第780話 戦闘開始

いつもならば、私の戦闘スタイルは待ちつつ相手の動きを読んで…というものなのだけれど、今回は違う。

私達が動き出した事がバレれば、屋敷内は大騒ぎになり、ご主人様の身に危険が及ぶ可能性も高くなる。

ご主人様の事だから、抜け出そうと思えば抜け出せるはずだとは思うけれど、私達の動きの邪魔にならないように…なんて考えているだろうし、可能な限りこちらは急いで必要な情報を得なければならない。

つまり、強引にでもこの者を倒し、先へ進まなければならない。いつものように落ち着いて…なんて言っていられない。


タンッ!!


「っ?!」


スカルべ様と男が喋っている間に、私は体勢を整え、話なんて関係無いと床を蹴る。


予想外のタイミングだったのか、それとも私は戦力外だとでも思われていたのか、男は私に接近を許す。


ギィンッ!!


咄嗟に突き出した直剣は、私の小盾に弾かれて火花を散らす。


「チッ!」


タンッ!!


直ぐに男は後ろへと跳び、私との距離を取る。

追い掛けて接近しようかとも考えたけれど、私の今の相方はスカルべ様。ご主人様ではない事を頭に置いておかなければならない。連携がご主人様程取れないし、戦い方もご主人様とは全然違う。上手く歩調を合わせなければ、互いに足を引っ張るだけに終わってしまう。


「まさか、そっちの嬢ちゃんが近接戦闘をするとはな。」


「……………」


私は男と言葉を交わすつもりは一切無い。


「おいおい。久しぶりに剣を振れるんだ。もう少し楽しもうぜ。」


ここはパウンダ家。そして男はパウンダ家お抱えの傭兵。名家に乗り込んで来る者などそうはいないし、誘拐等の犯罪ならば戦えるメイドだけでも何とかなる。この者達が出張って来るのは、メイド達ではどうにもならない相手か、もしくは誰にも知られたくない事をさせる時くらいのはず。そんな事がポンポンと起きるはずはないし、最近は出番が無かったらしい。けれど、私にはそんな事関係無いし興味も無い。


男が何を言っていようが、私の頭の中にはご主人様を早く助け出したいという考えのみ。その為以外に脳を使う事など出来ない。


タンッ!!


私は男の隙が見えた瞬間にまたしても床を蹴る。


「チッ!人の話は聞くもんだろうが!!」


ギィンッ!


私の突撃に対し、勢いを止めるように直剣を振り下ろした男が、そのまま小盾ごと私を押し潰そうと力を込める。


ギャリッ!!


押し込められた力に逆らわず、流すように小盾を横へと傾けると、直剣が表面を滑り落ちる。


ザッ!!

「っ!!」


男の体勢が崩れたと同時に、蜂斬で斬り付けるが、男は僅かに早く体勢を立て直して小さな傷跡を腕に残すだけに終わる。

ただ、蜂斬はただの短刀ではない。

魔力を流し込む事で痺れ毒を刃に生成する魔具の一種。微かな切傷でも毒が回れば動けなくなる。

顔色を変えないように距離を取った男に小盾を向けて構える。しかし…


「………これは、痺れ毒か。」


私が斬り付けた右腕を軽く動かすと、男は直ぐに毒を仕込まれた事に気が付く。


毒が決め手になるとは考えていないけれど、まさか即座に気付かれるとは思わなかった。


「面倒な。」


そう言って、男は私達に左手で直剣を向けながら取り出した小瓶の中身を傷口に浴びせる。


毒消しの薬液だろうか。

蜂斬の毒は小さな切傷程度では弱い毒の効果しか与えられない。簡単な処置のみで毒を無効化されてしまうということである。


「それがお前の攻撃手段か。大した事無いな。」


別に奥の手という程のものではないけれど、勘違いしてくれているのに訂正する必要は無い。


しかし…まさかあれを避けられるとは思っていなかった。この魔女族の街で、ここまで動ける者がいるとは…考えを改める必要が有るかもしれない。

それにしても、この男は仲間を呼ぶ素振りすら見せない。私達に単体で勝てる自信が有るのか、それとも呼ばずとも伝わっているのか…後者であるのならば、急ぐ必要が有るけれど…多分前者ではないと思う。ここは魔女族の街なのだから、既に私達がこうしている事は伝わっていると考えるべきだと思う。

どちらだとしても、急ぐ事に変わりはない。


「………………」


タンッ!!


私は変わらず、自分のタイミングで斬り掛かる。


所詮は魔女族の街に居る者だと考えていたけれど、ここまで大きな屋敷のお抱えともなるとそれなりの強さを持っているらしい。甘く見ていると痛い目を見てしまう。


キィン!


「何度やっても同じ事だ!!」


私が男に接近して攻撃を仕掛けると、やはり男は攻撃に反応して短刀を弾く。反応速度はかなりのもの。目が良いらしい。ただ、身のこなし、剣の軌道、緩急。私がご主人様から毎日言われている事を考えると…


この男が、この屋敷の中でどの程度の強さなのかは知らないけれど、私が毎回同じようにただ接近していたと思っているのならば、そこまでの腕という事になる。


短刀を弾かれた瞬間、私はその場で勢い良く床に伏せる。


近接戦闘において、そんな行動をするのは自殺行為に近い。相手から目を離すのだから攻撃を避ける事さえ出来なくなる。だからこそ、男は私の行動に対して、ほんの一瞬体硬直した。

きっと、一秒にも満たない時間の中で、私がこの行動を取った理由を考えたに違いない。

しかし、それを考えて答えが出たとしても、勝負は既に着いてる。


ザシュッ!!


私の背後から飛んできたのは、スカルべ様の放った中級闇魔法、ブラックサイス。簡単に言えば、黒い鎌が出てきて相手を切り裂くという魔法である。


私が何度も男に斬り掛かっていたのは、私への注意を少しずつ高めていき、いつの間にか喋らなくなったスカルべ様を隠す為。

最後に接近した時は、私の真後ろに魔法を完成させたスカルべ様が立っていた。男から見れば、私の小盾と短刀のせいで、スカルべ様への注意は完全に失われていたはず。


「後ろに目でも付いているのかな…?」


スカルべ様が困惑した様子で言う。

何の合図も無しに、私がここぞというタイミングで伏せた事を言っているのだろうけど…


「そんな奇怪な体質は持っていませんよ。戦闘中に視野を広く持つ。ご主人様の教えです。」


「と、当然の事のように言うけれど、それって凄い事なんじゃ…」


「そんな事よりも、早く行きましょう。」


「そんな事よりって…まあ、急がないとだよね…」


何とも言えない顔をしたスカルべ様は、それ以上何も言わずに先へ進む私と共に歩き始める。


「…どうやら、オイラ達が動いている事がバレたみたいだね。屋敷内が随分と騒がしくなってきたよ。」


「やはりですか。そうなると、隠れている必要は無さそうですね。」


「そうだね。それに、急がないとね。」


「はい。」


私達がこうしている事がバレたという事は、私達とご主人様の間に何かしらの関係が有ると言っているようなもの。ご主人様への追求が強くなる前に、私達は役目を果たさなければならない。


それまではゆっくりと進んでいたけれど、私達は急ぐ為に走り出す。


廊下を疾風のように走り抜け、途中ですれ違うメイド達を押し退けながら進む。


「止まれ!」


「この先は通さん!」


正規の護衛達も次々と現れては、私達の行く手を阻まんとする。


急いではいるけれど、このまま毎度毎度戦闘しながらでは遅過ぎる。


「スカルベ様。行ってください。」


最も効率良く事を運ぶ為には、この選択しかない。


私が屋敷内で派手に暴れ回れば、スカルべ様であれば隠れて情報を盗み出すくらい出来るはず。


「いや、それは」

「行ってください!私はご主人様の元へ!」


暴れ回りながらでも、ご主人様の元へ向かえば、ご主人様を助け出すのも早くなる。


「……分かった!くれぐれも気を付けるんだよ!」


「はい!」


安全を取るのならば、私とスカルべ様は共に居るべきなのだろうけれど、私にとって今は安全策など取っている状況ではない。


私はスカルべ様と別の道を進み、更に奥へと進む。


こういう屋敷で罪人等を収容すると言えば、まず間違いなく地下牢。もしも何か有ったとしても、地下ならば最悪閉じ込める事が出来るから。他にも、屋敷内の者達の目に触れないとか、色々と理由が有るらしいけれど、とにかく間違いなく地下牢だと言える。

私が奴隷だった時、そうして地下牢に入れられた事が何度も有ったから知っている。


あんなカビ臭い陰気な場所にご主人様が居るなど到底耐えられない。

あんな思いをするのは、私だけで十分。

ご主人様は、ずっとずっと苦しんで生きてきた。私はそれを知っている。こうして無茶な作戦にだって手を貸そうとする優しい人。

誰だってこんな事したくはない。それはきっとご主人様だってそうだと思う。それでも、他に出来る人がいないならば、ご主人様は手を挙げる。そういう人。

そんな人が地下牢に閉じ込められて何をされているのか…考えただけで頭に血が上って目の前がチカチカする。


もしも…もしもご主人様に何か有ったとしたら、私はパウンダ家の家主を決して許したりはしない。


「な、なんなんだこのメイドは?!」


「バカ!気を抜くな!」


ザシュッ!!

「がはっ!」


私は手に持った蜂斬で容赦無く護衛の者達の首を掻き切る。


彼等が悪人だとは思わない。寧ろ善人と言えるだろう。

それでも私は刃を振る手を止めたりはしない。


悪いのはパウンダ家の当主やそれに近しい者達だけだとしても、それを守ろうとするのならば、私は相手を殺す。ご主人様を助け出す為ならば、それが例え聖人だったとしても殺すと思う。パウンダ家が成そうとしている事の為に誰かを殺すように、私は私の守るべきものの為に相手を殺す。


ザシュッ!!

「ぐあっ!!」


「だ、ダメだ!こんなの手に負えないぞ!」


「落ち着け!皆でやれば」

ガシュッ!


正規の護衛達は魔法を主体にした戦い方が基本。つまり、魔法陣を完成させないように斬っていけば、大きな抵抗も無く相手を圧倒出来るという事。

魔法使いしかいない場所で近接戦闘となれば、ある意味最も楽な戦闘という事。当然侮ったりはしないけれど、思っていたよりもすんなりと進めている。


しかし、それも暫くの間だけで、流石にそのまま地下牢までとはいかなった。


「来たな。」


私が廊下を走り抜けようとしていると、目の前に三人の人影が立ちはだかる。格好からするに、正規の護衛ではなく、パウンダ家が抱えている傭兵の一人だと思う。


地下牢の在るであろう場所は、屋敷の中をメイドとして走り回っていた時の記憶から見当がついている。その場所まではもう少しというところなのに…ううん。もう少しだからこそ、ここでこの者達が待っていたという事。つまり、私の予想は当たっていたという証拠にもなる。


「まったく…とんでもないお嬢ちゃんね。どれだけ暴れ回ったら気が済むのかしら。」


「屋敷の連中は全員死んだんじゃないか?」


「恐ろしい娘だ。」


体格が良く、声の低い者と、中肉中背に見える者は男。もう一人は女。この三人は自分達を隠すつもりがあまり無いように見える。言葉遣いも中性的なものではなく、性別が分かる。先程の者とは出身でも違うのだろうか。

多種族の住む魔界だし、少ない情報だけでそれが何族の者なのかを判別するのは難しい。特徴的な何かが有れば、弱点が分かったりしそうだし、それを隠す為の格好なのだろう。


「急いでいますので通して下さい。阻止すると言うのならば、命の保証はしません。」


私は蜂斬を構えて淡々と言葉を告げる。


傭兵の者達は、簡単に倒せるような連中ではない。そうなると、どうしても時間が掛かってしまう。それに、今回は一人ではなく三人。引いてくれるのであれば、それで良いのだけれど…


「そうはいかない。」


「こっちはこれで金を貰っているのよ。」


「そうですか。」


当然、通してくれるはずがない。


タンッ!!


私は三人が戦うつもりだと分かった時点で、即座に戦闘へと移る。


やらなければならないのであれば、一秒でも早く終わらせる。


ギィンッ!


「ちょっ!ちょっと!せっかちね!」


私が狙ったのは女。最も近くに居たからという理由だったけれど、蜂斬は女の細剣に止められる。


ブンッ!!

タンッ!


攻撃を止めた女の後ろから、大柄な男が腕を振り下ろして攻撃を仕掛けてくる。

ガントレットを装備した格闘術を使うらしい。もう一人の男は攻撃してこなかったけれど、抜いているのは直剣。男二人が前に出て、女は下がったところを見るに、女は魔法を使っての補助役も兼ねているのだろう。


「思っていたよりも素早いな。」


大柄な男の攻撃を後ろへと跳んで避けた私を、三人が警戒した目付きで見てくる。


ここまで次々に相手を倒して走って来たからか、既にメイドとしては見られていないらしい。


「……そう言えば、もう一人は何処へ行った?」


「………………」


中肉中背の男が聞いてくるけれど、答えるはずがない。そもそも、相手も私が答えるとは思っていない。恐らくは時間稼ぎ…となると、ご主人様の身に危険が迫っている。


タンッ!!


私はまたしても一足で相手との距離を詰める。馬鹿の一つ覚えとは言うけれど、魔法使いが居る相手にとっては、これが最も厄介だということは分かっている。とにかく、魔法陣を描かせる暇を与えず、ひたすらプレッシャーを与え続ける。これが正攻法であり、攻略法でもある。


基本的に、後方から支援する者達というのは、プレッシャーを受ける事が少ない。そういう立ち回りを意識しているだろうし、前衛は後衛がプレッシャーを受けないようにするのが仕事でもあるから。故に、後衛へのプレッシャーを与えるのは必須。

勿論、ご主人様やスカルべ様のように、前衛の仕事をしつつ後衛の仕事をしてしまうような、言わば常識外の方々はいる。しかし、それはあくまでもほんのひと握りの人達だけであり、普通は役割を分けて戦う。

それだけ一人二役というのが難しく、非現実的な事であるという事。


そんなご主人様と共に戦ってきた私にも、未だ両方の役割をこなすには多くの集中力と精神力を使わなければならない。それ故に、こういう連戦には向かないし、そもそも魔法の事についてはここに住む者達の方がずっと長けている。私が使う魔法なんて即打ち消されて終わり。それが分かっていて敢えて魔法を使う必要は無い。


タンッ!


「行かせるか!」


ギィンッ!


「おい!俺達の後ろから離れるな!」


「そんな事言っても!」


最初に女へ攻撃を仕掛けられたのは運が良かった。


あの一撃は、女の喉元を狙った死を予感させる一撃だった。それが女の脳裏に焼き付き、私が近付けば魔法陣どころではなくなって逃げに徹している。


「クッソ!なんで当たらねぇ?!」


「落ち着け!無理に打ち合うな!」


三人で戦っているのに、私に攻撃が一切当たらないのが理解出来ない様子だ。


悪いけれど、私の防御を突破するのはそう簡単な事じゃない。ご主人様にも褒められた防御力なのだから。

そして、私が褒められたもう一つの特技。それが…


ビュッ!


「っ?!」

キィンッ!


「投擲?!」


私は戦闘中にアイテムを使うのが上手いと褒めて頂けた。

状況を見極め、最適なアイテムで相手に隙を作り出す。それが上手いと。

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