第788話 複雑な状況
イェルム-パウンダから何とか逃げ
イェルムが俺達に追手を掛けるかとも考えていたが、どうやらその心配は無いらしい。
「イェルム-パウンダ……予想以上の腕前でしたね。」
「だな…あれは強敵だ。出来る事ならば戦いたくはないが…そうもいかないだろうな。」
「…そうですね。スカルべ様が持ち帰った情報を聞いてからにはなりますが、パウンダ家が関わっているのはまず間違いないと思います。敵に回るのはほぼ確実かと…」
「だよなー…」
あの戦闘能力はかなり厄介だ。今回は一人対二人だったから良かったものの、あれに前衛やら何やらが混ざれば手が付けられなくなる。
「こちらも魔法についてもう一度しっかり考えてみるべきですね。」
「ああ。だが、今はそれよりも、早く皆と合流しないとな。」
「はい。」
人の足では速度に限界が有るし、体力も無限ではない。ただ、俺とニルだけならば、それなりに速く移動出来る為、想像よりずっと早く目的地へと辿り着いた。
今回は全ての情報を共有する為、ヤナシリ達の元まで一度帰る。
「お、驚いた…まさかこんなに早く帰って来るなんて…オイラもさっき着いたばかりだよ?」
「そうなのか?それなら話し合うのに丁度良かったな。」
「それはそうだけど…そういう事じゃないんだ……って、言っても仕方が無い事だね…」
「そんな事より、持ち帰った情報の共有を頼めるか?」
「……そうだね。」
何とも言えない視線を受けたが、取り敢えず納得してくれたスー君が皆を集めてくれる。
「シンヤ君!戻って来たんだね!」
「遅くなってすまなかった。」
「シンヤ君達が無事ならそれで良いよ。怪我も無く帰って来てくれたんだから、これ以上の結果は無いさ。」
皆が集まって早々に、スラたんがそんな事を言ってくれる。
「そうだな。まずは全員無事に帰って来てくれた事を喜ぶべきだろうな。まあ、シンヤ達ならば上手くやってくれると信じていたが。」
後から俺達の待つテントへ入って来たのはヤナシリ。
「なかなか際どい状況ではあったがな…」
「それ程だったのか?」
「イェルム-パウンダと少しだけやり合ったが、あの魔法を使うセンスは尋常ではないな。はっきり言って化け物レベルだ。」
「やり合った?!まさかあの後に?!」
スー君は声を裏返して聞いてくる。余程衝撃的だったらしい。
「それ程か…魔女族は魔法に関する事に長けた種族である事は承知していたが…あまり戦闘に出て来る者は少ないと聞いていたが…」
「戦闘を得意とする者達は少ないよ。ただ、戦闘を経験した者達は、魔法をどう使うと戦闘に役立つのかを把握しているんだ。オイラだってそう簡単には近付けないよ。まさかあの後に…やっぱりオイラも残っておくべきだったかな…」
「いやいや。結局ニルのお陰で無事に帰って来られたんだから。」
かなり危険な状況だった事に間違いはないが、一先ず無事に帰って来られたのだから良しとするべきだろう。
スー君はこちらの陣営でも猛者の部類に入る人員だ。今の時点から手の内を明かしてしまう可能性を考えれば、これが最善手だったと言えるだろう。
「まあ、それはそれとして、敢えて一度合流した理由を聞かせてくれないか?」
「…そうだね。それじゃあ、オイラの持ち帰った情報について共有するよ。」
そう言うと、スー君は机の上にいくらかの紙束を出す。
「これは?」
「これがオイラの持ってきた情報だよ。」
スー君の言いたいことは分かるが、紙束に書かれている内容はパッと見で分かるようなものではなさそうだ。
「どういった内容なんだ?」
「簡単に言えば、オイラ達の予想通り、パウンダ家が魔具の製作に関わっている証拠だね。まあ、間接的な証拠でしかないけど、証拠としては十分だと思うよ。」
「…他にも何か有るんだよな?あのままパウンダ家に手を出さなかったのは、それなりの理由が有るよな?」
「うん。その通りだよ。実は、この書類の中に、パウンダ家と取引をしている者達の名前が入っているんだ。」
「取引相手の情報が…?そんな物を盗めるよつな場所に置いておくものなのか?」
「いや、普通は簡単に盗めるような場所ではなかったよ。それに、この文書を読むだけじゃ分からないんだ。暗号化されているからね。」
「暗号化…?逆にそれを読み解けるってのはどういう事なんだ?」
「へへ。その辺は吸血鬼族だからとしか言えないね。オイラにも言えない事は有るんだよ。」
「気になる言い方だが…聞いたらマズイ事になりそうだからやめておこう。」
スー君は軽い感じで言っているが、吸血鬼の闇の部分について詳しく知るなんて怖すぎる。知らぬが仏という言葉が有るくらいなのだから、敢えて暴こうとなんてしなくて良い。
「その方が懸命だね。」
そう言うスー君の笑顔が怖いのは俺だけではないらしく、皆も顔が引き攣っている。
「それで…その取引相手ってのは?」
「うん……それが……結構厄介な相手でね。
取引相手は、四魔将の一人みたいだ。」
四魔将は、魔王直下の近衛兵。その中でも最高峰の位に就く四人を表す言葉だ。
「状況的に見れば、魔王に近しい者が関わっているだろう事は分かっていたし、予想的中…だよな?元々そういう予想を立てていたのだし、敢えて退却する理由にはならない気がするのだが…」
「まあ、予想的中と言えば的中なんだけど…」
「不可解…か?」
話に入ってきたのはヤナシリ。
「正直、不可解と言うより、有り得ないとさえ思っているよ。勿論、そう予想していたのにはオイラも賛同していたんだけど…」
「待て待て。なんでそれが不可解とか有り得ないって話になるんだ?」
「シンちゃん達は魔族に関してあまり知らないからその感覚が無いかもしれないけど、魔王様と四魔将というのは、それを有り得ないと断言出来るくらい強い絆で結ばれているんだよ。」
「……??」
言葉の意味は分かるが、いくら強い絆で結ばれていても、裏切るという事は有るはずだ。日本の歴史上にだってそんな話はゴロゴロしている。
「まあ、そう言われても納得出来ないよね。そうだな…例えば、戦争がまだ激しかった時の事だけど…」
そう言ってスー君が話してくれた内容はこうだ。
昔…まだ魔族が戦争の真っ只中にいた頃の事。
そんなある時、魔族が戦争へ赴き、敗戦間近という危機的な状況に陥った事が有ったらしい。その時は、魔族全体の雌雄を決する戦争であった為、魔王も戦場に居たらしい。
このままでは勝てないと理解した魔王軍は、一度撤退し、体制を立て直す事とした。敗戦間近という状況なのだから、敗走と言い替えても良いだろう。
そんな状況の魔族に対し、相手は当然ながら追撃を仕掛ける。そうなると、敗走の兵達は次から次へと殺され、逃げ切る頃には殆どの者達が屍になってしまう。
それをよく理解していた魔王は、
当たり前だが、魔族の王なのだから、魔王が殺される、もしくは捕らえられた場合、魔族の負けが確定する。皆は猛反対。魔王さえ生きていれば、再起する事も可能かもしれないのに、ここで魔王を差し出すのは馬鹿のする事だ。
しかし、魔王はその場で皆に言ったらしい。
魔王というのは、魔族の中で最強である者に与えられる称号であり、その称号を持つ者は最も過酷な戦場へ立たねばならない。
自分が死んだとしても、また魔族内で最強を決め、魔王として立たせれば良いだけの話。ここで魔王の名を冠する者が立つ事こそ、魔王の役目…と。
そんなのは言葉の綾と言うのか、揚げ足取りのようなものだとは思うが、魔王は殆ど無理矢理殿の役目を担ってしまったらしい。そして、誰一人として自分と共に残る事は許さないと命令を下したのだ。
その命令を聞けば、誰でも魔王はここで死ぬつもりだろうと理解する。魔王も、恐らくはそのつもりだったはずだ。
そして、いざ敗走という状況になり、兵士達が逃げる事となった時、死に向かう魔王の命令を聞かず、魔王のやった事と同じように、無理矢理殿として残る者達が居た。それが四魔将である。
相手は数千、数万という数の敵兵達。
その死地とも言える場所に残るという事は、それこそ死ぬ事と同義であるという事は分かっていたはずだ。それでも、四魔将は魔王の命令を無視して共に残ると言い張った。それでも無理矢理帰らせようとするのならば、この場で斬り捨ててくれとさえ言ったらしい。
魔王としては、四魔将の内の誰かが次の魔王となる事を期待していたらしいが、四魔将は決して首を縦には振らなかったそうだ。
そうこうしている間に、敵軍が目の前に迫り、魔王も四魔将も戦闘に巻き込まれてしまう。
「誰しもがその五人は死んだと思っていたらしいけど、その後、一週間という時間を経て、ズタボロの五人が互いを支え合うように帰って来たんだ。」
「たった五人で数万の追撃を止めたのか?!そ、それは流石に盛りすぎだろ…御伽…だよな?」
「いいや。本当の話だよ。何故なら、その相手の中に、オイラ達吸血鬼族も居たからね。」
「スー君もその場に…?」
「居たよ。正直今考えても現実味の無い話だとは思うけど、実際にたった五人に追撃を止められてしまったんだ。」
「と、とんでもない話だな…」
「まあ、オイラが言いたいのは、死ぬ覚悟をした上で、四魔将は魔王と共に残ったんだ。それこそ、家族よりも強い絆で結ばれていなければそんな事は出来ないはずさ。」
「…それは何となく分かります。もし、私が同じ立場に立たされ、ご主人様が死地へと向かわれるのであれば、私は命令に背いて死ぬとしても、ご主人様と共に残る道を選びますから。」
キッパリと言い切るニル。
「そうだね…シンヤ君とニルさんの関係に近い…って事なのかもね。」
スラたんが話を聞いた後、そう言うと、俺の中でも何となく理解出来てしまった。ニルが俺に言ったように、俺もまた逆の立場になれば間違いなく残るだろうから。
「魔王様と四魔将の間には、そういう絆を示すような逸話が数多有るんだよ。」
「…そう考えると、確かに四魔将が魔王を裏切るとは考え辛いな。」
俺がニルを、ニルが俺を裏切る事なんて考える事すら出来ないのと同じく、魔王と四魔将もまた、裏切るというのが考え辛い関係性なのだ。
「もしも、何かが有って四魔将が魔王の様を裏切ったとしても、それをパウンダ家が知り得る事は無いと思うんだよね。」
「魔族にとっての一大事だし、四魔将も本気で隠すだろうな。」
「うん。それなのに、暗号化されているとはいえ、こうも簡単に四魔将の名前が出て来るなんて…」
「おかしいって話しか…まるで四魔将を疑うように仕向けられているかのような…」
「そう言われてみますと、イェルム-パウンダも、私達を殺そうとはしていませんでしたし、そこまで本気で捕らえようとはしていなかったように感じますね。」
「そうだな。」
イェルムの腕前であれば、もっと苦戦していてもおかしくはなかったはず。それなのに、こうも簡単に逃げられたというのは、どうにもおかしな話に感じてしまう。
俺とニルの足が速いとはいえ、誰も追って来なかったというのも腑に落ちない。
「そう考えると、何かしらの裏が有る気がするんだよね。オイラ達側は、一つの失敗で全てが崩壊する危うい立場だからさ。」
「怪しい点が有るのに、決め付けで事を進めれば、全てが水の泡になるかもしれないって事か。」
「うん。オイラの独断ではあったけど、慎重に手を打たないといけないから、一度退く事にしたんだ。」
流石は吸血鬼族の中でもアリスの側近を務めるだけの事はある。あの状況下で冷静な判断を下して、一度退くと決められる者は多くないだろう。
「だとすると…次は取引相手の四魔将の事を調べるのか?」
「そう出来れば簡単なんだけどね…その四魔将は、ケルビン-ナイトライドという男なんだ。」
「ナイトライド…」
名前を言われても俺には想像すら出来ない。
「ケルビン-ナイトライドという男は、執事と魔将を兼任している男でね。別に執事をやる必要は無いんだけど、趣味でやっているらしいんだ。変わり者ではあるけれど、アーヴァンク族…と言っても想像出来ないだろうけど、見た目は人型のビーバーで、怪力の持ち主なんだ。」
「アーヴァンク族…?聞いた事無いな。」
「珍しい種族ってわけじゃないけど、住んでいる地域が限定的な種族でね。この辺りには住んでいないから見た事は無いと思うよ。」
アーヴァンクと言うと、ビーバーの怪物…だったような……詳しくは知らないが、とにかくそういう種族がいるらしい。
「つまり、そのアーヴァンク族のケルビン-ナイトライドを調べたら良いのか?」
「さっきも言ったけど、そう簡単にはいかないんだよ。ケルビン-ナイトライドだけではなくて、四魔将の情報なんて普通は手に入らないからね。」
「まあ…普通に考えたらそうか…」
「では、どうするのですか?ここで首を傾げていても情報は入りませんよ?」
魔界に来てから色々と動いてはいるが、決定的な情報が未だに掴めていない状況にある。
パウンダ家が裏で動いているのは間違いないようだが、その後ろに居るのが四魔将のケルビン-ナイトライド。しかし、その四魔将をそのまま黒幕とするのはどうにも腑に落ちない。
「そうだね……ランパルドとのやり取りで何か掴めないかな?」
「反魔王組織として長く動いているから、何かしらの情報を持っている可能性は有るとは思うが…それは流石に危険過ぎないか?」
アーテン婆さんの娘であるテューラが入っている組織とはいえ、ランパルド全体を信用するのはかなり危険だ。テューラのみならば信用出来るかもしれないが…
「だよね…」
八方塞がり…という状況でもないとは思うが、あまり動き回っていると、魔王が差し向けた兵士達に見付かってしまう。そうなると情報どころではないし、多少なりとも情報が得られる可能性が有る状態で動きたいところだ。
「状況が複雑になり過ぎて、どの情報を信用すれば良いのか分からないな。」
話を聞いていた皆も意見を出して状況を整理しようとする。しかし、色々と足りないピースが多過ぎて、状況を整理しようにも出来ない。
「パウンダ家の事が分かれば、どうにか取っ掛りくらいにはなるかと思っていたんだけどね…」
「…だが、あてが外れたというわけでも無かろう。魔具の製作に関わっているという事は間違いないのならば、その辺をもう少し洗い出すのは悪くない手だと思うぞ。」
今のところ、俺達が持っている情報の中で間違いない事実は、パウンダ家が精神干渉系の魔具を街中に設置していた事。そして、それだけ大きな規模の計画が動いていたとすると、どこかに付け入る隙が有るかもしれない。
「四魔将の情報が手に入らなければ、その辺りを探ってみるしかないか…」
「そうだね…取引相手の名前はケルビン-ナイトライドだけではないし、情報を持っていそうな者の名前を探してみるよ。」
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