも立てられる。


こうして訓練や大量生産作業。そしてナナヒ達におねだりされて美味いものを作るというサイクルが出来上がり、それに没頭しているとあっという間に時間が過ぎていく。

そして、暫く後の事だ。


「シンちゃん。やっと分かったよ。」


スー君に呼び出され、各種族のトップが集まる会議に向かうと、疲れ切った様子のスー君が笑みを見せながら言う。


「例の暗号化された書類が解読出来たのか?」


「解読だけなら直ぐに終わったんだけどね。やっぱりどう考えてもおかしいと思ったから、色々と調べていたんだ。そして、ようやくあの暗号化された文書の意図が分かったんだよ。」


「そうだったのか…任せっきりにして悪かったな。」


暗号の解読をすると別れてから、スー君には一度も会わなかったが、どうやら色々と動き回ってくれていたらしい。


「これはオイラの仕事だし、他の人には出来ない事だったからね。悪く思う必要は無いよ。」


「そう言ってもらえると助かる。」


「それで?何が分かったのだ?」


先を知りたいヤナシリが、スー君を急かす。


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