第783話 救出
ソイルゴーレムを先に行かせて正解だった。
閃光玉だけでは中に居る者達全員の視界を奪う事は出来なかった様子。煙玉で視界を悪くして、私が飛び込んだ様に見せた事で、相手は用意していた魔法を使った。加えて、部屋自体に仕込んでいた魔具のトラップも発動したみたい。
「と、捕らえたか?!」
中に居る者が発したであろう言葉が聞こえてくる。
私はそれを確認した後、扉の奥へと一足で飛び込む。
中は私の逃げ込んだ煙玉のせいでほぼ視界が無い状態。目を凝らして見れば動くものが何となく分かる程度。
地下で密閉された状態だと、ここまでの事になるとは思っていなかった。けれど、視界が取れないのは私にとって好都合というもの。
私の足元には囮として使った土人形の残骸と壁から剥がれ落ちた石材が転がっている。それだけの魔法が一気に飛んで来たという証拠。何も考えずに突撃しなくて良かった。
「な、何か動いたか?」
「まさか…あれだけの攻撃を受けて生きている奴なんて居ないだろ…」
私が飛び込んだ事に気付いていないのか、煙の中で喋っている。
声の響きから察するに、恐らく広さはそれ程無い。元々収容する者が少ない想定なのだと思う。
シュッ!ドスッ!
「ぐっ!!」
「な、なんだ?!どうした?!」
声のする場所に向けて投げナイフを投擲すると、一人に上手く当たったらしく、悶絶する声が聞こえて来る。視界が取れないから、一撃で確実に仕留められるかは微妙なところだけれど、相手にも私の位置が割れていなければ何とかなる。
「う、うわぁ!!」
敵が生きていると知り、視界が取れない状況だと、どこから攻撃が来るのか分からない。そんな危険な状況に晒されて冷静でいられる者は、この屋敷には少ない。
何とかしようと魔法陣を描き始めた者が一人。
シュッ!ドスッ!
「ガッ……」
魔法陣を描こうとすると、その手元は淡く光る。互いに視界が取れない中、そんな事をすればここに居ますと言っているようなもの。
私はもう一本投げナイフを投げ、魔法を使おうとした者に当てる。
どうやら、ここに立て篭っていた者達は外で戦った者達よりずっと弱い連中らしい。ただ、まったくの素人という事でもない為、その後は物音一つしなくなってしまった。
自分達の居場所を知られないようにして時間を掛ければ、そのうち空中に漂う煙は薄れていき、私の姿を見付けられる。その時をじっと待つつもりらしい。
そういう自分達にとって都合の良い状況を待つのは戦略として間違ってはいないのかもしれないけれど、それは今の状況では愚策。確かに下手にうごくよりはやり辛いけれど、多少やり辛い程度の話。
距離的に互いが手の届く範囲に居るのだから、やり方はいくらでも有る。
例えば、物音を離れた位置で立てて反応した所を狙うとか、自分の動きが悟られない程に部屋中の空気を動かしてその隙に相手の近くまで寄るとか。
今回は相手がそれ程強くないと見て、私は前者を選択。
ガンッ!!
「「っ?!」」
私は落ちていた石材の破片を壁に投げ付ける。
相手は声も出さず、物音に大して攻撃を仕掛けたわけでもない。けれど、緊張している時に物音がすれば必ず反応を示す。そして、反応を示したならば、私はその気配を察知出来る。
と言っても…これは最近になってようやくまともに使えるようになった技術だけれど。
オウカ島での鍛錬や、ご主人様との鍛錬の中で、相手の気配を読むというものが有った。簡単に言えば、目を閉じていても、何となく相手がこの辺に居るというのが分かる…というもの。
ランカ様やご主人様は、それを当たり前のように当ててしまう。ランカ様の場合は、ご主人様よりもかなり正確。元々見えないのが当たり前だから、その中で相手の位置を掴むのは慣れていると言っていたけれど…私にとっては超能力みたいに見えた。
目隠しをされて攻撃を避けろとか、目隠しをしたまま鬼ごっことか…最初は壁に頭をぶつけてばかりで本当にこんな事が出来るのかと思っていた。
けれど、毎日鍛錬を行っていると、相手の気配というのが微かに空気の中に混じっている事に気付いた。それをどう表現すれば良いのか分からないけれど、確かに感じる。
匂いではないし、空気の流れでもなく、ただ何となく感じる…というもの。
それでも、最初は三割当たっていれば良い方だったけれど、今は十中八九分かるようになってきた。残念な事に、まだ完璧ではないけれど、本気で気配を消したご主人様やハイネさん達に比べれば、今の相手程度文字通り目を瞑っていても居場所が分かる。
ビュッ!ドスッ!
「ゴハッ!!」
「ヒィッ?!」
音も出していないのに、突然煙の中から飛んできた投げナイフに殺された仲間を見て、もう一人が叫ぶ。
位置は分かっていたけれど、叫んだ事でそれが更に明確になった。
ビュッ!ドスッ!
「グッ!!」
間違いなく当たった。そう感じる投擲を終えると、少しづつ視界が明瞭になっていく。
中に入ってから感じた気配は四人だったけれど、まだ息を殺して潜んでいる者が居るかもしれない為、私は少し位置を変えて静かに視界が戻るのを待つ。
数分後、部屋の全貌が見え、魔女族四人分の死体を確認し、隠れる場所が無い部屋だということを確認して立ち上がる。
部屋の中にご主人様の気配が無い事は分かっていた。そうなると、ご主人様の居場所はその部屋に一つだけある扉の向こう側で間違いない。
「……………」
扉はまたしても金属製で、向こう側の様子は分からない。ただ、扉の取っ手部分が焼き切れたように無くなっており、更に扉の側面部が溶接されてしまっている。
牢屋の部屋の扉だから、外から鍵を掛ける構造なのは間違いない。それ故に、中の者が外からの侵入を防ぐ為に行ったに違いない。
「また面倒な事を…」
思わず口に出てしまうような事をされて、正直イライラしてしまう。
ここまでしてご主人様を捕らえておく意味が有ると考えている理由が分からない。
恐らく、ご主人様を取り返そうとする私の動きから、ご主人様が何か大切な情報を持っていると感じての事だろうけれど…
イライラした感情を抑えて、私は扉にスラタン様から頂いた溶解液を掛ける。
ご主人様は当然だけれど、スラタン様も本当に凄い。スライムなんてどこにでも居るようなモンスターから、こんな物を作り出してしまうなんて、普通ならば出来ない事。ご主人様の居た世界には、お二人のような方々ばかりが住んで居るのかな…?そうなると、とんでもない世界に思えてしまうけれど…
なんて考えていると、イライラも落ち着いて、扉の溶接部分が溶けて無くなる。
ギィ…
溶接部分が完全に溶け、扉が音を立てた所で、ゆっくりと扉を開く。
今回は特に何かを仕掛ける用意はしていない。
溶けていく扉の奥から感じたのは、ご主人様ともう一人だけの気配。しかも、どうやらこの部屋に立て篭って怯えている様子。先程外で戦った四人に、ここに入って立て篭っていろとでも言われたのだろうか。
戦闘の意思が無いのに、敢えて殺すつもりは無いけれど、戦いを挑んでくるのならば、容赦するつもりも無い。
「は、入って来ないで!」
私の耳に届いたのは、どこかで聞いた事の有る声。
この声は、確かご主人様と仲良くしていたメイドの一人…エーメルという者の声。
何故こんなところに…?という疑問は残るけれど、私は彼女の静止の言葉を無視して扉を開く。
そこには、椅子に縛り付けられたまま牢屋に入れられている姿と、鉄格子の前でこちらに果物ナイフのような小さな刃物を向けるエーメルが見える。
「入って来ないでって言ったでしょ?!」
叫ぶように言うエーメルだけれど…
「それを私が聞いてあげる義理は無いですよね。」
「っ!!」
まあ、戦闘が得意ではないエーメルにとっての精一杯というのはこの程度のものだろうと思う。寧ろ、よく逃げずにここへ立て篭ろうと思ったものだと感心してしまう程。
とは言っても、感心したから諦めて帰る…なんて事にはならないけれど。
「何故貴女がこのような所に居るのですか?」
「そ、それはこっちの台詞よ!何しにここまで来たの?!シーちゃんを殺す為?!」
何やら思い違いをしているみたい。
ご主人様は口を縛られて喋る事が出来ないから、エーメルに事実を伝えられていないという事だろうか。それとも、エーメルを上手く誘導して逃げ出そうとしていた途中なのか…
何にしても、エーメルをこのまま放置してご主人様だけ助け出すのは難しい様子。
「…私がご主人様を殺すなど天地が逆転しても有り得ません。寧ろその逆。助けに来たのですよ。」
「ご主人様…?」
何を言われているのかさっぱり分からないらしく、エーメルは困惑した表情を見せる。
本来ならば、ちゃんとエーメルに説明してこの状況を打破するのが正しい選択なのだろうけれど、正直なところ、一刻も早くご主人様を助け出したくてエーメルの事を考える余裕が無い。
ご主人様は、手足の爪がいくつか剥がされており、腕や足にもいくつかの傷や痣が見えている。
既に意識が飛びそうな程怒りに震えているけれど、とにかく今はご主人様の手当てをしなければならないという一心から、僅かな理性を保っている状況。
エーメルに説明するよりも、さっさと気絶させるなりした方が早い。
そう考えて行動に出ようとしたところで、ご主人様が目隠しされた状態で私の方を見て首を振るのが見える。
私のしようとした事を止める為…だということは直ぐに分かった。
エーメルに対して手荒な事はしなくて良い。俺は大丈夫だから。言葉にされなくても、そう言われているのが分かる。
「スー……フー……」
私は一度焦る気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
「……………」
私が何かする度にビクビクするエーメル。そんなに怖いのならば、こんな場所に来なければ良かったのに…とは思うけれど、事実居るのだから仕方が無い。
「良いですか。私とその牢屋の中に居る方…私のご主人様は、ここへ来る前からずっと行動を共にしていた仲間です。私はご主人様を助け出す為にここへ来ただけで、ご主人様を傷付けるつもりなど有りませんし、他の方々も邪魔さえしなければ傷付ける気は有りません。
ですから、取り敢えずその刃物を捨てて下さい。そのままでは力ずくで無力化しなければならなくなってしまいますので。」
私はキッと睨み付けるようにエーメルに視線を向ける。
私の説明が私とご主人様の全てを説明出来ているとは思わないけれど、わざわざ全てを赤裸々に説明する必要も無いし、そうするつもりもない。
「………………」
「…………………」
私の言葉の真偽を考えているのだろうか。エーメルは暫く動かずに刃物を私に向けていたけれど…
カランッ!
結局、私の言葉を信じてナイフを捨てる。
捨てても捨てなくても彼女をどうにかするつもりではいたから、エーメルのその行動のお陰で荒事にならずに済んだ。
エーメルがナイフを捨てたところで、私は牢屋の鉄格子へ近付いて溶解液を鉄格子に掛ける。
ジワジワと溶けていく鉄格子と私の顔を何度も往復して見ていたエーメルだけれど、特に何かを言ってくる事は無かった。
止めるべきなのか悩んでいたのか、それともご主人様の事を心配して私を疑っていたのか…
そんな事は既にどうでも良い私は、鉄格子が通り抜けられるようになった瞬間に中へと入る。
「ご主人様っ!」
目を背けたくなるような状態のご主人様。
傷口からは血が流れており、何とも痛々しい…
私は目隠しや拘束していた縄等を外した後、直ぐにご主人様の手当てに入る。
「ゴホッゴホッ!すまないな…」
「今は喋らないで下さい!」
ご主人様の声が男性のものだったからか、エーメルが後ろで驚いた声を出していたけれど、私は手当てに全力を注ぐ。
幸いな事に、ただ痛め付けるだけただけの傷ばかりで、後々後遺症が残るようなものは無さそうだけれど…一度スラタン様にしっかり見て頂いた方が良いかもしれない。
一番酷いのは、手足の爪が何枚か剥がされている事だろうか。かなり痛々しくて、私はそれを見るだけで胸の辺りがズキズキと痛み、お腹の奥からドロドロした物が回っている感覚に陥る。
「落ち着け。俺は大丈夫だから。腕が片方千切れかけた時に比べればこんな程度大した事じゃない。」
ご主人様の言う通り、状態としてはこれより酷い怪我を何度も負っている。けれど、だからと言って痛みが消えるわけではない。過去にどれだけの傷を負っていたとしても、痛いものは痛い。
「落ち着いてなどいられません!」
私は自分の目から涙が落ちて、初めて涙を流している事に気が付いた。
ご主人様が可哀想でとか、ご主人様がこうなるしかなかった状況を作ってしまった悔しさとか、これを行った者への怒りとか…とにかく色々な感情が渦巻いて、悲しいとは違う感情で涙が溢れてしまっているらしい。
「また泣かせてしまったな…」
「ご主人様は悪くありません…ですが…許せません!こんな事…」
「気持ちは分かるが…俺達がやる事は、相手もやる。それだけの事だ。怒りで我を忘れて突撃なんてやめてくれよ?」
「…………」
今にも走り出して当主の首を切り落とさなければ気が済まないと思っていた私は、上手くご主人様の言葉に返事が出来ない。
「俺は大丈夫だから。」
そう言って、ご主人様はいつものように私の頭を撫でる。
その手の痛みさえ表情には出さずに。
「それより、情報はどうだ?」
「……今、別で色々と探し回ってもらっている状況です。」
「なるほど…大体理解した。手当てが終わったら俺達も合流しよう。」
「ダメです!こんな状態で!」
「そうも言っていられないのは分かっているはずだぞ?」
「私がご主人様の分まで働きます!ですから」
「ニル。」
私の言葉を遮るご主人様。
「…っ……」
どちらにしても、ここら脱出する為にご主人様が戦闘を強いられるのは分かっている。それに、情報を探しているスカルべ様の手助けも必要だという事も。
それでも……
「心配してくれるのは嬉しいが、戦えない程の傷は受けていない。もしそうなりそうならば、その前に逃げ出すつもりだったしな。だから心配しなくて良い。」
この部屋で、ご主人様がどのような事をされたのかは、傷口を見れば分かる。
体の傷だけでなく、色々と考えるとこのまま休養を取るのが最善だとわかっているけれど…
「ご主人様…」
最後の抵抗として、私は涙に濡れた瞳でご主人様を見上げる。
ご主人様がこう言っている時は、本当に大丈夫な時。私には絶対に嘘は吐かないご主人様の言葉なのだから間違いない。だから、ご主人様がこのまま戦わずに逃げるという選択肢を取らない事は分かっている。
「そんな目で見てもやらなければならない事はやらなければならないんだ。許してくれ。」
困ったように笑うご主人様。
ご主人様を困らせてしまったけれど、心臓が止まってしまうかと思うくらい心配したのだから、少しくらい意地悪しても許して下さるはず。
「…分かりました。ですが、無理はしないで下さいね。その分、私が働きますから。」
「ああ。分かった。」
ご主人様は大きく頷いて笑う。
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