第784話 救出と予想外
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ニルが俺の拘束を解き、手当てを終えた後、俺は驚きで固まっているエーメルに視線を向ける。
エーメルは、俺がこの部屋に連れて来られ、拷問を受けた後に来てくれた。
俺の事が心配だったのと、本当に俺が悪い事をしたのか。それがどうしても気になって面会を申し出たらしい。
仲良くなっていたというのも有って、俺にも罪悪感は有る。だが、俺達にも目的が有っての事で、エーメルを騙そうとして行った事ではないと理解して欲しいところだが…
「ぇ……あ……え…?」
こっちの思惑を理解して欲しいとかそういう話ではなく、そもそも状況を理解していない様子だ。
ニルには強がって見せたが、拷問を受けて全然平気というのは有り得ない。
この体の特性なのか、それともそういう耐性が有るのか…とにかく、痛みに対する苦痛が少ないのが救いだった。痛みが無いわけではないし、不快な感情は当然有るが、痛みに悶えて動けなくなるような事は無い。ただ、やはり精神的には辛いもので、エーメルへの説明を含めて、少しばかり心を落ち着ける事にする。
「あー…すまなかった。」
まずはエーメルに謝る。
謝る必要も無いのかもしれないが、騙していたのは事実だし、エーメルからしてみれば突然友達だと思っていた喋れないメイドが、喋れた上に、声からすると男だった…という状況なのだから、騙されていたのと同じようなものだ。
「え…えっと……シー…ちゃん?」
「あー…実は、俺は男なんだ。今は女に化けているが、声だけは変えられなくてな。」
見た目はスー君に変えてもらっているが、ベースの姿形を女性寄りにしてもらえる程度。恐らくエーメルには中性的な姿に映っているはずだから、見た目的には納得出来なくはないと思う。ただ…メイド服を着ている男性など想像したくはないだろうが…
「ど、どういう事…?なんでそんな事を?!まさか本当にシーちゃんは!?」
エーメルはチラリと自分の落としたナイフに目を向ける。
俺がパウンダ家を襲う賊の一味か何かだと思っているのだろう。ミネリュナとの繋がりも疑われていたわけだし、俺自身がミネリュナの構成員だと思っても仕方が無い状況だ。
「勘違いしないでくれ。俺達はミネリュナとかいう連中とは違う。パウンダ家を潰すのが目的ってわけでもない。まあ…結果的にそうなる可能性がゼロとは言えないが…」
「や、やっぱりミネリュナの?!」
「違う違う!」
言わなくても良い事まで言う必要は無かったが、エーメルは基本的には打算的な行動をしないから、ついつい正直に話さなければ…と考えてしまう。
「はぁ……貴女がそのナイフを手に取ったとしても、何かが覆る事は有りません。馬鹿な考えは捨てて下さい。」
俺の話を聞いていたニルが、手当をしながらエーメルの方すら向かずに言う。
「…………」
エーメルとしては、警戒を解けない状況だろうし、ニルの言葉を全て鵜呑みにするとも思えないが…とにかく、出来る限り誠意を込めて話すしかない。それでも無理ならば、無力化だけして自分達のやるべき事の為に動くとしよう。
俺だって人の子だし、あれだけ懐いてくれたエーメルを傷付けるなんて事はしたくない。目的の為に潜入し、目的の為に仲良くなったつもりだが、それでも情が無いわけではないのだ。
出来れば無力化などせずに納得して欲しいところだ。
「よく聞いてくれ。」
俺はそう切り出して大まかな目的を伝える。
魔王の事とか、その他諸々伝えていない事は多いが、パウンダ家は裏で恐ろしい事をしていて、それをどうにか阻止しなければと動いた。この話に嘘は無いし、これだけで俺達の目的は伝わる。
「………信じられない……」
俺の説明を黙って一通り聞いていたエーメルは、少し俯いたままそう呟く。
それはそうだろう。そう簡単に俺達の言う事を信じられないのは当然の事だ。
「シーちゃんは……シーちゃんの今までの行動は全部嘘だったの?!あれも…これも全部!!」
「全部って話じゃない。俺達は誰かに命令されて来たわけじゃないし、中での行動は自分の判断だ。つまり、俺が言いたいのは、ここでの生活で、俺がエーメルに行った事が嘘だったわけじゃない。打算的なところも有ったかもしれないが、少なくとも騙そうとして騙したわけじゃないんだ。」
騙す。その言葉を吐いて自分の感情が揺れているのが分かる。
形は違うかもしれないが、俺は自分が最も忌むべき行為をしている。
何度も騙され、人生において他人を騙さないように生きてきたつもりだった。それなのに、こうしてエーメルを騙している。結局、人というのは自分の為に他人を騙して生きなければ生きられないのだろうか。
そんな事を考えている俺の事を心配してか、ニルが手当する手をそっと俺の手に重ねる。
何も言わないが、ニルの気遣いが伝わってきて、少しだけ気持ちが和らぐ。
「そんな事言われても……」
エーメルの気持ちは分かる。
信じていた者に裏切られた時の辛さや喪失感は、俺も何度も味わったのだから。
だからこそ、このままエーメルを放置してしまうのはいけない。そう思えた。
「エーメルを騙そうとしたわけじゃない。結果的にそうなってしまった事は謝るが、俺の取った行動は全て俺がそうしたくてした事だ。」
「……………」
簡単には割り切れないだろう。しかし、ここで真摯にエーメルと向き合わなければ、きっとエーメルの今後の人生が大きく変わってしまう。悪い方へと。
敵でも味方でもなく、潜入した先のメイド一人にそんなに慎重にならなくても…と言われるかもしれないが、それを自分に許してしまえば、きっと今後も同じように人を騙してしまう。そんな生き方は絶対に嫌だ。
エーメルは黙り続け、時折俺の方をチラリと見ては、また俯いて何かを考えている。
「私は……」
そんなエーメルが、やっと口を開いたのは、ニルの手当てが終わる直前の事。
言葉を詰まらせるエーメルだが、その言葉が俺に向けられている事は視線から分かった。
「正直なところ、まだシーちゃんが男性だって事に驚いてる。でも、よく考えてみると、性別なんて関係無い。私はシーちゃんの優しさに助けられていたんだから。
もし、それが本当にシーちゃんの本心からの行動だったというのなら……もう一度だけシーちゃんの言う事を信じる。」
エーメルは、自分が出来ない者で、弱いといつも言っているが、俺から見れば全くそんな事はない。寧ろ、エーメルは強いと思う。
裏切られ、陥れられ、それでももう一度信じてみようと思えるなんて、本当に強い心を持っていないと出来ない事だ。
俺には出来なかった事でもある。今では誰よりも信じられるニルという存在がいるけれど、それは自分から信じると決めた結果ではなく、ニルが信じてくれたからこその結果だ。それを自分から…本当に彼女は優れた人格の持ち主だと思う。
「ありがとう。」
「で、でも、本当にこのパウンダ家がそんな事を…?私には全然そう感じなかったけど…」
「簡単に分かるようなものじゃないさ。俺達も最後まで本当にパウンダ家が…と思っていたからな。」
「……分からないけど、シーちゃんが本当にそう思って動いているなら、私はこれ以上邪魔しない。でも、もしも…もしもそれが嘘だったら…」
どうしてくれよう。という事ではないだろうが、もう信じられないと言いたいのだろう。
「嘘ではないから安心してくれ。もしも、パウンダ家に何も無いならば、俺達は何もせずに出て行くつもりだ。と言っても…ここまでに随分暴れてしまったみたいだが…」
ニルの姿を見ると、服にいくらかの返り血が見えている。恐らく俺を助け出す為に何人かを殺めたはずだ。
「ご主人様を傷付けた時点でお互い様です。」
ニルは迷うこと無く言い切る。
そんなに強い言い方をせずとも良いのだが…
「ま、まあ、別に誰かを傷付けたくてこうしているわけじゃないんだ。」
「…それは間違いありませんね。事実、私の邪魔をしない者達まで傷付けてはいませんので。」
「そういう事だ。必要な情報と真実が分かればそれで良いからな。」
ミネリュナの連中がどういうつもりで俺を利用しようとしたのかは分からないが、妬みでパウンダ家を狙うような連中とは違うという事だけは間違いない。
「……私はこの屋敷の人達に良くしてもらっているし、そんな悪い事をしているとは思えないけど、悪い事をしていないなら探られたところで何も出てこないものだよね。」
「まあ、そうなるな。」
一族が大きくなるには、それなりに悪い事もしなければならないのが普通ではあるが、それと魔王の件に関しては全く事の大きさが違う。多少の汚職程度ならば俺達の勘違いという事にしておけば良いが、もし、パウンダ家が魔王の件に絡んでいるとしたならば、見逃すわけにはいかない。
「……分かったよ。きっとシーちゃんが大きな事に関わっているんだって事も何となく分かったよ。だから、私は邪魔しない。」
パウンダ家に何か見付かれば、エーメルとしてはショックだろうが、悪い事をする片棒を担がされるよりはマシだろう。
「賢明な判断ですね。ご主人様の近くで行動していたのですから、それくらいは当然と言えば当然ですが。」
何かとエーメルに突っかかるニル。
あまりこういう態度をするニルは見た事が無いが…
「それじゃあ俺達は行くぞ。」
説明の為と手当ての為に時間を使ったが、これ以上はスー君が辛くなる。
「待って!シーちゃん!黙って出て行くなんてダメだからね!」
部屋を出ようとした俺に向けて、エーメルが泣きそうな声で言う。
色々と心境を考えると頷いてやりたいところだが…
「俺達は侵入者ではあるからな。約束は出来ない。もし余裕が有れば善処する。」
「……………」
俺の言葉に返事は無く、俺は振り返らずに部屋を出る。
もっと、別の形でエーメルと出会っていれば、仲の良い友達になれたかもしれないが……いや、考えるのは止めよう。
俺は思考を切り替えて、インベントリから刀を取り出す。
それまで着ていたメイド服は自分の血で汚れていた為、着替えを行ってから外へ出る。
スー君の魔法は切れていないだろうから、男装した女性に見えるのだろうか…いや、これも考えるのは止めておこう。
「ニル。状況を詳しく教えてくれ。」
閉じ込められていた地下室から外まで出る間に、既に数人の遺体を見ており、外へ出た所でも大量の血痕が見えている。そんな状況であるのに、俺達を捕らえようとする者は誰も居ない。そんな不可思議な現象が起きる事などそうはない。
ニルから詳しい話を聞くに、恐らくスー君が情報を手に入れる為に動いているのが影響しているのだろうと結論付けられた。
「そうなると、いよいよスー君の状況が気掛かりだな。」
「はい。ここに誰も来ていないという事は、その人数が何処か別の場所へ行っているという事です。まず間違いなくスカルべ様の所かと。」
俺もこの屋敷にどれだけの人数が居るのか正確な数を把握していないが…それは同時に把握し切れない程の数が居るという意味でもある。それら全てがスー君に集まっているとしたならば、流石のスー君でも対処出来ないだろう。
スー君は明るくてチャラそうに見える時も有るが、実際はかなり真面目な方だ。この状況を作り出したのが敢えてだとするならば、俺を助け出すニルを助ける為…だろうと思う。
命を懸けて俺を助け出そうとしてくれているスー君を見捨てる事なんてできるわけがない。
「ニル。案内を頼めるか?」
「勿論です。」
返事をしたニルの目に、未だ怒りの感情が残っているのを感じたが、上手く制御してくれる事を願うのみだ…
俺はニルの案内の元、スー君が向かったであろう部屋へと向かった。ただ、案内は正直要らなかったかもしれない。
少し廊下を進むと、直ぐに屋敷の騒ぎに気が付く。
あちこちで叫び声や怒声が響き、足音は一方向へ向かって移動している。まず間違いなくスー君を止める為に派遣された兵士達だろう。
その兵士達を止める事は難しくはないが、数人足止めしたところでどうにかなるような状況でもなさそうだ。スー君と合流して協力する方が圧倒的に楽だろう。そう感じた俺達は、一旦兵士達を無視して、目立たないように屋敷の中を移動する。
しかし、その移動中。
「こんなに全員が集まってスー君一人を止めようとしているのか?」
騒ぎがあまりに大きく、加えて兵士達の焦った表情が気に掛かる。
スー君が暴れ回ってくれているのだとしても、来た者達全てを殺しているとは思えない。躊躇ったりはしないだろうが、無差別に殺して回っているような事もしていないはず。
情報を盗まれたから焦っている…というのも違う様子だ。
「そのはずですが…確かに何かおかしな状況になっているみたいですね。」
ニルも違和感を感じたのか、屋敷の様子を見て首を傾げる。
その時だった。
「どうやら上手くシンちゃんを助け出せたみたいだね。」
俺達の背後から、今から助け出そうとしているはずのスー君の声がする。
「え?!なんでここに?!」
「うーん…どうにも予想外の事が起きているみたいでね。
最初はオイラの事をひたすら追ってくる兵士達から逃げつつ情報になりそうな物を探していたんだけど、途中からその兵士達が急に少なくなってね。」
「どういう事だ…?」
スー君がこうして俺達に合流出来てしまう程に追っ手の数が減るというのはおかしな話だ。捕縛出来る気がしないから諦めた…なんて事は有り得ないだろうし。
「それが、どうやらミネリュナが関わっている騒動みたいだね。」
「ミネリュナが?」
「オイラ達の状況をどうにか察知して、オイラ達が気を引いている間に入り込んで来たらしいんだよね。」
「…って事は、まさか俺達がミネリュナを呼び寄せてしまったのか?」
「まあそうなるね。見方次第だとは思うけど。それより、この騒動に紛れてさっさとここを出ようよ。必要そうな情報はある程度手に入れたからさ。」
「あれだけの人数を相手に例の部屋へ入ったのか?!」
「当然!オイラはやる時はやる男だからね!」
自慢げに顔を上へ向けるスー君。
しかし、これは自慢しても良い状況だ。
てっきり、部屋へ入る事が出来ずにいるものだと思っていたが…別で騒動が起きた事で侵入出来たのだろうか…?どうやって入ったのか教えて欲しいところだが、悠長に話している時間は無い。
「スー君はそれを持ち帰ってくれ。パウンダ家が魔王の件に関わっている証拠が出れば、色々と動き出すはずだしな。」
「スー君は?」
「俺は少し残ってミネリュナの件を片付けてから戻るよ。色々とあって放置するわけにはいかないからな。」
このまま逃げ出してしまうと、エーメルは俺達がミネリュナを引き込んだのだと考えるはず。そうなっては色々とよろしくない。特に俺の精神衛生上よろしくない。
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