第790話 時間の有効活用 (2)
宴会らしきものを行った翌日。
「おはよーー!」
元気の良いナナヒが声を掛けてくる。
「おはよう。相変わらず元気が良いな。」
「あたいの取り柄だからね!昨日のポテチ?だっけ?あれとてつもなく美味しかった!」
「とてつもなくか。それは良かった。」
「毎日食べたいくらいだよー!」
「作るのは良いが、体壊すからやめときなさい。」
「えー!」
ナナヒはつまらないとでも言いたげに口を尖らせる。
「そんな顔をするな。何事もやり過ぎは良くないぞ。」
「はーい…」
残念そうな顔をしているが、素直に頷くナナヒ。
「まあ、また美味いものでも作るから許してくれ。」
「ぃやったー!!」
子供のようにはしゃぐナナヒ。いや、年齢で言えばまだ子供と言えるのだから、年相応と言うべきなのかもしれない。
「それより、何か理由が有って俺達の所へ来たんじゃないのか?」
「そうだった!」
思い出した!と手を叩くナナヒ。
「何か有ったのか?」
「ううん!またあたい達に稽古をつけてほしいの!」
「稽古って…ナナヒ達も強くなったし、俺に教えられる事なんて何も無いと思うぞ?」
「そんな事無いよ!あたい達も色々経験したから分かったけど、やっぱり二人は凄いよ!」
「そう言われてもな…」
俺なりに努力はしてきたつもりだが、つい先日も派手に負けたばかりだ。凄いと言われてもなかなかそうは思えない。
「ご主人様。」
そんな事を考えている俺に向けて、ニルが声を掛ける。
「私も皆様と訓練がしたいです。別に稽古と考えず、いつもの訓練にもう数人参加すると考えれば良いのではないでしょうか?
たまには違う相手と手合わせする事で、色々と見えてくるものが有るかもしれませんよ。」
「……それもそうだな。」
別に難しく考える必要などない。そうニルは言ってくれる。いつもいつも、こういう時に最も必要とする言葉を掛けてくれる。本当に俺の事を俺よりも知っているな…
「良いよね?!」
「一緒に訓練するだけだと思ってくれよ?」
「うん!やった!皆に伝えてくる!」
返事を聞いて直ぐにス振り返ると、最後の言葉が聞こえるか聞こえないかというタイミングで走り去って行くナナヒ。
「相変わらず騒がしいな。ナナヒは。」
「ふふふ。いつも元気を分けてもらえますね。」
「…ああ。」
俺達の置かれている状況は決して良いものとは言えない。寧ろ悲観して当然の状況と言えるだろう。
そんな中でも、ナナヒはいつも通り元気に騒いでいる。そのお陰で、皆は沈んだ顔をしていられなくて、俯いている者達が極端に少ない。ゼロとはいかないのが現実的なところだが、それでもこの状況下でこれだけ前向きになれる者達が居るのは凄いことだと思う。これが兵士達だけならば難しくはないのかもしれないが、ここには戦えない者達だっている。それでも明るく居られるのは、きっとナナヒのような前向きな者達が居てくれるからだろう。
そう考えると、俺なんかよりナナヒの方がずっと凄いと思う。
走り去って行ったナナヒが、イナヤ達を連れて来たのは数分後の事で、俺達はその日から早速訓練を共にするようになった。
「っ!!」
ガギィン!
「ハッ!」
「うわっ!?このっ!」
ギィン!
訓練を始めてみてよく分かったが、ナナヒ達の成長が予想の更に上をいっている。
よくもこれだけの期間でそれだけ強くなれたなと感心してしまう程だ。きっと、俺達の知らない所で、過酷な時間を過ごしていたのだろう。
戦闘における基本的な動き方やセンスといった部分は勿論のこと、仲間との連携を意識した動きや、予測、そういった経験から得られるようなスキルも大きく向上しているように思う。
本当に凄いことではあるのだが……
「ニル?!強くなりすぎじゃない?!」
「そ、そうですか?」
元々はナナヒとほぼ互角といった戦闘力であったニルなのだが、ナナヒ達の成長率を超えて成長したらしく、今ではニルの方が幾分か強くなっているようだ。
「私達も強くなったと思っていたけれど…」
「こんなに差を付けられると自信を無くしてしまいますね…」
ナナヒ達は、ニルの成長を目の当たりにして落ち込んでしまったようだ。
「こっちはこっちで色々と大変だったからな。それに、ニルは良い師匠とも出会えたからな。」
「くぅー!悔しい!あたいも負けてられないよ!」
「これじゃあ私達の立つ瀬が無い。」
「そ、そんな事は無いと思いますが…」
「ニルがそれを言う?」
「うっ……」
ナナヒ達はニルを虐めている…と言うより、これはじゃれ合っていると言う方が正しいだろう。ナナヒ達の言葉に棘は無いし、単純に悔しいという気持ちをニルにぶつけているだけだ。
「こうなったらとことん付き合って貰うからね!ニル!」
「は、はい!いくらでもお付き合いします!」
ナナヒ達の言葉に対して、ニルは素直に受け答える。
ニルも随分と社交的になったものだ。今では友達と呼べる者達が随分と増えた。それだけで、彼女を連れ回した意味が有った…と思いたい。
「ふふふ。随分人気みたいね。」
俺がニル達を見ていると、後ろからハイネが声を掛けてくる。
「久しぶりに再会した友達だしな。」
「若いって良いわねー。」
「……………」
反応に困る事を言わないでほしいぞ。ハイネさん。
「シンヤさんは参加しないの?」
「一応参加はしていたんだが…」
「女の子ばかりだものね。」
「うむ……」
別にそれが理由というわけではないが、やはりニルとナナヒ達で競い合う方が良いだろう。
「それにしても…あの子達も相当な腕ね。」
ハイネは少し驚いた様子でナナヒ達を見ている。
「アマゾネスだからな。魔法は使えないかもしれないが、戦闘能力は高いぞ。」
「まだ若いとはいえ、アマゾネスはアマゾネスなのね。魔界随一の近接戦闘能力は錆びていない…という事かしら。」
「あの四人はアマゾネスの中でも特別に強い方ではあるがな。」
「頼もしいわね。出来ることならば、若い子達にはこんな事をさせたくはないけれど…」
「そうだな…」
ハイネにとって、子供は他種族であろうと子供だ。人一倍子供に対する感情が強い彼女にとって、戦いの中に子供を連れて行くのは忍びないのだろう。
「私達大人が、可能な限りあの子達の負担を減らせるように動かなければならないわね。」
「…ああ。」
「まあ、私から見れば、シンヤさんだって子供と言えるけれど。」
「………………」
だから、反応に困る事を言わないでくれ。
「そう言えば、ピルテも明日から訓練に参加させて欲しいと言っていたわ。」
「俺は構わないし…ナナヒ達も恐らく喜んで受け入れてくれると思うぞ。」
ピルテは、現在見張りをやっていて手が空いていない為ここには居ない。
「そう言ってもらえて助かるわ。ピルテには私から伝えておくわね。」
「ああ。」
という事が有って、俺達は次の日からピルテを混じえての訓練を行う事になった。
一応隠れているわけだから、魔法は使えない為近接戦闘を中心とした訓練になる。それ故に、ピルテは少し苦戦している様子だ。
吸血鬼族である為、ピルテもそれなりに動けるし、身体能力で言えば負けていないのだが、搦手を得意とする彼女にとって、ガッツリした近接戦闘は苦手分野だ。まあ、だからこそ訓練に参加したいと言ったのだろうが。
「っ!!」
ズザサッ!
「はぁっ!」
ブンッ!!
「まだまだ!」
ギィン!
構図としては、ニルが飛び抜けており、その下にアマゾネスの四人。中でもナナヒとイナヤは頭一つ飛び抜けており、続くようにアタニとチクル。追従する形でピルテといったところだ。
「ハッ!」
ブンッ!!
「っ!!……降参です…」
ナナヒとピルテが訓練していたが、ナナヒの勝利で決着したらしい。
ナナヒが短剣を引っ込めると、代わりにピルテへ向けて片手を差し出す。
特に言葉を交わしているわけではないが、ナナヒはピルテに向けて賞賛を送っているというのが態度と表情から分かる。こういう時、ナナヒの一切嫌味を感じない態度は、素直に好感が持てる。
「吸血鬼族の人って、あまり近接戦闘では動けないイメージだったけど、どうやら考え直さないといけないみたいだね。」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが…負けは負けですからね。素直に受け止めて対策を考えます。」
「あはは!ピルテは真面目だなー!でも!あたいもニルに負けっぱなしだからねー…対策を考えるぞー!一緒に考えよ!」
「はい。喜んで。」
ナナヒの誰とでも仲良くなれる才能は本当に羨ましい。
「シンヤさん。」
ナナヒ達のやり取りを見ていると、横からイナヤが声を掛けてくる。
黒い長髪の間から、少し申し訳なさそうに上目遣いで俺の事を見ている。
「どうした?」
「その……」
「??」
何かを言いたいみたいだが、なかなか言葉が続かないらしい。
「……………」
俺はイナヤの言葉をそのまま待つ。
言いたい事が有って俺に声を掛けたのは間違いない。彼女は姉の事で大きな傷を心に持っている。それ故になのか、どことなく人付き合いを苦手だと思っている節がある。勿論、ナナヒ達だけは別だが、久しぶりに会ったというのもあってか、俺に対しては少し緊張している様子だ。
そんなイナヤに催促したりは出来ない。ただ彼女が上手く喋れるようになるまで待っていれば良い。他人と上手く喋れない気持ちは俺にも分かる。そういう時期が俺にも有ったから。
「……その……」
「…………」
「…私と手合わせして下さい。」
「手合わせ?」
「はい。」
言葉を紡ぎ終わったイナヤは、真っ直ぐに俺の目を見て頷く。
何となくだが…彼女は俺に今の実力を見せたいのではないだろうかと感じた。
イナヤとは短い時間とはいえマンツーマンで教えた事が有るし、昔の自分とは違うというのを見せたいのではないだろうか。
「……分かった。」
俺がイナヤの言葉に頷くと、イナヤはパッと表情を明るくした後、少し距離を取ってから曲剣を構える。
それに対して、俺はスラリと刀を抜く。
今更ではあるが、アマゾネスの訓練は常に真剣を用いる。これは最初に会った時から変わっていない。
「っ!!」
俺が一切迷うこと無く刀を抜いたのを見て、イナヤは少し嬉しそうな表情を見せる。
「いつでも良いぞ。」
「……行きます!!」
タンッ!!
イナヤが俺との距離を詰める為に足を踏み出し、曲線的な動きを見せる。
イナヤの戦い方は独特なもので、まるで踊っている様な動きの中で攻撃を仕掛けてくる。攻撃の出が分かり辛いという特徴が大きな利点だが、独特な動きなだけにその分難易度も高い。
しかしながら、イナヤは持ち前の才能と鍛錬によってそれを可能にしており、センスだけで言えばアマゾネスの中でも一、二を争うだろう。
ヒュッ!ギィン!
体の影から斜めに走る剣筋は、初見では避ける事すら難しいものだ。
つい先日牢獄に忍び込んだ時、変わった連中と戦ったが、あんな者達とはまるで違う。いや、比べる事すら失礼にあたるだろう。
彼女の剣は鍛錬に鍛錬を重ね、鋭く、重い一撃を放つ。ミリ単位で剣筋を調整しているのがその一撃だけで分かる。
「ハァッ!!」
ギィンガギッギィン!
クルクルと回りながらも、相手に反撃を許さぬ連撃。
無駄を極限まで削ぎ落とす事を考えている天幻流とは違い、多種多様な動きの中に攻撃を織り交ぜるという戦い方。
正直に言うと、かなりやり辛い。
「やる…なっ!」
ギィィン!!
俺は連撃の内の一つに合わせて曲剣を強く弾く。
「っ!!まだです!!」
「っ?!」
俺に曲剣を弾かれたイナヤは、体勢を崩してしまうが、その反動を利用し、体を大きく沈ませると、遠心力を使って足元に対して水平に曲剣を振る。
タンッ!
ブンッ!
俺がその一撃を跳んで避けると、イナヤは水平に走らせた一撃の勢いを殺さぬよう、体を一回転させながら立ち上がり、斬り上げを更なる一撃として繰り出す。
体勢を崩された事を利用した見事な反撃だ。
俺が跳んだのを見て、更なる追撃を入れるのも素晴らしい。
ギィィン!
「っ?!」
俺も負けてはいられないと、空中で体を横にして、切り上げの一撃を受け止め、その衝撃を利用して体を立て直す。
アクロバティックな動きならば、俺にも出来る。決して対抗心からやったのではない。決して。うん。
「次はこっちからいくぞ。」
ブンッ!
ガギャッ!!
「っ!?」
互いの動きが一瞬止まったタイミングで、俺はイナヤに向けて一撃を放つ。
ただ水平に刀を振っただけだが、相手を吹き飛ばせる程の力を込めた。
イナヤは曲剣を自分との間に挟み込み、何とか直撃を避けたが、力負けして体を浮かせてしまう。
「ハッ!」
ビュッ!
キィン!
「っ?!」
体の浮いたイナヤに向けて、逆側から水平に刀を振るが、今度は触れる程度の軽い攻撃だ。
もう一度重い一撃が来ると予測していたであろうイナヤは、その攻撃に対して体を必要以上に強ばらせてしまい、次の行動への反応が遅れる。
ビュンッ!
「……ま、参りました…」
反応が遅れた事で、三度目の攻撃に対処出来ず、決着となる。しかし…
「強くなったな。正直驚いた。」
俺は素直な感想を述べる。
元々高いセンスを持っていたイナヤだが、それが上手く馴染んでいるのが分かる。
「ほ、本当ですか?!」
負けた事で少し暗い顔になっていたイナヤだが、俺の言葉でパッと顔を明るくする。
最初に会った時は表情を変えずに感情を表に出さなかった彼女だが、随分と感情が表に出るようになったらしい。
「ああ。体勢を崩したのを利用した動きにはビックリしたぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
礼を言うイナヤは、これでもかという笑顔を見せてくれる。アマゾネスは美人さんばかりだから破壊力がヤバい。
「あー!イナヤ狡い!」
「へへ…」
「あたいもやる!!」
ピルテと作戦会議していたはずのナナヒが顔色を変えて俺の方へと走ってくる。アタニとチクルもさりげなく後ろについてきている。
「お、おいおい…」
「シンヤ!あたいとも手合わせ!」
頬を膨らませるナナヒ。
イナヤだけ特別に手合わせ…というわけにもいかない。
俺はそこから三人と手合わせする事になり、四人の成長に驚かされる事となった。
ニルとの戦いである程度実力は見ていたが、やはり手合わせするとよく分かる。彼女達はそれぞれで強くなっている。恐らく、大抵の相手ならば彼女達だけでも掃討出来てしまうだろう。
「四人とも強くなったな。」
「まーねー!でもニルには勝てないー!悔しいー!」
「ニルもナナヒ達同様に強くなったからな。」
嬉しそうなニルと悔しそうなナナヒ。対照的ではあるものの、どちらも分り易い表情だ。
「おーい!交代の時間だぞー!」
手合わせを終えて話をしていると、ナナヒ達を呼ぶ声が聞こえてくる。
「あっ!忘れてた!シンヤ!また明日ね!」
「ああ。見張り頼んだぞ。」
「まっかせなさーい!」
嵐のようなナナヒが去り、俺とニル、そしてピルテだけが残される。
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