第782話 一対五

護衛役が私の投げナイフを打ち落とした時、私の後ろには大盾の男、目の前には双剣の男、その右斜め前に曲剣使い、双剣使いの真後ろに護衛役、魔法使いがその更に後ろに居るという立ち位置になる。


この混雑した状況下では、魔法を放てば仲間にも当たる為、魔法使いはまだ魔法を撃っていない。


こうなると、投げナイフの一手が決まらず窮地に立たされるのは私の方……と思うかもしれない。


しかし、私の、護衛役が投げナイフを打ち落とした。つまり、私は護衛役が反応する可能性を考えていた。


情報の少ない相手が居る場合、その者が予想よりも強い可能性を常に考えて動く。これはご主人様の教え通りに考えた結果。やはりご主人様はいつも本当に凄い。


私が護衛役の動きを予想してこの立ち位置に居るということは、勿論理由が有ってそうしたということ。


一つは、この五人を相手にしていて最も警戒するべき魔法の攻撃を無効化する為。


五人のやり取りから察するに、仲間を巻き添えにして魔法を放つような…黒犬の連中のような無慈悲さは持っていない。故に、混雑した戦況では魔法が飛んで来る事は無いと予想した。そして、そうなった。


もう一つは、この状況下で最も狙われると困る者が一人になっているという事。


つまり、魔法使いの女である。


私が見せたのは盾からいきなり飛び出す魔法と、投げナイフ。


盾から放てる魔法は大したものではないけれど、それは盾の性能を知る私にしか分からない事。


突然魔法を使えるという状況では、もしかすると…と考えるのが当然。

その上、投げナイフという投擲武器の存在に、それを巧みに操作する技術が私に有るという事実。


この二つは、五人全員の頭の中に、私がこの位置からでも魔法使いを殺せるかもしれないという可能性を浮上させる。


するとどうなるのか。


投げナイフを打ち落とした護衛役は即座に後ろへと跳び、曲剣使いはその間に入る様に横へ移動。


双剣使いは咄嗟に私への攻撃に出て、大盾の男はやっと後ろを振り向く。


自然な流れで五人はこの陣形を取る。


しかし、それを真上から見るとどう見えるのか。

不思議な事に、相手の陣形は完全に直線状態となってしまっている。しかも私は盾役の内側に居る。こんな状態ではそれぞれの役割を十分に果たす事は出来ない。魔法を撃つことは勿論の事、攻撃をするにも仲間が邪魔で難しい。

私がここまで全て計算していたかというとそうではないし、そもそも計算してもその通りにいく方が珍しい。今回は思っていたよりも上手くいったから私にとって最高の状況に持ってこられた。それだけの事。

ただ、ここで気を抜いては全てが水の泡になる可能性が有るから、そんな事はしない。


私は慎重に、それでいて素早く、目の前の双剣の男へと攻撃を繰り出す。


この場から一足で魔法使いの懐へ飛び込み、護衛役を無視して瞬殺するなんて芸当は私には難しい。ご主人様やスラタン様ならばそれも可能だと思うけれど、私とお二人の間には身体能力という決定的な差が存在する。

こればかりは私がいくら鍛えたところで追い付けるようなものではなく、また、私自身そこへ至ろうとは考えていない。私が出来る事は少ないけれど、私は私なりの戦い方で強くなる。ご主人様にもそう言われているし、私自身それが一番強くなれると確信しているから。


出来ない事は出来ないと認め、私は無理に魔法使いを狙ったりはしない。


しかし、双剣の男の事もまた


私の繰り出した攻撃は、双剣の男が最初に見た死を感じさせる首元への一撃。


双剣の男は最初の一撃で首を斬られそうになった事を思い出し、咄嗟に双剣で首元を防ぐ。

それは間違った選択ではない。もしも防がなければ、私はそのまま首を掻き斬るつもりだったから。


でも、双剣の男は見事に反応した。


その反応速度は目を見張るものであり、最初に見た時からその反応速度の速さを感じていた。

だからこそ、この一撃を防ぐだろうと推測していた。


私は双剣の男が防御の体勢に入ったのを見て、攻撃の手を止めて小盾をその顔面に向けて突き出す。


「っ!!」

ガゴッ!!


防御の姿勢が整っている双剣の男にとって、この攻撃を防ぐのは短刀の一撃より簡単だった事だろう。

私は力がつよいわけではないし、大したダメージにもならない。しかしそれで良い。


双剣の男が私の盾を防いだ事で、その視界は大きく削がれた。


そして、その隙に私は双剣の男の脇を通り抜ける。


通り抜ける事が可能ならば、そのまま斬ってしまえば良いと思うかもしれないが、このレベルの相手となると、殺気だけで攻撃を避けたり防いだりする。それ故に、敢えてただ通り抜ける事で、双剣の男は私の行動を予知出来なくなる。


こうして私が辿り着いたのは、魔法使いを守らんと投擲武器の軌道を塞いだ曲剣使いの前。


このパーティの中で、予期せぬ事態に対応する為の役割を担っている曲剣使い。この者が居ると居ないとでは雲泥の差が有る。


ただの力押しで勝負しようとした場合、数の差で私が圧倒的に不利。その差を埋める為に行うのは予期せぬ攻撃から相手のパーティを崩す事。

それが通さない為の曲剣使い。しかし、その者が居なくなれば、私の攻撃が通り易くなる。


ここまでの動きを見たところ、曲剣使いの戦闘力はそこまで高くはない。


私が一気に目の前まで迫った事に驚きを隠せない曲剣使いは、自分を殺されないように抵抗する為、曲剣を振り上げる。


確かに彼等の連携力は大したものだと思う。

高ランクの冒険者でも太刀打ち出来ない程の実力を持った者達だと言える。けれど……連携力であれば、私達だって負けはしない。連携するという事の意味や、その利点、弱点。そういうものを私が理解していなかったならば、負けていたのは私の方だと思う。


ギィン!!


ザシュッ!!


振り下ろされた曲剣をアースドラゴンの小盾で弾き、そのまま蜂斬を曲剣使いの喉元に突き刺す。


「ゴフッ……」


恨めしそうな目を私に向け、何とか曲剣をもう一度振り上げようとするけれど、それが叶う事はなく、膝から崩れ落ちていく。


護衛役が私と曲剣使いの一幕に入り込んで来るかと考えていたけれど、魔法使いの女を守るために動いていたからか、こちらへ入り込む余裕が無かったらしい。

曲剣使いが倒れた後、私の視線の先には護衛役と魔法使いの女が見えている。


「……このっ!」


自分達の仲間が死んだという事実を受け止められなかったのか、一瞬だけ後ろの大盾と双剣の男が放心していたけれど、直ぐに我に返り、絞り出すような声で私を罵ろうとするのが分かる。


罵りたいのならばそうすれば良い。私のやる事は何一つ変わらない。


そう思って次こそはと魔法使いの方へ走り出そうとするけれど、私はその足を止める。


本来ならばここから護衛役に接近して魔法を撃たせないようにしつつ、魔法使いを狙うところだけれど……私の視線の先には、盾と剣を地面に起き、両手を挙げている護衛役が見えている。


「おい!どういうつもりだ?!」


後ろからは双剣の男の怒声が聞こえる。


「見れば分かるでしょ。降参よ。」


護衛役は女らしく、高い声が聞こえてくる


「この……ふざけるな!!こっちは一人殺されているんだぞ?!」


それに対して更に声を荒らげる双剣の男。


「今のを見たでしょ。このメイドのお嬢さんと私達の間には逆立ちしても勝てない差が有るわ。一人落とされなければ勝機も有ったかもしれないけれど、このパーティのかなめが殺られたのよ。ここから立て直すのは不可能だわ。」


「コイツッ!」

ガッ!!


私を無視して喧嘩を始めた相手に、急いでいるからと喧嘩したいのならば先に行かせてもらいますと伝えようか迷ったけれど、大盾の男が双剣の男を羽交い締めにして止めたので、一応次の話を待ってみる。


「落ち着け。そいつの言う事は正しい。俺達がここから勝つのは不可能だ。」


「だがっ!」


「ああ。分かっている。それでも、弱い奴から死んでいく。それがこの世界のルールだ。傭兵ってのはそういう仕事だ。分かっていてこの世界に入ったんだから受け入れるしかない。ここで無理に戦って全員殺されてやるつもりか?」


「っ………」


「あの。話が長くなりそうならば、先を急いでいるので他でやってもらえますか?」


私は黙って見ているのが時間の無駄だと思い、それを口に出して伝える。

別に挑発しているわけではないけれど…殺し合いまでした相手に気を使う必要など無いから素直に伝える。


「この女ぁ!」


「落ち着け!!」


バキッ!!

「がぁっ!」


私の言葉に怒りが頂点に達した双剣使いの男が飛び掛って来ようとしたけれど、大盾の男が殴って止める。


正直、この者達の事などどうでも良い。

喧嘩しようが、死んでいようが生きていようが、どうでも良い。そもそも敵なのだからそれが普通だと思う。

私はとにかく、一秒でも早くご主人様の元へ辿り着きたいだけなのに…もしかして、こうして時間を稼いでいるのだろうか。そうならば、いっそ全員を…


そこまで考えが巡った時、護衛の女が口を開く。


「あなた達の事は嫌いじゃないけれど、私はここで死ぬわけにはいかないのよ。悪いけれど私は降参するわ。戦いたいならば好きにすれば良い。とにかく、私はこれ以上の戦闘を望んでいないわ。」


最後の言葉は、私に向けての言葉だと思う。


降参するから殺さないでくれという命乞い。


「殺したくて殺しているわけではありません。邪魔をしないのならばこちらから攻撃する事も有りません。」


私はこの屋敷を血の海にしに来たわけではない。戦う意思の無い者まで殺す必要は無い。


「…助かったわ。」


護衛役の女は私に一言伝えると、その場からそそくさと逃げてしまう。


「それでは、私は行きますが、追ってくるようならば殺します。」


残った三人に向けてそう伝え、ご主人様の居るであろう地下牢へと足を向ける。


「ま、待て!」


走り出そうとする私に向けて、床に倒れた状態で叫ぶ双剣の男。


「……まだ何か?」


そろそろ面倒になってきた。これ以上ここで時間を使いたくないというのに…


対応しなくても問題は無いとは思うけれど、重要な情報が手に入るかもしれないという僅かな可能性を捨てきれず、私は足を止める。


「お前は何者なんだ?!」


ただのメイドではない事は既にバレている。けれど、敢えて自分達の目的を話す必要など無いし、そんなに馬鹿ではない。


足を止めた事を後悔しつつ、私は男の言葉に何も返さず通路を走り出す。


あの者達を生かしておくのは甘かっただろうか。後々厄介な事にならなければ良いのだけれど…とは思ったけれど、過ぎた事を考えていても仕方が無い。

それに、私は遂に地下牢へと続く扉の前に辿り着けた。


「……………」


扉の向こう側からは何も聞こえてこない。


扉を開けた瞬間に攻撃される心配は無さそう。

ただ、中に居る者達が戦闘態勢を整えている可能性は高いし、何よりもご主人様を人質にされると動けなくなってしまう。と言っても…恐らく、ご主人様ならばその状況から自力で抜け出す事は可能だろうけれど…ご主人様自身がどのような状態になっているか全く分からないし、ここは慎重に…


地下牢へと続いているであろう扉に手を掛けて、ゆっくりと力を込めて押す。


キィ…


小さな金属音が鳴ると、扉は大きな抵抗も無く開いていく。


鍵が掛けられていない…?


私がこちらの方へと向かってきた事は既に伝わっているはず。となると、ご主人様を助けようと動いている事は把握されていると考え良い。それなのに、守りを固めるどころか、鍵さえ掛けていないなんて…


罠の可能性を考えて、開いた扉の隙間から中の様子を確かめる。


扉にトラップの類は見られない。魔法系のトラップだと目視では分からないし、この屋敷へ入る時に見たような巧妙なトラップだった場合、気付けない可能性が高い。けれど、それならば扉を開けた瞬間に発動するように仕掛けるはず。それが無いとなると…


キィー……


私は再度扉を押す。すると、やはりトラップのようなものは設置されておらず、すんなりと開いてしまう。


嫌な空気を感じつつも、ジメジメと湿気を帯びた空気が流れ出てくる地下へ視線を向ける。


屋敷の高級そうな造りとは違い、苔が生えているような剥き出しの石造り。壁には簡素過ぎる程に安っぽい照明が掛かっている。

薄暗く、陰気な雰囲気の階段。それが最もこの光景を正しく表現していると思う。


扉を開けても奥からは何も聞こえてこない。


「……………」


ここで考えていても状況は変わらないし、私は意を決して階段へ足を踏み入れる。


足音を消してゆっくり、一段一段階段を下って行くと、階段の終わりに金属製の扉が一枚見える。

造りは簡素だけれど、扉は重厚なもので、中からの音が殆ど漏れないようになっている。近付いてみて分かったけれど、扉の奥に何人かの気配を感じる。


ご主人様がそこに居るのかは分からないけれど、少なくとも四人の気配を感じられる。


この状況…待ち伏せ…と考えるのが妥当。


となると……


私は扉から少し離れていくつかのアイテムを取り出す。


「……………」


準備が出来た所で、金属製の扉へと手を掛ける。


鍵が掛けられていないのは、私をここで待ち伏せして捕らえる為…なのだろうか。鍵が掛けられていれば、扉ごと破壊するつもりだったから手間が省けて良かったけれど…そうなると、私を捕らえる自信が有るということでもある。

単純な待ち伏せとは違うだろうし、もう一つ手を打っておこう。


そして、準備が出来たところで扉に掛けた手へ力を込める。


ギギギッ!


金属同士が擦れ合う嫌な音が響くと、重厚な扉が開いていく。


中に居る者達が身構えたのを気配で感じる。


それを感じ取った瞬間に、扉の隙間から黄色と青色のカビ玉をいくつか投げ入れる。


ご主人様が居たとしても、黄色が目に入った瞬間に意図を感じ取ってくれるはず。


ババァンッ!!


中でカビ玉が弾ける音がして扉の隙間から猛烈な光と、ゆっくりと流れ出て来る煙。


黄色のカビ玉は閃光玉。青色は煙玉。


ご主人様が教えてくれた話の中に、立て篭もる相手への対処方法というのが有った。ご主人様の居た世界でも、こういう事に対処する特殊部隊が存在して、その人達が使うアイテムに似た物が有るらしい。本当は強烈な音がしたり、煙自体に特殊な効果を持たせたりするらしいけれど、ご主人様が居るかもしれないのにそんな事してしまうと危険。ここは地下だし、爆音なんてさせてしまうと、ご主人様の耳までおかしくなってしまう。

当然そんな事は出来ないので、今回は光と煙だけ。


その代わりと言っては何だけれど、私は描いておいた魔法陣を発動させる。使ったのは中級土魔法のソイルゴーレム。簡単に言うと土人形を作り出す魔法。戦闘には向かないし、戦わせても役には立たないけれど、それでも、この状況下ならば十分。


ガァンッ!!


扉を勢い良く開け、その先に向けてソイルゴーレムを走らせる。


ズガガガガガガガガガガッ!!


煙の中に薄らと見えるソイルゴーレムの影に向けて、次々と様々な魔法が飛んで来る。


殺傷力は低めの物が多いけれど、それでも当たれば行動不能にはなる程度の魔法。

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