第785話 約束
「何が有ったのかは分からないけど…流石にそれは出来ないよ。」
「いや、最優先されるべきはスー君が持っている情報だ。それが皆に伝われば色々と助かるだろう。」
「それは…そうかもしれないけど。オイラも行くよ。」
スー君は本気で俺やニルの事を助けてくれようとしている。それはよく分かっているが、俺達にとっての最優先事項を忘れてはいけない。
「俺達だって死ぬ気は無い。危なくなれば直ぐに逃げ出すから安心してくれ。」
「そんな事言われても…」
スー君はなかなか頷いてくれないが、これは俺個人の問題だし、敢えて危険な場所に俺の我儘で付き合わせるわけにもいかない。
「必ず帰ると約束する。」
当然だが、ここで死ぬつもりは一切無い。
エーメルへの義理を果たしたら、この場から即座に退散するつもりだ。
「……シンちゃんがそこまで言うなら…」
渋々…と言った感じではあるが、何とか頷いてくれた。
「情報の方は頼んだぞ。」
「それは任せてよ。確実に皆の元に届けるって約束するから。今は忙しいし、シンちゃんへの報告も後で。それと、変装の魔法も切れるから、顔は隠しておいてね。」
「ああ。分かった。」
今の状況でゆっくり話している時間は無いし、これだけの騒ぎになっているのならば当主は既に俺達の手の届かない場所に避難しているだろう。このまま当主の所へ…とはいかない。
スー君が持ち帰った情報を皆で共有して、その後対策を練るとしよう。
スー君を見送り、俺とニルは騒ぎの大きな方へと視線を向ける。
「いつもいつも悪いな。ニルには迷惑ばかり掛けて。」
「問題有りません。私の全てはご主人様のものですから。」
「……ありがとう。」
ニルは文句も言わず、俺の横に立って武器を取り出す。
「ここからの敵はミネリュナの連中だ。屋敷の者達にとしては複雑な気持ちだろうが、連中に殺されるよりはマシだろう。」
「そうですね。話を聞く限り、適当な名目を掲げてやりたい放題やりたいだけの連中のようですし。このままではメイドも関係無く殺されてしまいます。」
「敵でも味方でもないとはいえ、俺達のせいでそうなるのは流石に寝覚めが悪過ぎるからな。」
「…そうですね。」
少し間の空いた返事だったが、ニルは頷いてくれる。
エーメルとの約束だから…という理由を敢えて強調しなかった事が伝わったのだろう。
まあ、そんな事よりも今はミネリュナの連中だ。俺達がこうしているのも、まず間違いなくミネリュナの仕業だろう。殆ど俺達の情報は漏れていないはずなのに、帰って直ぐに連行されたし、俺達がミネリュナと接触している事を知っていた。その上でこの襲撃。ミネリュナに一杯食わされたと考えるのが普通だろう。
「行くとするか。」
「はい。」
ニルの口数がいつもより少なく感じるのは気の所為ではないだろう。恐らく、超怒っている。理由は言わずもがな…
パウンダ家の方は、敵というには少し足りていない感じがする。強さとかではなく、メイド達や兵士達は、恐らく殆どの者達が何も知らされていない。ただパウンダ家を陥れようとした者達と俺の事を認識しているはず。そんな者達を無差別に殺しまくっては、神聖騎士団と同じになってしまう。故に、ニルも無駄な殺生まではしていないだろうと思う。
しかしながら、ミネリュナの方は完全な敵だ。俺を陥れた上に、この襲撃。ニルが連中を殺す理由としては、前者の理由だけで十分なはず。
「私が盾となります。」
淡々と声を発するニルだが、俺にはその声が冷たいものだと分かる。
ミネリュナも敵に回してはならない相手を敵に回してしまったと後悔する事だろう。
俺のその予想は、数分後には見事に的中する事となる。
「居ました!」
屋敷内でパウンダ家の兵士達と剣を交える黒装束の者達。間違いなくミネリュナの手の者だろう。
それを見た瞬間、弾け飛んだようにニルが走り出す。
「はぁっ!!」
ザンッ!!
剣を交えて鍔迫り合いをしていたミネリュナの構成員に対し、ニルは背後から首裏に刃を走らせる。
刃は見事に首裏を切り裂き、その者は声すら発する事無く絶命する。
「なっ?!」
俺達の姿を見て、パウンダ家の兵士達は敵が増えたと思ったのだろう。驚いた後にニルへ剣を向けたが…
ガンッ!ザシュッ!!
「ガハッ!!」
剣を向けた先には、既にニルの姿は無く、ニルは次のミネリュナの構成員を盾で殴り飛ばし、またしても首筋を切り裂いている。
「ど、どういう事だ…?」
呆気に取られる兵士達だったが、ニルはそんな事お構い無し。
タンッ!
「この!メイド風情が!」
ブンッ!
ニルに向けて剣を振り回すミネリュナの構成員。
どうやら街中で会ったゴロツキ連中よりは腕が立つらしいが、ニルの前では大差が無い。
ザクッ!
「ゴッ…ゴフッ……」
ドサッ…
振り回された剣を軽やかに躱したニルは、その動きの最後に、真っ直ぐに喉元へと刃を突き立てる。
「何者だ?!」
構成員の方も俺達に警戒した態度を見せる。
「そんな事はどうでも良いです。私はただ、あなた達がした事の代償を請求しているだけなので。」
ビュッ!
ニルが小太刀を勢い良く振り下ろすと、床に血がビチャッと飛び散る。
「代償だと…?笑わせるな!」
調子に乗った構成員の一人が、ニルに向けて魔法を放とうとする。
ビュッ!ドスッ!
「はぇ……?……」
ドサッ!
しかし、ニルの投擲した投げナイフが、その眉間を見事に貫き、情けない声を出した後、その場に後ろ倒しになる。
「あなた達には残念な事かもしれませんが、一人としてここから逃がすつもりはありません。」
「「「「ッッ!!」」」」
ニルが視線をミネリュナの構成員に向けると、その殺気に全員が息を飲む。
やっと、どんな相手を怒らせてしまったのかを理解したようだ。
「クソッ!撤退だ!」
ガガガガガガッ!!
ニルの気迫に負けて、逃げようとした構成員達だったが、それは叶わぬ夢となる。
退路の先に生み出されたのは、俺が用意していた土魔法による分厚い石の壁。物理的にも魔法的にも破壊するのにはいくらかの時間が必要になる。しかし、残念な事にその時間を作り出すのは、ニルと俺を相手にしては不可能に近いと言える。
ニルも怒ってはいるが、俺だってそれなりに腹が立っている。情報を寄越せと言われたからその通りにしたというのに、俺を餌に襲撃するとは…まあ、俺も利用しようとしていたから文句は言えないだろうが、腹が立つものは腹が立つ。痛い思いまでしたのだから、逃がすつもりなど無い。
「クソッ!早く魔法で破壊しろ!」
「そんな時間無いわよ!とにかく固まって戦うのよ!」
咄嗟に残った者達で固まり、戦おうとしたのはゴロツキとは違うという証拠。しかし、それだけでは俺とニルの攻撃を防ぐには不十分だ。
「逃がしはしませんよ!」
真っ先に敵の塊に突っ込んで行くニル。無闇矢鱈ではないが、いつものニルから考えると多少強引な立ち回りだ。それでも勝てるという自信が有るからだろうが…背中は守ってやらなけらばならない。
まあ、結局は背中を守る必要が無い展開となり、相手が一方的に蹂躙されるという状況になったのは想像に難くないだろう。
「お、お前は我々と敵対していたはずだが…?」
俺が例のメイドだということは気が付いていない様子だ。顔も隠しているし、バレないようにしているから当然か。
一応、ニルも変装はしているが…そもそも印象的な顔立ちだからか、顔をある程度隠していても直ぐにバレてしまった。凝った変装をしている時間が無かったから仕方の無い事ではあるが、もう少し手を加えておくべきだったか…?
「何を勘違いしているのか知りませんが、私達はミネリュナと共闘関係にあるわけではありません。寧ろ、私達にとっても敵です。」
「ど…どういう事だ…?」
あまり詳しい話を知らない兵士達にとっては困惑する状況である事は間違いないだろう。敵だと思っていたのに、その者達に助けられ、ミネリュナとは敵対していると言われてしまうと、何が何やらといった状況だろうし。
「それよりも、さっさとこのクズ共を始末しなければ、屋敷内の者達が全員死んでしまいますよ。いくらクズだとはいえ、腕前はそこそこですからね。屋敷の護衛程度では手も足も出ないでしょう。」
「「「………………」」」
生き残った兵士達は、ニルの言葉を聞いて何やら考え込んでいる様子だが、この状況では選択肢はほぼ無いと言える。
「…分かった。今はとにかく屋敷の者達を無事に逃がすのが最優先事項だ。戦闘が激化している場所へ案内する。」
即座にその場で方針を決められるのは優秀な人材が揃っている証拠。惜しい事に、彼女達の剣術は正直に言ってあまり良いものとは言えない。魔法の街に生まれ育ったのだからそれで良いのかもしれないが、もう少し近接戦闘においても腕を磨けば、かなりの猛者になる者達も多そうなのに勿体無い。まあ、そう簡単にどちらも極められるのならば、世の中猛者で溢れ返っているだろうし、上手くいかないものなのだろう。
俺とニルは、そうして兵士達に連れられて戦闘が激化している屋敷の中心地へと向かう。
廊下を走っていると、剣戟の音と魔法の光が近付いてくる。
「メイド長!このままでは!」
「もう少しで増援が来るわ!それまで持ち堪えて!」
メイド生活で何度も聞いた声。
メイド長のシャスタリーヌの声だ。
「メイド長!増援が来まし……!?」
メイドの一人がこちらを見て驚愕した表情を浮かべる。
やはりニルの変装をもう少ししっかりしておくべきだっただろうか…?いや、それも今更か。
「そ、そんな!」
「メイド長!」
ここに来てメイド長でさえ敵わない相手の登場だ。さぞ絶望した事だろうが…
「はっ!!」
ザンッ!
「ぐあぁぁっ!」
ニルが即座に斬り掛かったのはミネリュナの構成員。
絶望していたメイド達は、状況が飲み込めずにポカンとしている。
ザンッ!!
「ガハッ!」
俺も一太刀で相手の胴体を上下に切り分け、そのままミネリュナの構成員達を次から次に切り裂いていく。
ニルの言う通り、ミネリュナの構成員は悪くない腕をしている。ただ、脅威になる程かと聞かれたならば、そんな事はないと答える。
接近してしまえば多少のフェイントを混ぜるだけで簡単に急所を晒してくれる。
唯一、魔法が厄介な相手ではあるが、そこは俺とニルのコンビネーションとスピードで完全に抑え込んでいる。
「な、なんだコイツ?!」
「クソッ!強過ぎる!」
構成員達も、俺とニルに次々と殺されてしまい、後退っている。
ザシュッ!
「がぁっ!」
「私が強いのではなく、あなた達が弱いのですよ。」
ミネリュナの構成員を殺す事を当たり前だと思っているような冷たい視線を向けるニル。本当にミネリュナを壊滅させるまで怒りが収まらないのではないかと心配になる程怒っている様子だ。
「……………皆!あの者達を援護して!」
俺達がミネリュナの構成員を処理していると、その様子を黙って見ていたメイド長が、近くのメイド達に指示を出す。
「し、しかしメイド長!良いのですか?!」
俺達はお尋ね者なのだから、それを助けて良いのかという意味だろう。
「あの者達と敵対したら、私達全員がこの場で死ぬ事になるわ。助けてくれているのならば、私達が援護してミネリュナの連中だけでも掃討しなければ。」
流石はメイド長。状況の把握と的確で迅速な判断。実に優秀な人だ。
「くっ…何者だ?!我々を敵に回してただで済むと思うなよ?!」
結構な数を減らしたと思ったが、それでもまだ目の前には十数人程の構成員が残っている。メイド長達だけで耐えるのはさぞ辛かっただろう。
それにしても…テンプレ的なセリフを吐く構成員。本当にそのセリフを使う者が居ようとは…
「手を出してただで……?」
あっ…ヤバい。
ニルがブチ切れ寸前…いや、構成員の一人が発した言葉で切れてしまったらしい…
「それはこちらのセリフです。自分達が何をしたのか本当に理解しているのでしょうか。いえ、していないのでしょうね。でなければそのような言葉が出て来る事など有り得ませんから。」
口早に相手の言葉へ返すニル。
今まで見た中で一番と言える程切れている。間違いない。
「ハッ!何が言いたい!ミネリュナを舐めた代償は払って」
ザシュッ!!!
何を言いたいかは会話の流れから何となく分かったが…その者が全てを言い切る前に、ニルの走らせた刃がその者の顔を横へ両断する。それ以上喋るなと言わんばかりに、口を上下に真っ二つにする斬撃だ。
ドサッ!
「代償を払うのはそちらです。」
「ヒィッ?!」
俺からはニルの背中しか見えないが、ニルの正面に居る者達は声に出して恐怖している。余程怖い顔でもしているのか、殺気が強くて怯えているのか…美人が怒ると本当に怖いからなー…
などと考えていると…
「メ、メイド長!」
メイド達の後ろから息を切らせて走り込んで来たのは、エーメル。どうやら地下牢から出て皆を助けに走って来たらしい。
「エーメル!何をやっているのですか?!早く逃げなさい!」
メイド長はエーメルの姿を見た瞬間、顔を青くして叫ぶ。
それはそうだろう。エーメルの戦闘力は低い。この場で最も生き残るのが難しい者とさえ言える腕前だ。こんな場所に走り込んで来て良い者ではない。
まあ、エーメルの事だから、地下牢から出た時にミネリュナ騒ぎを聞き付け、自分にも何か出来ないかと危険を顧みずに来てしまったのだろう。
「で、でも…」
怒鳴るように言うメイド長に対し、怒られた子供のような反応を見せるエーメル。
メイド長はエーメルを叱ったわけではなく、彼女を心配して声を荒らげたのだが…自分達が不利な状況だと分かっているミネリュナの連中にとっては、唯一現れた希望の光になってしまった。
エーメルが自分達が助かる為の唯一の手段だと感じたミネリュナの連中は、一斉に動き出してエーメルを狙う。勿論、殺さずに捕らえて屋敷から逃げ出す為に使うのだろうが、逃げ出せた後の安全は保証されていない。
つまり、ミネリュナの連中に捕まれば、十中八九エーメルの命は無いという事。
「エーメル!!」
相手の動きに気が付いたメイド長が何とかエーメルを救う為、足を前に出したが、彼女のスピードでは間に合わない。
タンッ!ザシュッ!!!
「「ぐあぁぁっ!」」
彼女の足では間に合わないが、俺の足ならば間に合う。
そもそも、エーメルが来た時点でこうなる事を予想していたから、咄嗟に間へ入る事が出来た。
飛び掛ろうとするミネリュナの連中を、エーメルの目前に着地したと同時に斬り払う。
「何故それが通ると思ったのか全く理解出来ませんね。」
「ぐっ……がぁっ……」
ドサッ!
ニルも全く同じ考えだったのか、俺とほぼ同時にエーメルの目前に入り込み、逆側の相手を始末してくれる。
「え……ぇ…?」
相変わらず間の抜けた声を発して驚いているエーメルだが、ここへ来たのは彼女との約束を果たす為。その相手が死んだでは意味が無くなってしまう。
「まったく…何をしに来たのですか。」
「え……っ!!」
やっと思考が追い付いたのか、俺とニルの姿を交互に見た後、俺の正体を察して驚いている。
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