第789話 時間の有効活用

暗号を読み解けるのはスー君しかいないし、次の目標について分かるまでは大人しくしているのが吉だろう。


「それはスー君に任せるとして…俺達は大人しく待っているしかないか。」


「外に出て見付かりでもしたら大変な事になりますからね。」


果報は寝て待て…というやつか。


「時間が出来たし、この時間で色々と準備をしておくとするか。」


とにかく忙しい日々を乗り越えて来たから、こうして時間が出来るのは久しぶりな気がしてしまう。

スラたんやシュルナも居る事だし、役立つ物が作れるだろうから、時間を有効活用するとしよう。


その後も会議は暫く続いたものの、結局結論が変わる事は無く…俺達はそれぞれ時間を持て余し、やりたい事をやって過ごす事になった。

やりたい事を…とは言っても、時間的な余裕が増えたわけではないし、余裕はそうないのだが、焦ったところでスー君の買得が早くなるわけでもなし。

会議で方針が決まるまでは待機という事になったし、俺達は大人しく待つ事にした。


「こうして落ち着いて何かを作るのは久しぶりだな。今回はシュルナの手を借りられるし、今まで作ってきた物より良い物が作れるはずだ。」


「何でも作るよ!」


横に居るシュルナやスラたんもやる気満々だ。


「これで戦闘が少しでも楽になると良いですね。」


「そうだな。俺達だけじゃなく、皆が使える物を作らないとな。」


「はい!」


「さてと……まずは何を作ろうか。ニルは何か必要な物とか、こういう物が有ったら…みたいな事は思った事無いか?」


「そうですね……」


ニルは顎に人差し指を当てて考える。


「うーん……あっ!そう言えば!」


ニルは顎に当てていた人差し指を立てて目を見開く。


いちいち仕草が可愛いのは何故だろうか…


「何か思い付く事が有ったか?」


「はい!戦闘時の話なのですが、盾を使っていると、相手との距離が非常に近くなります。なので、結局アイテムを使う時はある程度用意しておくか、もしくは少し離れたタイミングで取り出す必要が有ります。しかし、もし近距離でも取り出せるように工夫を凝らせたならば…」


「なるほど。盾で防ぎつつ、その場でアイテムを選んで使う事が出来るということか。」


「はい。」


戦闘は常に流動的に状況が変わる。いくらニルでもその全てを読み切る事は出来ない。それは読みという点においてニル以上であったイェルムでも同じだろう。イェルムの場合は、ピンポイントで読み切った部分も有ったが、どちらかと言えば何が来ても対処出来る魔法を設置したり、使用していた。勿論。それでも上手く相手に合わせられたのはイェルムの腕が良かったからなのは間違いないだろうが、全てを読み切ったわけではない。


そういう流動的な行動の中、相手の動きを読んで、先に用意しておくのは至難の業。それでもニルは何とかやってきたが、相手のレベルが上がれば上がる程、それは難しくなる。

もし、先に用意する必要がなくなり、その場で選択してアイテムを使う事が出来るならば、ニルにとってはかなり嬉しいだろう。


「要するに、盾を構えながらもアイテムを取り出せるような何かを作れば良いんだな。単純に盾の裏に収納出来る何かを取り付ければ良いんじゃないか?」


「それはダメだよ!」


俺の言葉に反対するのはシュルナ。


「ダメ…なのか?」


「うん!盾は相手からの攻撃を受けるのに使うし、耐久度は勿論のこと、取り回し易さも重要になるから、下手にあれこれ付けちゃうと使い辛くなるんだよ。」


「なるほど。確かに重くもなるだろうしな。でも、そうするとなかなか難しいんじゃないのか?」


「普通は戦闘中にそういうもの出し入れしようとは考えないから、今まで考えられてきたような工夫じゃ難しいかな。」


「それもそうか…こういう戦い方をする相手は見た事無いしな。」


「普通は思い付いてもなかなか出来ないと思うよ?」


「そうなのか?」


「魔法使いみたいな後ろであれこれする役目の人なら出来るかもしれないけど、最前線で戦いながらって、なかなか出来ないと思うけど…?」


「そうなのでしょうか…?」


俺もニルも、普通に使って戦ってきたし、あまり難しいという感情は無かった。しかし、言われてみると、レベルの高い相手との戦闘では、アイテムを取り出す動作が命取りになる事も有るわけだし、難しいと感じるのが普通なのかもしれない。


「しかし、そうなると…やはり難しいか…」


「可能か不可能かで言えば可能だとは思うけど…」


シュルナも色々と考えているみたいだが、なかなか良い案は出て来ないらしい。まあ、新たな何かを作るというのはそういうものだ。故に時間が出来た今やっているのだし。


「スラたんの方は、何やら色々と作っていたみたいだが?」


「僕の方はスライムから色々と作るって所は変わらないからね。珍しいスライムを見付けては色々と作っているよ。それだけじゃなくて、色々と掛け合わせたりして、なかなか面白い物とかも出来たりしてるね。」


「スラたんの名は伊達じゃないって事だな。」


スラたんは、俺とニル、シュルナに作った色々な物を見せてくれた。

何に使うのだろう…?みたいな効果の物も多かったが、普通のアイテムには無い効果を持ったスライム製の薬品は、なかなか面白そうなアイテムになりそうだ。


「僕はこれを使い易いように加工しようかな。」


「私はニルさんの要望に応えられる物を作ろうかな。」


スラたんとシュルナは、それぞれやる事を決めたらしい。


「そうなると…俺とニルは何を作ろうか?」


スラたんとシュルナにそれぞれの事は任せておき、俺とニルは別の物を作る事にした。二人はプロなのだから、俺達が手を出す必要など無いだろうし。


「そうですね…私の要望は叶えてもらえそうですから、ご主人様が必要だと思うものを作るべきかと思います。ご主人様は、何か必要だと感じる物は無いのですか?」


「そうだな…」


自分がまだまだ力不足である事はよく理解しているつもりだが、かと言って何かを作ればそれを埋められるかもとは考えてこなかった。ひたすら刀を振る事くらいしか思い付かないし…

ニルに言われて考えてはみるものの、なかなか良い案が浮かばない。


ニルは考えている俺を見ながらニコニコしている。俺の悩んでいる顔を見て何か楽しいのだろうか…?


「戦闘で…と考えなくても良いかもしれませんね。」


「??」


「ご主人様は、いつもご主人様が作りたい物を作っていました。その時は、強くなりたいからとか、自分の足りない部分を補いたいとか、そういう事は考えていなかったかと。」


ニルに言われて考えてみると、確かに今までは好きな物を作っていた。遊んでいたと言っても良いだろう。


「確かに…言われてみると、そういう理由で物を作った事は無かったかもしれないな。」


「ご主人様の場合、そうして何かの枠に収めようと考えてしまうのは良くないように感じます。」


遠回しに、変人だと言われているような気もするが…


「確かにニルの言う通りかもな…」


「ご主人様は、何かアイテムを作って補う必要が無い程に強いと私は思っていますし、無理矢理作る必要は無いと思いますよ。それよりも、今後来るであろう過酷な戦闘の前に、気抜きとしてものづくりをする…くらいの感覚で良いのではないでしょうか?」


俺よりも俺の事をよく知っているニルが言うのだから、素直に従うのが良いだろう。


「俺がそんなに強いとは思わないが…まあ、無理に作る必要は確かに無いよな。そうなると…折角だし、何か美味い物でも作るとするか。」


焦って何かを作り出そうとするのではなく、色々と作ってみて、その中で思い付いた物を形にしていくのが正解。そういう事だろう。

武器や防具、アイテムとは全く似ても似つかないものだが、少々腹も減ったし、何か美味い物でも作って食べる事にしよう。


「ご主人様が料理をして下さるのですか?」


「いつもはニルに任せっきりだし、たまにはな。」


「ふふ。ありがとうございます。」


嬉しそうに笑うニル。


「よーし!思い付くままに色々作るぞー!」


「はい!」


俺は、息抜きのつもりになって、インベントリから食材を諸々取り出す。


「こうして見ると、結構色々入ってたんだな。」


「食料は無くなると困りますが、有って困る物ではありませんからね。ご主人様のインベントリならば、腐る事も無いですし。」


この世界の食べ物には、日本に有った食べ物とほぼ同じような味のものも多い。

その中でも、日持ちするような食物はかなり重宝されている。


「よし。今回はあれを作ろう!」


「あれ…ですか?」


「うむ。今回はこれを使う。」


俺が手に取ったのはコルロと呼ばれる食物で、味や食感は完全なじゃがいも。唯一違うのは形が胡瓜きゅうりに似ているという一点のみ。


「コルロ…という事は、煮物系ですか?」


「いや。夕食には時間が有るし、そんなに腹も減ってはいないから、今回は軽く食べられる物を作る。」


「軽く食べられるもの…」


「まあ、どんな物が出来るかは出来てからのお楽しみという事で。

まずは、このコルロを薄くスライスしていくぞ。」


「はい!分かりました!」


まあ、現代日本に生きる者ならば、薄くスライスしたじゃがいもと聞いたら、何を作るのか直ぐに分かるだろう。


タタタタタタタタンッ!


「これで良いですか?」


「お、おぅ…流石はニルさんです…」


薄くスライスすると言ってから数秒後に、ニルは一本分のコルロをスライスし終わっていた。最早、俺の料理の腕など足元にも及ばないかもしれない…


「今回は皆の分も作るつもりだから、頑張って数を用意しようか。」


「分かりました!」


「俺の方はスライスしたコルロをこれに突っ込んでいくから、じゃんじゃん切ってくれ。」


そう言った俺の目の前には、大きめのフライパンに熱された油。


スライスしたじゃがいもを油で揚げて塩を振る。それで完成。そう。ポテチである。


こちらの陣営は人が少ないとは言え、全員分となるとなかなかにハードではあるが、ニルと交代しながら作れば何とかなるだろう。


という事で…そこからはひたすらポテチを作り続ける作業。


大変ではあったが、ニルと二人で作りに作った。


「な、なんか良い匂いがする…」


「あっちからだぞ…」


油でカラッとコルロを揚げている為、香ばしい匂いが近くのテントまで到達していたらしく、時間が経つにつれて周囲に人が集まり始める。


俺とニルが全員分を作り終えた時には、周囲に涎を啜りながら指を咥える者達が集まっていた。


「香ばしい匂いがすると思ったら、まさかこんな物を作っているなんてね。お疲れ様。」


そう言って俺とニルを労ってくれたのはスラたん。


スラたんは日本人である為、当然ポテチを知っている。


「僕にとってはかなり懐かしい物だから、ついつい寄って来ちゃったよ。」


「そう言えば、スラたんは俺よりずっと長くこっちに居るもんな。」


「うん。自分で作るには手間が掛かるからね。」


そんな事を言いながらも、スラたんの視線はポテチへ向かっている。


「どうやら、俺とニルが食べないと皆も食べられないみたいだな。」


皆の視線は俺達とポテチの間を行ったり来たりしている。作った俺達より先に手を付けるのは良くないという事で大人しく待っていたらしい。


「ふふ。みたいですね。」


「それじゃあ…頂くとしますか。」


正直なところ、油を使い続けて食欲は減退していたのだが…


パリッ!


「ん!作りたてのポテチってこんな美味いのか?!」


パリッ!


「…本当ですね!これ凄く美味しいです!油で揚げていたので重たいのかと思っていましたが…これならいくらでも食べられそうです!」


どうやら、ニルも気に入ってくれたようだ。


「な、なぁ!俺達も食って良いか?!」


たまらんと声を掛けてきた人達に向かって頷いてみせる。


「なんだこれ?!美味い!」


「何これ!病みつきになりそうだわ!」


「なんだ?またシンヤが変な事を始めたのか?」


皆がポテチを食べていると、その騒ぎを聞き付けてヤナシリ達アマゾネスの皆も近寄ってくる。


「どれ。私にも一つ頂けるかな?」


「どうぞ。皆の分を作ったつもりだから、適当につまんでくれ。」


「では早速…」


パリッ!


「ん…おぉ。これは良いな。酒が欲しくなる。」


感想がアマゾネスだな…


「なになに?!あたいにも頂戴!」


ヤナシリと共に来たナナヒ達もポテチを食す。


俺とニルが作ったポテチは、とにかく大好評で、いつの間にか持ち込まれた酒やら料理やらが集まり、結局宴会のような状態に…


流石に隠れているので歌って踊って…とはいかなかったが、ここまで張り詰めていた空気が和らぎ、皆の顔に笑顔が見える。


「ふふふ。流石はご主人様ですね。あれだけ緊張していた空気がこんなに和らぐなんて。」


「狙ってやったわけじゃないけどな。」


「だからこそ凄いのですよ。私には絶対に出来ない芸当です。」


皆の笑顔を見てから、俺の顔を見て微笑むニル。


「そんなことは無いと思うが…」


「そんなこと有りますよ。皆もこうして息抜きが出来たことを喜んでいます。この状況を作り出したのは、間違いなくご主人様ですからね。」


「……ありがとう。」


「ふふ。お礼を言うのはこちらですよ。」


俺は俺のやりたい事をやっただけなのだが…それが皆の笑顔に繋がり、こうして息抜きになっているのならば、それは俺にとっても嬉しい事だ。

緊張し続けるというのは、自分でも気付かない内に体力と気力を大きく消耗しているものだし。


「シンヤよ。今回は助かった。」


宴会の中、俺達の座る場所に静かに寄って来たのはヤナシリ。


「俺はやりたい事をやっただけなんだがな。」


「だとしても、皆の心を休ませてくれた事に変わりは無い。

ナナヒ達も、皆を守らねばと常に体と心を強ばらせていた。これで少しは楽になったはずだ。」


楽しそうに笑顔で話をしているナナヒ達に視線を向けたヤナシリが、優しい顔で言う。


「俺のした事が役に立ったのなら、それだけで十分だ。」


「フッ。シンヤは相変わらずだな。」


「俺的には多少成長したと思うんだが…」


「そういう事ではない…って、分かっていて言っておるな?」


「バレたか…」


「まったく……ここから先、我々は辛く苦しい立場に置かれるのは明白。今だけでも、皆の心が安らぐならば、これ以上嬉しい事は無いな。」


「……そうだな。」


今後、起きるであろう事象を考えると、やはり暗い気持ちになってしまう。


この中の全員が生きて事を収められるとは思っていない。それを皆分かっていてここに居る。


「すまないな。折角の楽しい時間に水を差してしまったな。」


「いや。考えないといけない事だ。特に、この道を進むと決めた俺達はな。」


「……そうだな。だが、今はただ楽しもう。」


「…ああ。」


ヤナシリの言葉はそこで終わり、乾杯をした後、俺とニルから離れて行く。


「……さっさと魔王を正気に戻さないとな。」


「…はい。」


俺の言葉に頷いたニルの瞳にも、俺と同じ気持ちが映っている。

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