第五十四章 魔王の城 (2)
第781話 地下牢へ
私が男へ向けて投げたのは投げナイフ。ただ、それは普通の投げナイフではない。
バァァァン!!!
投げナイフに括り付けた音玉が破裂し、周囲に爆音を響かせる。
私にとってはそれなりに大きな音だけれど、三人は間近で破裂した音玉によって、耳が聞こえなくなるほどに聞こえている事だろう。
「が…ぁ……」
激しい音に曝され、目が回っているらしく、三人はフラフラしながら私に武器を向ける。
そんな状態でも戦おうとする気概はなかなかだけれど、その状態では私に攻撃を当てるなど夢のまた夢。
ザシュッ!
「がっ……」
ガシュッ!!
「ギャッ…」
ザクッ!!
「…ッ……」
長引くとでも考えていたかもしれないけれど、音玉の一撃で、三人は一瞬で全滅した。
確かに三人は強い。けれど、経験の差が大きかったのではないだろうか。私やご主人様の戦ってきた相手は、基本的に何でもあり。モンスターにはルールなんて無いし、悪人はどんな手でも使う。そういうのを相手にしていると、それなりに経験が積めるという事なのだと思う。
いつも訓練する時は、パーティの皆が相手をしてくれるから、ついつい自分が成長していないのではないかと考えてしまうけれど、私も少しは強くなった。そう自信を持って言えるくらいには強くなれたはず。
それなのに、こうしてご主人様がその身を犠牲にしなければ情報の一つも取れないなんて、本当に自分が情けない…
「そんな事を考えている場合ではないですね…」
自分の中に持ち上がった考えを打ち払い、私は更に廊下を奥へと進む。
そこからは、正規の護衛役の者達は現れず、かと言って非正規の連中も現れず、拍子抜けする程にすんなりと地下牢へと続く通路の近くまで移動出来てしまった。
三人と戦うまでは嫌という程に次から次へと相手が現れたのに、ここに来て誰も出て来ないとなると、どこか不気味な気がする。それでも、私に残された道は他に無い。
私は足を止める事無く、そのまま地下牢へと続く通路へと向かう。
しかし、やはりと言うのか、すんなりと通してくれるわけではなかった。
地下牢へと続く通路の入口には、五人が通路を塞ぐ様に立っていた。
身なりからして、パウンダ家の傭兵連中である事は間違いない。
傭兵が全部で何人居るのか知らないけれど、恐らくはスカルべ様の方に多くの人数が割かれているはず。損な役回りを押し付けてしまったなと思ったけれど、逆の役割になるという考えは一切浮かんで来なかった。ご主人様をスカルべ様に任せて、私が…なんて、きっと私には耐えられない。
「なるほど。確かに強そうなお嬢ちゃんだな。」
「お嬢ちゃんなんて侮っていると殺されるぞ。既に何人か殺されている。」
「分かってるっての。油断なんてしねーよ。」
メイドの皆や屋敷の者達とは違い、口調が少し荒いのは仕事柄なのだろうか。
そんな事よりも……この五人は、ここまでに相手にした誰よりも強い。それが相対した瞬間に分かった。
恐らく、冒険者で言えばSランクに相当する強さ。
私も強くはなったし、Sランク冒険者にだって負ける気は無いけれど、一人で五人を相手にするというのは、なかなかに厄介。素通り出来るような横道も無いし、彼等が私を見逃すはずもない。となると…時間は掛かっても、ここは確実にこの五人を倒してすすまなければならないということ。
私は小盾と短刀を構半歩足を前に出す。
「なるほど…あいつらじゃ相手にならないわけだ。」
キィンッ!
五人のうちの一人が、短剣二本を打ち合わせた後、逆手に持って構える。私が構えたのを見て、ある程度の力量を把握したらしく、その目に油断はまるで無い。
相手に強いと思わせる事で、無駄な争いを避けたり、腰を引かせる事が出来るから、そういう強そうな立ち居振る舞いも重要だけれど、基本的には相手に弱そうだと思わせる事の方が有利に働く。だから、私やご主人様は、構えや殺気を基本に忠実な範囲で抑えたりもする。
今回の場合、相手が五人だし、なるべく気の緩みを作らせる為、そうしたつもりだったのだけれど、どうやらそれが逆に相手を警戒させてしまったみたい。
ある程度の実力を持った相手になると、そういう細かい部分でも情報を収集して戦闘するのが当たり前になってくる。いかに相手の情報を得て優位に立つかが重要だから。勿論、ご主人様のように、そんな事は関係無い程に強ければ問題なんて無いけれど、私はまだまだ弱い。だからあの手この手を使って勝つしかない。
出し惜しみなんてしないし、確実に息の根を止めて勝つ。
私はグッとお腹に力を込め、小盾の後ろから視線を光らせる。
「おいおい…可愛い顔してなんつー殺気を放ちやがる…まるで大型のモンスターに睨まれた時みたいだぜ…」
私の殺気に対して、全員が武器を構える。
前の三人は大盾直剣、双剣、曲剣。後ろの二人は魔法使いとそれの護衛役として小盾に短剣の者。
魔法使いから狙うのが最も効率が良いのは先の戦いでも分かっているけれど、それは前衛を突破出来る事が大前提となる。今回の場合、恐らく無理に突っ込めば死ぬのは私。魔法使いから叩くのは難しい。
「余計なお喋りは無しよ。手を抜いて勝てる相手じゃないわ。」
「ああ…分かって…っ?!」
魔法使いが無理ならば……この中でのリーダーは短剣二本を持った男。
まずはそのリーダーから攻める。
私は床を滑らせるように足を前に出して双剣の男に近付く。
リーダーをやっているぐらいだから、単純な戦闘力で言えば双剣の男が最も強いはず。下手に他の者達を狙うより、五人の柱となる男を潰しにいく。
「嘘だろっ?!」
ギィンッ!!
一瞬で男の首を斬るつもりだったけれど、僅かに届かず、男の双剣が私の短刀を弾き返す。一瞬で決められれば一番楽だったのだけれど、それは叶わずに終わる。
「退け!!」
ブンッ!!
後ろから直ぐにカバーに入ったのは大盾の男。
双剣の男を隠すように大盾を振り回して私との間に入り込む。
大盾使いともなると、力自慢の者が多く、私では押し合いにもならない。素直に後ろへと跳んで距離を取る。
「あ、危ねぇ…首が繋がっている事に感謝だぜ…」
「速いと言うより、反応するのが難しい動きだ。気を抜くなと言ったはずだぞ。」
「すまねぇ。」
私の動きを見て、ある程度こちらの戦闘技術を理解している。全てとは言えないだろうけれど、それを理解している時点で私が警戒するには十分過ぎる。ここに来る来るまでみたいに、ただ突っ込んで終わりという話ではなく、ちゃんと考えて戦わないといけない。
ご主人様が目と鼻の先に居るはずなのに、こんな者達の相手をしなければならないなんて……
苛立つ感情を何とか抑えて相手を観察する。
私に出来る事はご主人様やスラタン様に比べればとても少ない。手札は有限であり、対策されてしまえば終わりの手札も有る。どこでどの手札を切るのか…それが重要になる。
見た限り、大盾を持った男の防御を突破して斬り込むのは至難の業。一度双剣の男を襲ったからか、攻撃には一切出ずに守る事だけに集中している。そういう相手を崩すのは難しい。
魔法使いの女も後ろに隠れてしまって攻撃をするには遠すぎる。そうなると…やはり双剣の男か魔法使いの護衛役、もしくは曲剣使いを狙うのが定石どけれど…そう簡単にはいきそうにない。上手くバランスの取れた役割分担に、連携も取れている。これを崩すとなると、この五人が予想していない一手が必要になる。そして、それを知るには、やはり観察して相手の考えを読まなければならない。
「……………」
「……………」
私と五人の間に、僅かな静寂の時間が流れる。
私が動かなければ、相手も動かない。徹底して守りを固める方針らしい。時間を掛け過ぎれば、ご主人様の身が心配だし、応援の者達が現れる可能性も高い。
相手の反応を見る為にも、ここは私から仕掛けてみる。
スッと右足を動かすと、ピクリと大盾の男が反応する。
視線を横へ移すと、双剣の男がギラつく眼光を私へ向けてくる。
曲剣使いは双剣の男の少し後ろで私を観察するような視線を常に向けている。
後ろの魔法使いの魔法陣は既に完成一歩手前。私が動けば即座に魔法が発動するはず。
「…………」
私はゆっくりと隠し持っていた投げナイフを小盾の後ろで握り締める。
突飛な作戦を思い付くのはいつもご主人様だけれど、私もご主人様と行動を共にして長い。
「……っ!!」
私は隠し持っていた投げナイフを右斜め上へと投げる。
その先には屋敷の壁しか無く、その軌道は五人の誰にも向いていない。
大盾の男は一瞬だけ投げナイフに視線を移したけれど、それが投げナイフだと認識した瞬間に私へと視線を戻す。
双剣の男と護衛役は大盾の男より少しだけ長く投げナイフを目で追ったけれど、その後私へと視線を戻す。
曲剣使いと魔法使いは投げナイフへの視線を切らず、その動きに注視している。
ここまでの相手の反応から考えて、戦闘の基本的な立ち位置として、大盾の男と双剣の男。この二人が大きな二本柱となっているはず。この二人の連携力が五人の中で最も高く、また、戦闘力もこの二人が最も高いと思う。
曲剣使いは、後衛と前衛を繋げる為の補助が主な仕事だけれど、恐らくは情報収集能力が高く、予想外な展開が起きたりした場合に対処するのがこの者だと思う。
魔法使いの女は火力を出す役割で、近接戦闘能力は高くない。
護衛役の者は…まだ何とも言えないけれど、五人の中で最も落ち着いているのを見るに、実力を隠している可能性が有るから要注意。もしかすると、この者が最も強いという可能性も有る。
情報収集としてはまだ足りない部分が多いけれど、全てを理解するまで待っていては夜が明けてしまう。ここは強引にでも攻める。
タンッ!!
私は真っ直ぐ、大盾の男に向かって床を蹴る。
そして、それと同時に小盾を前に、短刀を後ろに引く。
「チッ!!」
私の動きに合わせて行動したのは、やはり曲剣使い。
舌打ちをしながら大盾の男の背中側へと走る。
私が投げたナイフには、アラクネの糸が繋げてあり、闇に紛れさせて空中で軌道を変えたのだ。
残念な事に、地下牢へと続く通路であっても、大名家の屋敷にはしっかりと光が有り、アラクネの糸を完全に隠す事が出来なかった。
恐らく、曲剣使いは、糸が見えて何をする為の物かを素早く察知。大盾を背中から狙う一撃として放ったナイフを叩き落としに走ったということである。
ギンッ!!
私が投げた投げナイフは、曲剣使いの一撃によって大盾の男へ到達する前に叩き落とされてしまう。
ただ、それは当たれば運が良いくらいのつもりで投げた物で、本命は別。
「来いや!!」
大盾の男は、自分の後ろで何が行われているのか知っていて、それでも尚私への視線を切らない。
タンカー役としてはこれ以上無い優秀な者だと思う。系統は違えど、私も盾役だから、その優秀さは見ていて分かる。
故に、私が真っ直ぐに突っ込んでも、力で大盾の男を圧倒する事はほぼ不可能だと確信出来た。
タッ!!
「はぁっ!!」
私が大盾の目の前に左足を着地させると、それを見た大盾の男は半歩前に進み、大盾を真っ直ぐに私へ向けて突き出して来る。
シールドバッシュ。簡単に言えば盾で相手を突き飛ばす攻撃。その大盾に触れていれば、私の体は簡単に後ろへ吹き飛ばされていた事だろうと思う。
しかし、その大盾が私に触れる事は無い。
ゴウッ!!
突如として、私と大盾の男の間に走る火炎。
明るい廊下よりも更に明るい炎が出現し、大盾の男の視界を埋め尽くす。
大盾は防御力に優れており、面で相手の攻撃を受け止められる優れた盾だけれど、弱点が無いわけではない。
例えば、重さが有る為機敏な動きが難しかったり、小盾のように取り回しが容易では無かったり……そんな弱点の一つとして、視界の悪さというのがある。
大盾は防御力に優れている分、守る為の面積が広く、逆にそれが使用者の視界を殆ど塞いでしまっていたりする。勿論、相手もそれは理解しているから、基本的にはなるべく視界を取れるように構えたり、盾を工夫の凝らした形にしてみたりと対策していたりするものだけれど、それでも大盾の視界の悪さは言うまでもない。
特に、シールドバッシュのような攻撃を行ったり、相手の攻撃を受けようと構えた時は、大盾の後ろへ隠れる為、多くの視界が盾に遮られてしまう。
そんな状態の時に目の前に炎が現れたならば、相手がどう動いているのかを認識するのはかなり難しい。
それ故、私が大盾のシールドバッシュを側面へと体を回転させて抜けるのを防ぐ事が出来ないのである、
どうしてそんな炎を作り出せたのか…それは私の持っているアースドラゴンの小盾が九師作の魔具の一種だからである。
シドルバさん達が作って下さったこの盾には、魔石がいくつか埋め込まれており、魔力を流す魔石を選んで簡単な魔法を、魔法陣を描かずに使う事が出来る。
盾を魔具にするという発想は珍しい物ではないらしいけれど、実用に足る耐久性を持った盾の魔具というのはまず作れないらしい。この小盾は、アースドラゴンの素材というとてつもない素材が有ってこそ作れた物だから、盾がいきなり炎を吐くという考えは浮かばなかったはず。
あくまでも簡単な魔法だけしか使えないから、殺傷力まで期待出来るような魔法では無いけれど、使い方と使い所を見極めさえすれば、突飛な攻撃を仕掛ける事も可能ということ。
大盾のシールドを躱した私の目の前には、双剣の男。
大盾を掻い潜った事に驚いているみたいだけれど、決して硬直はしていない。私の攻撃を見切ってみせると言わんばかりの眼光である。
ビュッ!!
「っ?!!」
そんな双剣の男に対し、私は目の前で届かない一撃を繰り出す。
双剣の男の目の前で振り抜かれる短刀に対し、双剣の男は理解が追い付かず困惑した表情を見せる。
「しまっ!!」
曲剣使いが私の意図に気付いた…いいえ。私の糸に気が付いたけれど、もう遅い。
私の投げた投げナイフ。あれを曲剣使いは打ち落とした。
つまり、投げナイフに繋がる糸はまだ切れていない。暗闇の中で折り返して飛んで来るナイフを落とすのか、もしくは、たるんで見え辛い糸を斬り、更には飛んでいるナイフを打ち落とすのか、この二択ならば前者を選ぶのが普通。そして、そうなるだろう事は予想していた。
大盾の男の横を抜ける時にわざわざ体を回転させたのは、その糸を体に巻き付けて私と投げナイフ間の糸の長さを調節する為。
そして、投げナイフを引き寄せる為に短刀を振ったフリをした。その一撃の動きは、一度目にナイフを叩き落とした曲剣使いからは、双剣使いの男が邪魔で見えていない。そういう立ち位置に来るように投げナイフを投げたのだから当然なのだけれど。その結果、この状況に対応するのが仕事の曲剣使いの反応が僅かに遅れてしまったのである。
ギィンッ!!
ここまでの状況を見れば、この時点で双剣使いの男に一撃を入れられるだろうと考えるかもしれないけれど、そうはならなかった。
理由は護衛役。
私の予想通り、最も落ち着いて状況を見ていた護衛役は、双剣使いに飛んで来るナイフに対し、誰よりも早く反応し、その一撃を止める為に動いたのである。
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